14


口下手


濡れる雨の中で、
お互いに冷たい唇を重ねた。

こんなに悲しいキスは初めてで。

「お前…、何泣いてんだよ。」
「っ…、ごめ…なさい…っ…、」

それ以外の言葉が見つからない。

別れを。

彼との関係に。
終わりを付けなければ。

少しでも早くしなければ、辛くなるだけ。
少しでも長くいれば、辛くなるだけ。

お互いに、
辛くなるだけ。

そればかりが頭にあって。

「最近のお前、何かおかしいって。」
「…はい…、すみません…。」

土方さんの目を逸らして、
私はもう一度「すみません」と口にした。

「…とりあえず、部屋に入るぞ。」

土方さんは私の手を引いた。
私は促されるように足を進めた。

勝手に足は進むのに、

「土方さん…、」
「あァ?」

頭は進まなかった。

「…お話が…あります。」

このまま彼の部屋には入れない。

このまま、
彼と一緒に歩いてはいけない。

「"話"?」
「…はい。」
「…部屋の中でいいだろ。」
"マジで風邪引くって"

手を引かれた。
私は顔を横に振って、

「少しだけ…ですから。」

その手を放した。

「…、何だよ。」

土方さんの空気が変わる。

「…私と…、」
「…。」

気持ちに嘘をつくことは、

もっと簡単だと思ってた。

「私と…、…、」
「…。」

吐き出した息が震えていた。

失いたくないものを、
失う気持ち。


「…別れて、ください…。」


一生、理解したくない気持ち。

「…お前…、何言って…」
「お願い…、します…、っ…別れてください…、」
"私と"

私が死ぬことは、どうだっていい。
土方さんの傍で死ねる私は幸せだ。

でも。
土方さんは…?

「さっき…"好きだ"っつってたじゃねェかよ。」
「好き…です…っ、だけど…別れてください…。」
「はァ?!意味分かんねェ。」

土方さんは、
何度も悲しい想いをした。

一生分かりたくない気持ちを、
あなたは何度も感じた。

土方さん…、

私は…、
私はもう…、


「別れて…ください…。」


そんな想いをさせたくないです。

「…理解できねェんだけど。」
「…すみません…。」
「謝れっつってんじゃねェよ。」

結局、
上手く切り出すことなんて、私には出来ない。

「…、」
「どうしてそうなるんだよって。」
「…。」
「言えよ、紅涙。」
「…お願いします…、」

自分に、
土方さんのことを「嫌い」だなんて嘘つけない。

でもあんな理由も…、

きっと土方さんに話したって、
「気にすンな」とか言うに決まってる。

「お願い…、私と…別れて…っ。」

自分の顔を手で覆った。
土方さんがその手を掴んだ。

痛いほど握られる手首に驚いて顔を上げれば、抑え付けられるようなキスをされた。

「っ!んっ…、ぃ、やっ…、土方っ…、さっ」

手首を握り締められたまま、腰を強く引き付けられて。

逃げることなんて出来なくて。
息ばかりが上がった。

「…っ、紅涙…、」

同じように息をする土方さんが、至近距離で私を睨む。


「別れてェんなら、俺が納得する理由を持ってこい。」


まるで報告書の提出かのように言って、


「それまでは…、聞かなかったことにするからよ。」


土方さんは不器用に笑って、
私に背を向けた。

彼の背中は、
あまりにも悲しくて。

また私は顔を手で覆った。


- 14 -

*前次#