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七色
(なないろ)


それから4日が経って。

「で?いつ払ってくれるわけ?」

万事屋さんは本当に請求をしに屯所へ来た。

「あー…えっと…、いくらですか?」
「まァお気持ち程度で結構なんですけどねェ。」

薄っぺらい顔をしてそう言った万事屋さんは「そう言えば」と言った。

「あれは元気にしてんの?」
「"あれ"?」
「そう"あれ"。あの腐ったマヨラー。」
「"腐った"って。はい、とりあえず休養中ですけどね。急性アルコール中毒の一歩手前で済んだみたいで。」
「惜しいな。」
「"惜しい"って。」

私は何度目かの笑みを漏らし、万事屋さんも小さく笑った。
そして徐に懐へ手を差し入れ、

「ま、今回はここからでいいわ。」

分厚い封筒を取り出した。
あの封筒。

そこから万事屋さんは適当に取り、懐に直した。

「万事屋さん、今回はありがとうございました。」
「いいってことよ。あーそうだ、また近いうち万事屋来てやってくれよな。神楽も会いたがってるしよ。」
「はい!」


私は手を上げる彼に頭を下げた。
万事屋さんは「何かあった時はいつでも万事屋に」と言って、屯所から出て行った。

ふぅと一息ついて、
また土方さんの部屋に戻ろうとした時、


「世話になったから仕方ねェか。」


廊下に土方さんが腕を組んで立っていた。

「ちょっ、何してるんですか!寝ていないと駄目ですよ!」
「あァ?もう4日だろーが。いい加減、仕事しねェと頭の上から書類落ちて来そうなんだよ。」

私はそれに「もう」と溜め息をついて、彼と一緒に部屋へ戻る。

「紅涙、今から揚屋に行くぞ。」
「…え?」

土方さんは背中越しに言って、そそくさと着流しを着た。

「ど、どうして揚屋に…」
「雪…あーあの遊女が話あるってよ。」
「雪華さん、ですよね。」
「あァ。」
「…いいですよ、名前。」

言わないでって言ったから、ですよね。

でも、もう平気。

「分かりました、行きましょう。」

もっと、
土方さんのことを信じれるようになったから。

もう、平気。


指定されたという場所は揚屋の中じゃなくて、近くの茶屋。

声を掛ける前に、雪華さんは私に深々と頭を下げた。

「あの時は申し訳ありませんでした、紅涙さん。」
「えっ、あっいえ、っあの、」
「私が土方はんと会っとったのは、片栗虎はん…松平はんが言うたからです。」
「…え?」

雪華さんは私が聞く前に話を進めていく。

「紅涙さんが心配するような人やありませんよって、安心してくださいな。」
"この人は遊女遊びやなんて器用なこと出来ませんでしたよって"

着物の袖で笑う雪華さんに、土方さんは鬱陶しそうな目を向けて煙草を吸う。

「この男はどんな綺麗な女が傍におっても、自分の女想てボーっとしてしまうような人でしたよって喰えまへんわ。」
「く、喰えませんか。」
「えぇ、喰えまへん。そんなに好かれて、紅涙さんも大変ですねぇ。」

雪華さんの言葉に思わず土方さんを見れば、すぐに目を逸らされた。

そっか、
そうだったんだ。

私は雪華さんに「そうでしたか」と小さく笑った。


やっぱり、
言わなきゃ伝わらないんですね。

私の気持ちも、
土方さんの気持ちも。

こうやって知れるから、もっと好きになれる。

肝心なことって、
どうして頭の隅っこに行っちゃうのかな。

雪華さんは「あーそうや」と言った。

「栗子ちゃんのことやけど、あの子謹慎やて。」
「謹慎?」
「思い出させるんは申し訳ないんやけど、栗子ちゃんがしたことあったでしょう?」
"既成事実作ろうとしてたこと"

私が無意識に口を閉じてしまった時、土方さんが「それが?」と問うた。

「あれね、ほんまはうちがするいう話やったんよ。」
"うちが関係もって、紅涙さんを見る言うて"

私の中にはまた複雑な感情が浮かび上がって。
何て返事をすればいいのか分からなくて、曖昧な笑みを見せた。

「せやけど栗子ちゃんがする言うてね、聞かんかったよって許可したんやけど片栗虎はんにバレたらしくて…。」
"うちも悪かったんやけどねぇ"

雪華さんが言うには、
そんなことを栗子さんがしたと聞いて松平長官が激怒したらしい。
さすがに今回ばかりは謹慎にしたんだとか。

「それでお前は何で黙ってたんだ。」
「何の事?」
「とぼけんじゃねェ。あんな馬鹿みてェなことをするっつーことをだよ。」
「あら、何言うてますの土方はん。」

ギュッと捻り潰した煙草とともに、土方さんが雪華さんを睨みつける。

「うち、何や思てますん?」

動じない雪華さんが土方さんに笑みを見せる。

「うちは遊女やよってお客様が全て。自分の場所が崩れそうになるんやったら、危ない話は渡りませんよってに。」
"白でも黒でも、権力が黒言うんやったら黒と見てみませますぇ"

言い終わった雪華さんは、伝票を持って立ちあがった。

「…なら何であの時は助けた?」
「あの程度のことやったらいくらでも出来ますわ。大切なんは最後。最後さえ、はっきりしとけばいい。」

そう言って頬笑みを見せる雪華さんの表情は、昼を夜にしてしまいそうなほど妖艶で。

「こんなんやから、うちは日輪になれんのやろね。」

零したその言葉は、
誰にも届かないほど悲しそうで。

「そしたら、うちはこれで。機会があったら会いに来てくださいね、紅涙さんも。」
「…行かねェよ。」
「それがえぇですわ。」

笑って会釈をした雪華さんを私は呼びとめた。

「あのっ…ありがとうございました。」
「…いややわぁ、もう。お礼言われるどころか、殴られてもええようなことしたのに。」
「でもきっと…あなたが違う遊女だったら…、こんな結果にはなってないかもしれない。」
「…。…土方はん、」
「ンだよ。」

雪華さんはゆっくりと瞬きをして、

「紅涙さんのこと大事にせな、片栗虎はんに言い付けますぇ。」

そう笑って、去って行った。
振舞い一つずつが、女の私でも見惚れてしまうほどで。

土方さんは「上等だ」と鼻で笑った。

みんな、
みんな何か抱えてる。

雪華さんも、
栗子さんも、

みんな。

「何だか…すごく成長できた気がします。」

私は、幸せ者だ。

「…紅涙、お前プラス思考だな。」
「え、そうですか?」
「あァ、俺ァ疲れた。色んなことあり過ぎてな。」

土方さんは肩がこった様子で首を回す。

「でもま、これからは疲れることもねェ。」

首を傾げた私の頭を撫でて、

「さてと。」

土方さんは腰を上げた。

「見に行くか、桜。」
「ふふ、咲いてないですけどね。」

私も同じように立ち上がる。


「咲いた時にはまた見にくりゃァいい。」
"花見には絶対使わせねェけど"


土方さんが喋って、


「そうですね、花見には使いたくないな。」


私がそれに笑う。


「ずっと、見に来れたらいいですね。」
「来るさ。」

"必ず"


当たり前なことが嬉しいし、
在り来たりなことが幸せ。

それが悲しい時もあるし、
憎い時も、きっとまた来る。

そうだ、
季節みたいに。

今度はそれをちゃんと受け入れるよ。

だから、
これからもあの桜を見上げる、

変わらない私たちがそこに、ありますように。

2010.01.04
*せつな*


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