13


どうか


それからすぐに、
雨粒は酷くなって。

土方さんは「ありがとう」と言った。

私は微笑んだ。
土方さんは「ごめんな」と微笑んだ。

私は込み上げる涙を感じた。
土方さんの頬に雨粒が辿った。

私は、泣いた。


「忘れないでくれ、」


雨音に紛れる土方さんの声がする。


「俺は…いつでもお前を想ってた。」


耳が焼けてしまいそうなことを言ってくれて、

「これからも、変わらねェ。」

優しく微笑んでくれるのに。

「苦しいのは、今だけだから、」

土方さんが言ってくれてるのに。


「どうか、幸せに…。」


私は泣いてばかりで、

何も言えなくて。


目を擦った後にはもう、
土方さんの姿はなかった。


彼の居た場所だけが、濡れていなくて。

私はしばらくの間、その場から動けなかった。


ボトボトに濡れた身体。
隊服は水を含んで、随分と重くなってしまった。

夜間には閉まるようになった屯所の扉。
木の扉も湿って重い。

キィと音が鳴って、
パタンとした音と共に閉まった。

屯所の仕切りを跨いだ時、


「随分と遅ェ帰りだな、相変わらず。」


さっきまで聞いていた声がした。

「…土方…さん。」

振り返れば、軒下で煙草を吸う土方さんがいた。

その姿はやっぱり痛々しい。
包帯にはまだ血が滲んでいる。

私は無意識に足を止めていた。

彼に、
近づけなかった。

「お前、なんで傘差してねェんだよ。」
「…持って…なくて。」

舌打ちをして、土方さんが煙草を投げ捨てた。

雨の中、
土方さんがこちらに歩いてくる。

「…濡れますよ、土方さん。」

近付く土方さんに声を掛けて、私は一歩下がった。

「分かってるよ、ンなことぐらい。」

どんどん土方さんの髪が垂れていく。
跳ね上がっていた髪が、雨に押されて。

「傷に障ります!」
「ならテメェが逃げなきゃいい話だろォが。」
「っ…、」

土方さんはそう言いながらも足を進めた。
私は土方さんと同じだけ後ろに足を進めた。

「前にもこんなことあったよなァ、紅涙。」

ぶっきら棒な声で土方さんが言った。

「あの夜も、お前は遅くに帰ってきやがって。」

濡れた髪が、
土方さんの顔の半分を覆い隠して。

「あれだけ心配したっつってんのに。」

私の背中がトンと何かに触れた。
屯所の木戸。
もうこんなとこまで来てる。

「まだこんなことしやがって。」

土方さんの服が濡れて。
透けて。

包帯も、濡れて。
血も滲んで。

「っ、土方さんっ、ほんとに傷に」
「どこ行ってたんだよ!」
「きゃッ…、」

土方さんが私の肩を押した。
ドンと扉に打ち付けられる。

「前も、…今も!どこに行ってたんだよ!」
「土方さん…、」
「頼むから…っ…、紅涙…、」

表情は、
窺えない。


「頼むから…っ…、心配…掛けさせんなっ…。」


私の肩に置く土方さんの手が、
食い込んでそうなほど、痛い。

でも、
それより。


「俺に…、お前を守らせてくれよ…っ…。」


私の胸の方が痛い。

「土方さん…、」

彼の胸の方が痛い。

「私…、私は…大丈夫ですから…。」

この人と私は、

惹かれ合い、


結ばれない天命。


「紅涙…?」
「…大好きです…、土方さん…。」


どうか、
どうか神様。

今夜はまだ、


最期までの残り日に、

数えないでください。


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