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石竹色
(せいちくいろ)


ピシャリと閉められた局長室。

「…。」
「…。」
「…。」

さっきとは違って、
私の隣には近藤さんが正座していて、机を挟んだ前には土方さんが煙草を吸っている。

「…。」
「…。」
「…あの、だな、トシ。」

どう考えても気まずいこの空気を壊したのは近藤さんで。
彼は顔を引き攣らせて笑った。

「その、よっ万事屋がどんな風に言ったかは知らねェけど、」
「"明日から紅涙を借りる"ってよ。」
「うっ…。いや、だからだな、トシに判断を仰いでからと」
「私、行きます。」

必死な近藤さんの横で、私は土方さんを真っすぐに捕らえて声を出した。

正直、
ちゃんと目を見て話したのは久しぶりかもしれない。

どこか、向き合えないままの時間だったから。

それが、
まさかこんな形になってしまうなんて。

「ンだと?」
「私だって、…書類整理以外の仕事がしたいです。」
「なら俺が出してやる。」

土方さんは煙草を灰皿に押しつけながら言う。

私は「…違います」と続けた。

「実際にこの体で人の役に立ちたいんです。」
「…。」
「私は市中見回りもろくに出来ないし、剣術も疎いです。だからせめて必要としてくれる人が居るなら、その人の役に立ちたい。」
「こっちの仕事は放りっぱなしでいいってのか。」
「こちらの仕事は栗子さんで十分です。現に、共に働けば時間を持て余します。」

私の言葉に、土方さんは舌打ちをした。
近藤さんは私の袖を引っ張って「紅涙ちゃん」と焦り気味な声を出した。

「だからって何で野郎なんだよ!」

苛立った様子で口にして、ドンッと机を叩く。
その言葉に近藤さんが小さく身体を震わせて背筋を伸ばした。

「ごっごめんなトシ…!俺があんなこと頼んでなけりゃ」
「近藤さんは悪くないです、私にチャンスをくれたんですから。」
「紅涙ちゃん…、」
「俺は認めねェ。」
「トシィ…、」

二本目の煙草を抜き取り、火を点ける。

「どうせ詰んねェ仕事に決まってる。恩を売っても仇で返すだろーさ。」
「そんな言い方…、」
「とにかく、お前を行かせるわけにはいかねェ。」
「…。」

強い眼光に追い詰められれば、思わず俯いてしまう。
頭の上から、土方さんが鼻で笑う声がする。

「そんなに逃げてェのか、ここから。」

俯いたまま、私は瞬きをした。
隣では近藤さんが土方さんに制止する声がする。

なのに、
土方さんの声は、続けて私の頭に降り注ぐ。


「少しでも俺が居ねェところに行きてェのかよ。」


駄目だ、
そう思った。

完全に、私たちはすれ違ってしまっている。

「…違います、土方さん。」
「何が違うっつーんだよ。俺が居ちゃ笑うことすら出来ねェんだろーが。」
「そんなこと思ってません!」
「思ってなくてもやってるだろーが!」

土方さんの大きな声と、
愕然とした身体の中。

確かに最近は息苦しかった。
笑ったことだって、
さっきが久しぶりだった気がする。

だけど、

顔も合わせたくないとか思ったことなんて一度もない。

「ほんとに…っ…違うんですっ!」

「違わねェよ!」

結局、
どれだけ嘘をつけるようになっても。

結局、
小さいことを気に病んでしまうほど、
小さいことを妬ましく思ってしまうほど、


「っ土方さんだって、っ女の人と会ってるじゃないですか!!」


こんなことを口にしてしまうほど、

私はあなたが好きなのに。

「っ…、」
「土方さんだってっ…、仕事、でしょう?」
「…あァ。」
「それならっ…私だって一緒じゃないですかっ、」
"どうして私だけ駄目なんですかっ"

分かってる、

心配してくれてるって。
心配なんだって。

だけど、
それだけじゃダメで。

「…。」
「ぅっ…、」

言えないことに、
あれだけ悲しんだはずなのに。

私たちはまた、
言葉の使い方を間違えてしまう。

それならせめて、

「信じてっ…ください、っ、」

今思う、
この確かな私を。

「私は、っ土方さんのことっ…好きなんですっ…、」

辻褄が合わなくても、

伝えなきゃいけないって、思った。

「…。」
「トシ…。」

ぐぐっと握りしめた自分の拳は、小さく震えていて。

静かな間が、さらに私を部屋の隅に追い詰めてるような気がした。

ジュッと焼ける音がして、

「…俺も、」

土方さんの低くてすまなそうな声がした。

顔を上げれば、
煙草を消した土方さんが小さく息を吐いて。


「俺も、だから…行かせたくねェんだよ。」


決して甘い声でも、
甘い空気でもなかったけど。

私の息を詰めるには、十分な言葉。

土方さんも、
きっと埋めようとしてくれてる。

足りない言葉、
気付いてくれてるんですよね。


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