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今様色
(いまよういろ)


好き。

大好き。

そんな人と出逢えて、
一度失われた存在になっても、また出逢えて。

たとえその他大勢のいる屯所でも、
そんな人と過ごせる私は、本当に幸せ者だと思う。

…だけど、

「土方さん…、」
「心配するこたァねーよ、いつもの付き合いだ。早めに帰って来る。」
「…はい、…松平長官に…よろしくお伝えください。」
「おォ。」

ずっとその人がいる環境は、
ずっとその人の行動が気になってしまうというわけで。

「…これで、今週2回目の遊郭だ…。」

そんなことばかりを考えては、彼の背中を見送っていた。


多色世界
(たしょくせかい)


いつから、
不安になることばかりが目についてるんだろう。

そういう付き合いも仕事のうち。

そんなこと、十分過ぎるほど理解してる。

それに、
あの時を考えれば、
何ともないようなことばかりなのに。

「そうだよ…、大したことじゃない…。」

また、私を忘れたわけじゃない。
それに比べれば、何てことない。

あの日々は、
私にとっても思い出すだけで辛いこと。

土方さんも、その話をすることはなかった。

月日が経つにつれ、
まるで無かったことのように思えるほど。

それだけ、互いにとって辛い時間だった。

だけどその時間は、私の気持ちを強くした。
何と言うか…、

記憶を失ったのに、
また私を想ってくれて、
ちゃんと思い出してくれたこと。

それが、
土方さんに愛されてる自信にもなったし、自分の想いも強くなった。

だから、

「私には…無くてはならない時間だった…。」

土方さんが思い出したくなくても。

そう思っていることが、
土方さんも同じだったらいいのにな。

「早く…、帰ってきて…。」

今この瞬間も、
私を想ってくれていればいいのに…。

自室で寝転びながらそんなことを考えていると、いつの間にか意識が薄くなって。

眠らずに待とうと思うのに、私は目を閉じてしまった。


しばらくして、

「…何だ、紅涙…、お前布団で寝ろよ。」

その声で目を開ける。
寝ぼけていても鼻につく香の匂い。

「あ…、土方さん…、…おかえり…なさぃ…、」

何とか口にして、目を擦る。
土方さんは「いいから寝てろ」と言って、私の部屋に布団を敷いてくれた。

「ほら、紅涙。」
「…は、い…、」

敷いた布団の横で土方さんが私を呼ぶ。
私は眠気でフラフラする体を四つん這いで支え、布団まで辿り着いた。

布団の上に寝ころべば、掛け布団を掛けてくれて。

その隣で土方さんは煙草に火を点けた。

「遅かった…ですね…、」
「そうか?」
「はい…、私…眠っちゃって、ました…、」

目を閉じたまま土方さんに言えば、「それはお前が早寝なんだろう」と小さく笑った。

障子から入る細い風に乗って、土方さんの煙草の匂いがする。

「…やっぱり…、煙草…、」
「あァ?…あ、悪ィ。煙てェか。」
「いえ…、煙草の…匂いが…、落ち着きます…ね、」
「お前、喫煙者みてェな発言するんじゃねェよ。」
「そんな…意味、じゃ…なくて…、」

煙が香を消して。

「土方さんの…、匂い…、落ち着く…、」
「…。」

心地よい感覚に連れ去られそうになりながら、口にした。

土方さんは返事の代わりに、私の前髪に触れた。
それに気付いた私は、何とか薄く眼を開けて。

「土方、さん…、」
「ん?」
「…一緒に…、寝ませんか…、」

土方さんは私の言葉に目を少し見開いて驚いた。
私はそれに、小さく笑って。

「土方さん…、忘れてしまい…そうで…。」

言葉が、足りなかった。

"土方さんの温もりを忘れてしまいそうで"

そう言いたかったのに、言葉が掠れた。

「…。」

足りない言葉を受け取った土方さんは、苦しそうに眉間の皺を濃くする。
私が虚ろな頭を動かす前に、


「忘れねェよ、」

土方さんが私の頬を撫でた。


「もう…二度と忘れねェ。」


真っすぐな眼差しは、苦しさも垣間見えて。

「土、方さん…、」

私から彼に、手を伸ばした。
土方さんは私の手を通り過ぎて、キスをした。

私に覆い被さるような土方さんを見上げれば、

「紅涙、」

溶けてしまいそうなほどの甘い声で私を呼び、


「お前をもう…一人にはさせない。」


そう言って、キスをした。


なのに。

感情は、愚か者だ。


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