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桜鼠色
(さくらねずみいろ)


「よく出してくれたなァ、紅涙ちゃん。」

原付を運転しながら万事屋さんが声を掛ける。
後ろに座る私は「はい」と短く返事をした。

あの後。
土方さんは、私を止めなかった。

「止められない」と言った。

自分も同じことをしてるからと、私に目を伏せて言った。

「だが紅涙…、」

目を上げた土方さんは、
とても強い眼差しで私を射抜く。

「お前を止めないのは、…お前を信じてるからだ。」

でもそれはどこか、

「紅涙が俺を信じてくれてるように、…俺もお前を信じてるから。」

しっかりとしたはずのその眼も、その言葉も。

願いのようにも聞こえたのは、
きっと、私たちが不明確なせいだ。


「ちょっと〜大丈夫?酔った?」

万事屋さんの声がして、ハッとした私は「大丈夫です」と声を上げた。

「あ、そう?まァ原付で酔うヤツも聞いたことねェけど。」


銀髪を風に揺らせて、
後ろを少し振り返る。

「紅涙ちゃん、その裾がイヤラシ〜。」
「えっ?!」

見れば、着物が風ではためいている。
慌てて手で押さえようとすれば、「おっと、」と万事屋さんが手を握った。

「ダメダメェ。離すと危ねェだろ?ちゃんと持ってろって。」
「え、あ、はい…。」

拘束されるように、
万事屋さんの腰で握りしめさせられた手。

振りほどくような不自然な行動は出来なくて、私は万事屋に着くまでそのままだった。


「何でメス犬がここにいるアルかァァァ!!」

屯所でも同じようなことを言った女の子は、大きな白い犬を連れて私に指を差した。

「銀ちゃん!説明するアル!!」
「いや説明受けてたでしょ、神楽ちゃん。」
"あの時、しっかり酢昆布貰ってたでしょ?"

大きな白い犬の後から出てきたのは眼鏡を掛けた少年。

「新八ィ!いつの話したアルか!そんな昔の記憶はないネ!」
「残念だけど、昨日だから。」
「酢昆布持って来いやァァ!!」
「ってか、関係ないから!」

新八と呼ばれた彼は、溜め息をついて眼鏡を上げ、「ようこそ万事屋へ」と苦笑した。
それに頭を下げて「よろしくお願いします」と言った。

「願い下げアルゥゥ!!」
「ちょ、煩ェよ神楽!!」
「あはは…、私、何だか随分と嫌われちゃってますね。」

苦笑いすれば、頭を掻きながら「違う違う、」と万事屋さんが言った。
でもそれよりも大きい声で、「当たり前ネ!」と神楽ちゃんが声を上げる。

「ニコチンとは仲良くしないアル!それが万事屋の鉄則ネ!!」
「え?!何、いつ出来たのそれ?!」

神楽ちゃんの言葉に新八君が声を上げる。

ニコチン…?
それって、煙草の?

私が聞く前に、万事屋さんが「おい、神楽」と呼んだ。

「ちょっとお前出て行け。」
「何でアルか!銀ちゃんもこんなニコチンと仲良くすることないネ!もう酢昆布は貰ったからこっちのも」
「神楽ちゃん!」

賑やかだった空間が、一瞬でピリっと肌に刺さる。

新八君は神楽ちゃんの手を引いて「行こう」と外へ出て行ってしまった。

「あ…あの…、」

ピシャリと玄関の扉が閉まった頃、私はようやく万事屋さんに声を掛ける。
万事屋さんはソファーに座り、「ったくよォ」と肩が凝った様子で首を回す。

「ガキっつーのはこれだから使えねェよなー。」
「あのっ私…何かしましたか…?」
「んー?紅涙ちゃんは何も気にするこたァねーよ。」
「でも何だか…、」

あまりにも気まずい空気だった。

原因は明らかに私だ。
私が来なければ、こんな言い合いにもならなかったはず。

それを思い出して俯いた時、「紅涙ちゃん」と呼ばれた。

顔を上げれば、万事屋さんが自分のソファーの隣をポンポンと叩いて見せる。
促されるようにそこに座る。

「紅涙ちゃんが気にすることじゃねェよ。」
「…でも…、」
「俺が紅涙ちゃんを呼んだんだぜ?それにここでは俺が一番。」
「いち…ばん…?」

首を傾げれば、万事屋さんは「そ」と短く私に返事をする。

そしてこちらを見やり、
またあのニヤりと頬に書いた笑顔を私に向けた。


「ここでは俺が将軍なわけ。俺が良いって言えば、良いんだよ。」

私はその笑みにつられて、
「分かりました」と小さく笑った。

「ま、アイツらも悪いヤツじゃねーからさ。頭の隅にでも置いてやっててくれよ。」
「はい、ありがとうございます。」

神楽ちゃんを思って、
私も気にかける言い回し。

何だか、
土方さんを思い出した。

「とりあえず、しばらくよろしくな!」

万事屋さんが差し出した手に、私は笑って返事をして重ねた。


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