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撫子色
(なでしこいろ)


万事屋さんはさぞ忙しいんだろう。
きっと色んな依頼があって、毎日人が出入りして。

そんなことを思い浮かべていた私だったけど。

「あの、」
「ん〜?」
「私のすること、何かないですか…?」

ソファーに座って週刊誌を捲る万事屋さんに声を掛ける。

万事屋さんは「ん〜…」と変わり映えしない声音でジャンプを一枚捲り、

「別にねェな〜。ま、ゆっくりしなって。」
「は、はい…。」

私が想像していたものと現実はかなり違うようで。

万事屋さんは毎日ほぼソファーに居る。

私はその向かいのソファーでテレビ。
たまに、掃除。
炊事も洗濯も、当番制だからしなくていいって言われた。
夜はもちろん屯所に帰るし…。

新八君は買い出しとかしてくれて。

神楽ちゃんは定春君と一緒に毎日お外。
嫌われていた私も、万事屋さんに「アイツ酢昆布で釣れるから」と言われ、

「あっ、神楽ちゃん!」
「馴れなれしいアル!」
「ごっごめん…、あっあのね、コレおやつに…。」
「ぬぁぁっ!?酢昆布アル!それも梅味ネ!!」
「う、うん。」

毎日、出かける前に手渡すことにした。
「こんな贅沢すると死んでしまうアル!」とか言いつつも手に取ってくれる。

お陰で、少し話をすることも増えた。

たとえば、
定春君は昔もっと大きくなったとか、
酢昆布はやっぱり普通の方が好きだとか。

でもこの酢昆布。

毎日私に給料代わりのように支給してくれるのは万事屋さん。

「一体どれぐらい買い置きしてるんですか?」
「もうそりゃ襖ん中、臭くなるぐらい。」

神楽ちゃんが寝ている襖の反対側にこっそり直しているらしい。
万事屋さんは平然とそう言ったけど、さすがにそれだけ買うのも高かったはず。

新八君は「給料も何カ月払ってもらってないか分からない!」って言ってたのに、どうやって買ったんだろう…。

「なァ、」
「え、はい!」

襖の方を見ながらそんなことを考えていれば、ジャンプの上から目だけをこちらに向けている。

「暇?」
「ひ、暇、です。」
「そっか〜。」

いきなりそんなことを言ったと思えば、すぐにまたジャンプに目を戻す。

あれ…、
仕事が出来るのかと思ってしまった。

土方さんの下で何かに追いかけられてることが多かったせいか、時間を持て余してしまう。

窓の掃除は昨日にしたし、
床だってもうしちゃったし…。

「じゃァさ、」

万事屋さんの声はジャンプにぶつかって少し籠ってる。

「肩、揉んでくんねェ?」
「…肩…ですか?」
「うんそう。俺、肩凝っちゃって。」

ジャンプを持ちながらも肩を鳴らす万事屋さんは「出来る?」と言われたので、私はすぐに「出来ます!」と立ちあがった。

ソファーを挟んで背後に立つ。
銀色の髪がふわふわしてて、私の周りにこんな毛色の人がいないせいか不思議だった。

「し、失礼します。」

何だか、緊張する。

そう言えば、
土方さんにしたことないかも。

「弱い、ですか?」
「んー大丈夫。イイねー、肩揉みなんて久しぶりにしてもらったわ。」
「わっ私もです。」
「へェー。意外だなァ、てっきりしまくってるのかと思ったぜ。」
「しっしてません、」
「シてないの?」
「万事屋さんっ!」

意味合いが違う!
訴えるようにギュッと肩を掴めば、ケラケラと笑われた。

「あーそうだ。紅涙ちゃんさ、俺の名前知らなかったっけ?」
「え?…いえ…知ってます。坂田…銀時さんですよね。」
「おーフルネームでバッチリじゃん。ならさ、"万事屋さん"ての止めねェ?」

いつか触れられることだと思った。
名前も知ってるのに"万事屋さん"なんて呼び方、変だよね。

「"銀さん"とかさ、何でもイイんだけど。俺的には"銀ちゃん"とかの方が萌えるけど。」

私が名前を呼ばないのには理由がある。


『アイツの名前、呼ぶな。』


土方さんが言った。

初めて万事屋に行った日の夜。
進捗報告のように1日何をしたのかを話していた時は「銀さんが、」と口にしていた。

万事屋さん自身にはそう呼んだことはなかったけど、新八君がそう呼んでたから。

そうしたら土方さんは機嫌が悪くなって。

『名前、呼ぶな。』
『え?』
『アイツの名前、呼ぶな。』
『そっそれは無理で』
『前みたいに"万事屋"って呼べ。』
"あんなヤツと仲良くすんじゃねェ"

フイと顔を背けて煙草の火を消す土方さんは子どものようで。

『分かりました、』

私はその願いを受けた。
変わりに私も彼に願った。

『じゃぁ土方さんも名前、呼ばないでください。』
『…?』
『"雪華"さんと、…"栗子"さん。』

『…分かった。』

だから、


「…"万事屋さん"じゃ…駄目ですか?」


呼べない。

「…駄目って言ったら呼んでくれんの?」

万事屋さんの顔が、半分だけ私の方へ振り返る。
私は目を逸らして返事に困った。

パタンとジャンプを閉じる音。

「呼ばせたいねェ、紅涙ちゃんに。」

少しの溜め息と一緒に吐きだされた声。

ゴロンとソファーに寝転がった万事屋さんは、立ったままの私に向かって「んじゃ、」と見る。


「俺が呼ばせてみせる。それならいい?」


口元に浮かぶ僅かな笑みが自信を感じさせて。


同時に、
妖艶さも窺えさせた。


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