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彼はカレ


その時の私は、
誰かに縋りつきたかったに違いない。

私一人で考えることは、
もう、あまりにも重過ぎて。

その男が言った言葉すらも忘れて、
私は信じると言ってしまったに違いない。

「…本当に…、取りますよ?」

男の布を持った時、私は最後の声を掛けた。
男は小さく笑って「構わねェよ」と言った。

恐る恐る、ゆっくりと布を横に引っ張っていく。

布に解放されるように髪が揺れた。

それは、
真っ黒な髪。

露になった顔は、整った顔。

切れ長の鋭そうな目は、閉じられていた。
それでも分かったのは、

「やっぱり…、」

彼に似ている。

ううん、


「土方さんじゃないですか…。」


彼そのものだった。

私の言葉に、
男はゆっくりと目を開けて。

「紅涙…、」

私を呼んで、
頬に向かって手を伸ばした。


さっきの土方さんと違って、
その手は私の頬に辿り着き、沿わされる。

「…、紅涙…。」

安堵した声で私の名前を呼ぶ。

まるで、
何年も会えなかった人に会えたかのよう。

「土方さん…?」

何か感じが違う。
それは確実に分かる。

「やっと…ここまで来た…。」

それでも目の前にいるのは土方さんで。
どうしてそんなことを言われたのか、分からない。

どんどん私の頭がザワめく。

「土方さん…なんですよね…?」

目の前にいるのに、
それが受け入れられないなんて、
今までの私には経験のないことで。

自分が何を言って、
何を考えているのかすらも、よく理解が出来なくなる。

目の前にいる土方さんは柔らかく笑って、


「あァ、俺だよ。」
"土方 十四郎"


そう言って、私の唇に指を沿わせた。

だけど、
すぐに悲しそうに弱く笑って。

「でも、」

触れていた手を離れさせた。


「俺は紅涙と一緒にいる土方 十四郎じゃねェ。」


その言葉で、

"やっぱり"と思う自分と、
"どういうこと?"と思う自分がいて。

言葉が見つからなかった。

「理解できないのも無理ねェよ。」

そう言って、
自嘲気味に笑う。

「俺は紅涙を守りに来たんだ。」
「…え?」

どういう…こと…?

「紅涙は俺と一緒にいちゃいけねェんだよ。」

土方さん…?

「よく…分からないんですけど…。」
「俺は…、俺と紅涙を別れさせるために来たんだ。」

目の前にいる土方さんが言うには、
自分は今の土方さんより何世代も前に存在する土方 十四郎だと言う。

この世代にあってはならない存在だけど、

過去の存在が消える前に、
魂が消えてしまう前に、

犠牲を払って今ここにいるのだと言う。

飲み込めない話ばかりで、私は眉ばかりをしかめた。
そんな私を見て、土方さんは小さく笑った。

「紅涙には幸せになってほしい。」
「…あの…土方…さん…?ほんとに…、何言ってるのか…、」
「すまねェな…、紅涙。」

どうしてそんな悲しい顔をするんですか。
何が"すまない"んですか。


「俺と別れろ、紅涙。」


どうして…?

「どうして…そんなこと言うんですか…、」
「それがお前のためなんだ。」

何が私のためなんですか。

「分かってくれ。」

土方さんが、また私に向かって手を伸ばした。

私はその手を払った。

「何を分かれって言うんですかっ?!」

掃った後、土方さんの顔を見ることは出来なかった。

少し前までは、
たとえ苦しめられても、
あの男が言っている戯言だと切り離せていたのに。

本人に言われるなんて。


「紅涙…、頼む。」
"別れてくれ"


本人に、告げられるなんて。

「これ以上…、もうお前を傷つけたくない…。」

土方さんは私を抱き締めた。

「っやめてくださいっ、」

私が身体を捩っても、土方さんは放さなかった。
それどころか、ギュッと力を強めて。


「もう…、一人にしたくないんだ…。」


苦し紛れに言うその言葉は、
また私の時間を止める。

また私に理解できないことを1つ増やす。

「"一人"…?」

土方さんの腕の中で声に出した。
その声に、土方さんは返事をしてくれなくて。

「どうして…、私を守りに来たんですか…?」

そもそも、
そこまでして、
どうして私を守る必要があるんですか?

後世を、
あなたがどうしてそれほどに気にするんですか?

「私に…何かあるんですか…?」

頭ではそんなところまで考えつかなかったのに、口からは勝手に言葉になっていた。

それに驚いたのは、
私以上に土方さんで。

「…、」
「…そうなんですか…?」

土方さんは言葉を探すように目を逸らした。

「私に…、何があるんですか…?」
「…だからお前を助けに来たんだ。」
「ちゃんと答えてください!」

ギュッと腕を握り締めた。
土方さんは私から顔を背けた。

「土方さんっ!」
「…それは…言えねェ。」

"ただでさえ、お前とこんなに接触することは契約外だ"

土方さんは困ったように笑った。

「悪ィが、言えねェんだ。」
「っ…、」
「それでも、俺はお前を守りたいから。」

"分かってくれ"

分からない。
分からないんですよ、土方さん。

頭が、動かないんです。

何も、
思いつかない。


何も、

分かりたくなかったんです。


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