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犬と猿


「いやいやいや!ちょっと待ちなよ、紅涙ちゃん!」

バンと机を叩いて立ち上がったのは、近藤君。

「ちょっ、近藤君!私の机にご飯粒飛ばさないでよ!汚い!!」
「そうでさァ、近藤さん。汚いのは外見だけにしといてくだせェよ。」
「あ、あれ?おかしいな、空耳かな…何だか俺が汚いみたいな…。」

お昼休みのご飯中。
机を寄せてご飯を食べる私たちは、このZ組では極自然な光景だ。

「あ。俺の机にも飛んでまさァ。紅涙、ティッシュよこせィ。」
「ほら、近藤君の机も汚れてるから拭きなよ?」
「そんなに汚くないのに…。」

昔馴染みの近藤君たちは、不思議なくらい縁があるようで高校3年間同じクラスらしい。
"らしい"と言うのは、私は彼らを高校2年生からしか知らないせいだ。

2年生は同じクラスだったけど、
3年生になった今は、私だけが違うクラス。

だけど名残りもあって、
お昼ご飯になったら、こうして集まるというわけ。

「あら、紅涙ちゃん。彼氏が居ないのにこんなヤツらと食べてるの?」
「おおおお妙さぁぁぁぁん!!」
「ちょっと近藤君ってば!飛ばさないでって言ったでしょ?!」

ひょこりと顔を出したのは、近藤君の意中の女子、志村妙ちゃん。
私はお妙ちゃんに向かって「その前に、」と言った。

「彼氏なんて居ないから!」
「まーたそんなこと言う〜。」

やれやれと言った様子で顔を横に振るのは近藤君だ。

「お妙さん、言ってやってくださいよ!あれだけ仲良いのに、紅涙ちゃんってば男探しに行くとか言ってるんですよ!」
「まぁ、それは気になるわね。」
「でもまぁ俺が気になるのはお妙さんのことだけですけどね!」
「それで?紅涙ちゃんはどうして男探しなんてするの?」
「あれ…?お妙さん…、やっぱり無視?」

お妙ちゃんは近藤君を押しのけて、その席に座った。

真剣な顔をしてくるお妙ちゃんに、私は「普通でしょ?」と返す。

「私だって彼氏探しの一つや二つ…、」
「土方君が聞いたら悲しむんじゃない?」
「なっ、どうしてアイツが関係あるの?!」
「俺ァ良いと思いますけどねィ。他の男を知った上で、やっぱり俺がいいって帰って来なせェ。」
「首に鎖つけたい沖田君を好きになることは一生ないと思う。」
「いいじゃねェですかィ。可愛い鎖を特注してやりまさァよ。」

そう言って、沖田君は自分の携帯のストラップをチラつかせる。
長さは短いけど、確実にその鎖は彼の趣味だ。

「とにかく!私は行くんだからね、合コン!!」
「あらそう、合コンなんだったら行ってらっしゃい。」

お妙さんは急にニコヤカになった。

「合コンなら安心だわ、まぁ世間一般の男を見て来なさいな。」

そう言って立ち上がり、お妙ちゃんは「じゃぁね」と去って行った。

「お、お妙ちゃん!そんなにあっさりされると気にな」
「紅涙、ほらよ。」
「えっ?!あ、あーありがと。おかえり。」

机に置かれた紙パックのジュースを手にとって、隣の椅子に座ったトシを見る。
すると追い出された席にようやく座った近藤君が「お疲れ〜」と言った。

「遅かったなぁ、トシ。」
「あったり前だろォが!この大混雑な昼間に、ブリックパックを7つもだぞ?!その前に何で7つ?!」
「だって沖田君が一人2つは飲むだろうからって。あ、トシは1つだよ。」
「はぁぁ?!」
「土方さんなら、ちょこーっとニッコリしたらパパっと買えるはずでさァ。大丈夫だ、お前はやれば出来る子だァ。」
「テッメェェ何様だコラァァ!俺がどんなけ白い目で見られて並び直したか知らねェだろ!」
「知りませんねィ。」
「お前ってヤツはァァァァ!!」

立ち上がった勢いのせいで机が揺れて、私のジュースが倒れた。

「あぁぁぁぁ!私のジュースぅぅ!!」
「あ〜あ、紅涙ちゃん汚ぁい。」
「ぉわっ!紅涙、お前のジュースはフルーツオーレだろ?!ちょ、こっち来んな!」
「そんなこと言って机傾けないでよ!そもそも倒したのはトシでしょ?!」

ギャーギャー言いながら、机を傾け合っていれば沖田君がティッシュを手渡した。

「汚ねェから拭きなせェ。」
「「あ、はい。」」

こういう時だけ冷めた目をする彼に、私たちは声を揃えてすぐさま拭き取った。

騒がしいのもひと段落。
とりあえず残ったジュースを飲んでいたら、「そうだ、」と近藤君が思いだしたように口走った。

「紅涙ちゃんが合コン行くんだってよ。知ってたか?トシ。」
「…。」
「…いや、皆の了解がいるとか変だから!私のことなんだから、私が決めて行くの!」
「別に俺は何も言ってねェだろーが。」
「う、うん、言ってない。言ってないけど…、」

だけど、何だかね。

何となく、
空気が気まずい気がしたから。

…ってあれ?
もしかして私の考え過ぎ?

「トシはどう思う?紅涙ちゃんが合コン行っちゃうんだぞ?」
「…別に。」
「"別に"だって言ってやすぜィ、素直じゃねーの丸わかりですねィ。」
「俺ァ"別に行っても無駄だろ"っつってんだよ。」
「なっ?!失礼なヤツだねぇ、相変わらずトシ君は。」
「どうも。」

キィィィィ!!
何て厭味な男なんだ!
絶対イイ男探してやるぅ!!


「まぁ精々頑張れよ。俺も合コンあるし。」


え。
えぇぇ?!

「ト、トシも行くの?!」
「おいおい、トシ本気かぁ?」
「俺も連れて行け、土方コノヤロー。」

トシも合コン行くのかぁ…。
モテるだろうなぁ、黙ってりゃカッコいいんだし。

"カッコいい"…?

だ、黙ってりゃね。

「ンだよ、俺だってお前に何を言われる必要もねェんだけど?」
「あっ当たり前じゃん!"別に"私は何も言ってないし?"別に"興味ないしぃ?!」
「あーそうかよ。ならどっか知らねェ男に拉致られて、己の未熟さを知って来い。」

もう知らない!
ほんとに彼氏つくってきてやる!
イチャイチャして、ベタベタベチャベチャして見せつけてやる!!

「トシなんて知らない!バカ!ハゲ!!」
「ハゲてねェェよ!!」

ガタンと立ちあがって、机も直さずにZ組を出た。
後ろで「あ〜あ」という呆れに近い声がして、

「こんなに仲良いのになぁ。」
「犬も喰わねェってやつでさァ。」

なんて聞こえたから、
振りかえって、

「「良くない!!」」

って言ったのに。

「声まで揃ってまさァ。」

また笑われる無駄な言葉になってしまった。


相縁奇縁 1
(あいえんきえん)


相縁奇縁
=人と人とのつきあいや男女の仲で、お互いに気心が合うか合わないかは、縁によるということ。


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