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同じ時計


小さい笑いが起きる私の病室。
土方さんの隣で荷物を纏めていた私に、「まぁ何より、」と医者が言った。

「くれぐれも無理な行動は控えるようにね。」
「はい、お世話になりました。」
「何かあったら我慢する前に来ること、いいね?」
「はい!」

私が笑って頷いた時、「失礼しまーす」と明るい声が聞こえた。

「どうだい、紅涙ちゃん。もう用意は出来たかい?」
「はい!近藤さん、すみませんわざわざ。」
「いーのいーの!ほらトシ、荷物持って!!」

近藤さんは医者に挨拶をして、
私たちに「玄関で待ってるからな!」と先に降りていった。

「それじゃ先生。」
「お大事に、早雨さん。」

小さい荷物を手に持って、私は頭を下げる。

隣に立つ土方さんも「お世話になりました」と頭を下げて、私たちは玄関へ向かった。


「あ、ここですここです!!」

出たところで山崎君が手を振りながら走り寄って来てくれた。

「副長!お疲れ様です!!」
「この荷物、運んどけ。」
「わざわざごめんね、山崎君。」
「何言ってんスか!当然のことっスよォ!!」

笑う山崎君を土方さんが「早く行け」と蹴って、つまづく様に車へ駈け出した。

着けてくれていた車へ乗りこめば、助手席に近藤さんが乗っていた。
土方さんが窓を開けて「煙草いいか?」と言ったので、私は「どうぞ」と笑う。

山崎君が運転席へ戻ってきて、「発進させますね」と言った。
ドライブへ入れて、アクセルを踏む。

徐々に遠くなっていく病院。

「…何だか…、長く感じたなぁ…。」

窓の外を見ながら小さくなる病院を見ていた。
土方さんは私の頭を撫でて「そうだな」と言った。

「そう言えばさ、」

近藤さんが前を向いたまま声を上げる。

「どうするの?紅涙ちゃんはまた隊士復帰?」
「いや、それは駄目でしょう局長。病院出たばっかりですし。」

山崎君の言葉に、近藤さんは「そうかァ…」と頬を掻いた。

そうだ、
考えてなかった。

土方さんとの関係が戻っても、私の生活は何も変わらないんだ。

私が黙っていれば、

「真選組に戻る必要はねェよ。」

それを埋めるように土方さんが言った。
その顔は、窓から出ていく煙を追いかけるようで窺えない。

「何だトシ。あてがあるのか?」

近藤さんの言葉に、土方さんは返事をするかのように煙を吐く。

そして「おい、山崎」と声を掛けた。

「マンションへ行け。」
「え?マンションって紅涙さんが住んでたとこですか?」
「トシ、そこはもう必要ないから売るんじゃなかったのか?」

山崎君には「いいから行け」と言って、近藤さんには「売らねェ」と返事をした。

「これからも紅涙はそこで住めばいい。」
「え?!」
「俺が面倒みる。」

一瞬だけの沈黙の後、
「おォォォ!」と前で男二人の声が共鳴した。

近藤さんと山崎君は「言ったな」とか「言いましたね」とかニヤニヤしながら言う。

土方さんはそれにも動じることなく「当然、」と続けた。

「当然、俺もそこに住む。」

「…、…え!?」
「ンだよ、嫌なのかよ。」
「そっそういう意味じゃなくて、えっと…えっとそれはつまり…、」

近藤さんが嬉しそうに助手席から顔を出す。


「それはつまり、同棲ってことだな。」


ニマっとした顔で近藤さんは「羨ましいなァ紅涙ちゃん」と笑う。
山崎君は「これで屯所も夜だけオアシスですね!」と笑って、背中を蹴られていた。

「荷物はおいおい運ぶ。とりあえずマンションに着けろ。」

土方さんは淡々と話した。
私はその隣でどうしようもなく緊張していた。

壊れてしまいそうなほど心臓が鳴る。
屯所でだって一緒だったけどその他大勢も一緒で。

だけど、
二人だけで住むとなると必要以上に緊張する。

「紅涙、」

そんな私を見兼ねたのか、土方さんは私を見て苦笑する。

近藤さんと山崎君は、
何やら話に花を咲かせていて声が大きい。

「お前が無理するなら、やめる。」

私は慌てて「そっそんなことないです!」と顔を横に振った。

「たっただ、緊張…しちゃって…、」
「緊張?」
「は、はい…、」

土方さんは噴き出すように笑って。
それに近藤さんたちが振り返る。

「悪ィ」と土方さんは近藤さんに謝って、「紅涙、」とこちらに向き直した。

「俺も。」
「…へ?」
「俺も緊張する。誰かと二人で住んだことなんてねェから。」

あれだけ笑った土方さんが本当に緊張しているとは思えないけど、


「一緒だな。」


そう笑う土方さんに、私は「一緒です」と微笑んだ。

「副長、到着しました!」
「トシ、俺たちは先に戻ってるから。っつっても前だけどな。」

ガハガハ笑う近藤さんに、土方さんは「悪ィな」と言って車を降りた。

私も車を降りて、
二人に「ありがとうございました」と頭を下げた。

「また屯所に顔出してくださいよ!そこなんですから。」

山崎君が言って、私は「うん」と笑う。

「山崎君には、借りがいっぱいだね。」
「そんなこと思ってませんから全然気なんて遣わないでくださいよ!」
"逆に俺が副長に目を付けられますから"

皆に、

助けられて、

「紅涙ちゃん、子どもが出来たらぜひ俺を名づけ親にさせてくれ!」
「え?!こっ近藤さん、どっ同棲ですから!順番が」
「いやその前に何で近藤さんが付けんだよ。」
「トシ!ここは上司を敬ってだな、」
「違ェだろ!」

皆に、

支えられて。

「それじゃぁな!」
「あァ、時期に戻る。」
「ありがとうございました。」

私たちは、
こんなにも恵まれてる。

もう何も、不安なことなんてない。

あとは私たちが、

信じ合うだけ。

「久しぶりだなぁ…。」

私が持っていたはずの部屋の鍵は土方さんが持っていた。

玄関の鍵を渡されて、
カチャっと小さな音を立てて鍵が開く。

ドアを開ければ、誰も入っていなかったせいで埃っぽい。

「まず掃除をしなくちゃですね、」

玄関で靴を脱いだ時、
土方さんが「紅涙、」と呼んだ。

同じように玄関にいる土方さんに振り返れば「今日から、」と口元に僅かな笑みを浮かべる。


「今日から、よろしくな。」


その言葉だけで、
耳が焼けてしまいそう。

これからは、ずっと一緒なんだ。

「よっ、よろしくお願いします!」

私が頭を下げれば、土方さんが笑った。


これから先。

あなたが悲しい時は私が泣く。

あなたが楽しい時は私も笑う。


ずっと、
ずっと一緒にいれるんだから。


私たちの時間を、
今日から取り戻していこう。

ね、土方さん。

2009.09.20
*せつな*


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