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似紫色
(にせむらさきいろ)


「い…今から、ですか…?」

時計の針は深夜1時。

週に何度かある甘い時間。
行為を終えたそのすぐ後に、土方さんの携帯が鳴った。

「あァ。とっつぁんがしつこくてよ。」

早々に起き上がった土方さんを見て、私は気だるい体を掛け布団で巻いて座った。

「こんな時間に呼ぶなんて…、」
「珍しいことじゃねェよ。」

また、
土方さんは遊郭へ行くと言った。

「…。」

土方さんは、
分かってない。

いくら同じ時間を過ごしたって、
いくら同じ温もりを感じたって。

「…、どうして…、」

それが、仕事だったとしても。

「どうして…行くんですか…?」

そんなの、嫌だ。
他の女のとこ、行っちゃ嫌だ。

「仕方ねェだろ、とっつぁんが煩ェんだから。」

土方さんは隊服のスカーフを巻きながら、顔色ひとつ変えず鏡越しに言った。

当たり前、なのかもしれない。


上司に呼ばれて、夜中に飛び出していくことなんて。
それが遊郭という場所だってことだって。

極、普通のことなのかもしれない。

だけど、

「だからって…、こう毎回付き合わなくたって…、」

そう思ってしまうのは当然で。

今は私と一緒にいてください、
そんなことを口にしたいのに、出来なかった。

「いいか、紅涙。」

その声に目をやれば、土方さんがこちらを見下げている。

結び終えた、スカーフ。
私を見るその眼は、とても冷静なもので。

「はい」、
そう返事をすることすら、怖くて仕方なかった。

「近藤さんはゴリラ女のスマイル通い。総悟はガキ。残んのは俺しかいねェんだ。」
「…はい、」
「俺が行かねェで済むなら行かねェさ。だがな、お前も補佐なら分かんだろ?」

土方さんは懐から煙草を取り出して火を点けた。

「とっつぁんは真選組なんざ指一本で潰せちまう。」

ふぅと吐き出した煙を、土方さんは気持ち良さそうに目を細めた。

「俺だってお前とこんな話でモメたかねェよ。」
「…はい。」

徐々に俯く私の前に、土方さんが屈んだ。

「紅涙、」

私の頬に、手を添えて。
促されるように顔を上げれば、近くで視線が絡まる。

「お前、妬いてんだよな?」
「っ!!…。」

口の端を吊り上げて言う土方さんは、この状況なのに嬉しそうで。

「やっ…妬いてるとか…そんなのじゃ…、」

土方さんの言う"妬いてる"とは、少し違う気がする。
もっと…我が儘で…醜い感情。

「何だよ、素直じゃねェな。」

そう言う土方さんは目を細めて笑み、チュッと音の鳴るキスをした。

「心配すんなって言っただろ?」
「…。」

近距離で見つめ合わされる。

サラサラの髪。
冷たいのに綺麗な目。
鼻筋の通った鼻。

こんな人の相手をして、惚れない遊女はきっといない。

「…。」
「…ンな顔すんなって。」

土方さんが私の後頭部に手をやって、グイっと引いた。

必然的に近くなった距離。
耳元まで近づいた土方さんの唇が、



「俺はお前しかソソられねェよ。」


低い声でそう言った。

一瞬理解できなかったその言葉。
頭に何度も響いて、私の耳が焼ける気がした。

「っ!ひっ土方さんっ、恥ずかしいっ!!」

慌てる私に土方さんは笑って、持っていた煙草の火を消した。

「本当の話だ。じゃァな、行ってくる。」

ニヤっと口を歪ませたまま、土方さんは部屋を出て行った。
廊下に足音を響かせて、それは次第に遠くなる。

「ほんとに…、行っちゃった…。」

私の部屋でもないのに、
この部屋に一人で残されるなんて初めてで。

「松平長官の…馬鹿!!」

土方さんの枕を布団に投げつけた。


少し、期待してた。
いつもは聞かないことを聞いたら、行かないんじゃないかって。

だけど結局、土方さんに乗せられて。

「あ〜ぁ…、私だけの土方さんだったのに…。」

布団へ顔を埋めて、また「あ〜ぁ」と言った。

土方さんは遊女とどんな時間を過ごしてるのかな。
どんな態度してるのかな、
どんなこと話すのかな。

「長官でも…断ってよ…、土方さん。」

こんな時だけ、松平長官だからってズルいよ。
普段は邪険にしてるくせに。

「いつも…私ばっかり待ってる…、」

いつだってそうだ。
私ばっかり土方さんを待ってる。
私ばっかり、不安になってる。


「土方さんの…バカ…。」


消したての煙草の匂いが、

愛しさを募らせた。


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