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炭酸スカート


「…。」
「何よ、その目。」
「お前さ、昨日ブーブー言ってたんじゃねーの?」

次の日のお昼休み。
購買から帰ってきたトシは、私が普段通りにZ組でお弁当を広げていたのが気になったらしい。

「まぁまぁトシ。いつものことだろ?お前ら喧嘩らしい喧嘩したことねーじゃん。」
「そうでさァ。そういうのを痴話喧嘩っつーんでさァ、ハゲ方。」
「ハゲてねぇぇっつってんだろ!いい加減にハゲから離れろ!」
「とりあえずさぁトシ。座りなよ、埃がご飯に入っちゃうじゃん。」
「お、お前ってヤツは…。」

トシは溜め息をついて、いつもの通り私の隣に座る。
机にはお馴染みのパンが3つと、甘そうなパンが一つ。

「あ、それ美味しそう。」
「お前の好きだったパン、もう入れねェんだってよ。」
「えぇぇ?!」

トシがいっぱい買ってくるパンの内、私が好きなのがあって。
お弁当があるにも関わらず、私は決まってそのパンをトシから貰っていた。

「嘘ぉ…、なくなったんだぁ。」
「だから代わりにコレ。」

そう言って私の机に置かれた甘そうなパン。

「へ?くれるの?」
「あァ。食いしん坊な紅涙サマは弁当だけじゃ足りねーんだろうと思いまして。」
「…。あらあら、さすがは私のセバスチャンですこと。」
"よく気が利くわね"

顔を引き攣らせて言えば、「誰がセバスだ」と吐いてパンに齧り付いた。

するとずっと静かに見ていた沖田君が「紅涙、」と呼ぶ。

「合コンの日は決まってるんですかィ?」
「うん、昨日連絡来たよ。」
「いつですかィ?」
「今日。」
「「…今日ォォォ?!」」

声を重ねたのは、近藤君とトシ。
沖田君は変わらず興味の薄そうな目をして「へぇ」と返事をした。

「おい、何でそんな急なんだ!」
「ちょっとトシ!パンの粉が落ちてるでしょ?!」

近藤君とい、トシといい、
なんでこうココの男の子はお行儀良く出来ないのかしら!

「でもさぁ紅涙ちゃん。ほんとに随分と急じゃないか?」
「ん〜…そうかなぁ。まぁ明日が学校休みって言うのもあるし、今日が一番都合良かったからだと思うけど。」
「ちょっと待て。お前、今日って言ったよな?」
「うん。」

トシは2つ目のパンを開けながら、「今日っていつだ」と言った。

「何よ、トシ。大丈夫?」
「トシ、今日は16日だぞ。」
「違ェよ!今日の何時からだっつってんだよ!」
「8時。」
「ははははち時だァ〜?!」

開けたてのパンを、トシは思いっきり握り潰した。
そして一言、教室内すらも静かになるほど大きな声で言った。

「遅い!」

遅いって…。
オマエは私のお母さんか!

「ンな時間から出て、帰りが何時になると思ってんだ?!」

それともお父さんですか?!

「仕方ないでしょ?向こうが部活らしくて、終わってからって話みたいだしさ。」
「へぇ部活してんだ、ってことは向こうも3年?」
「うん。そうらしいよ。」

今度は引き千切るようにしてパンを食べるトシの代わりに、近藤君が身を乗り出している。

「それさぁ、もし上手く行ったらその伝手で女の子紹介してもら」
「上手くいかねェよ。」
「お、おいおい、トシ。そんな言い方ないだろう?」
「行くわけねェ。」

トシは隣の私を見下すようにして睨む。

「なっ何でアンタにそんなこと言われなきゃいけないの!?」
「当然のことを言ってるまでだ。」
「トシ〜、お前最近一言多すぎだぞ?」

近藤君が「ははは」と空笑いをする。
沖田君はジュースを飲んだまま、「全くでさァ」と変わらない口調で言った。

「昨日からず〜っと土方さんはイライラしてまさァ。昨日に合コンの話をしてからず〜っと。」
「そんなことねェよ!勝手なこと言ってんじゃねェ!!」

そんなにムキになって言わなくても。
こんなの見たら、そりゃ茶化したくなるってもんよ。

「あ〜もしかして、」
「何だ、紅涙。…お前、また余計なことを言いそうな顔だな。」
「ふふ。トシ、私が合コン行くの反対してんでしょ。」
「…あァ?!」

口元に手を添えて、ププと笑ってやる。
近藤君は私の発言に「おぉっ!」と妙な期待の声を出した。

「ヤキモチ妬いて、昨日からカリカリしてんでしょ〜。」
「おまっ、…っ、自惚れ過ぎだろ!」
「あ〜らら、土方さん。耳まで真っ赤でさァ。」
「そそ総悟っ!!お前は黙ってろ!」
「ハハハ!トシはそっちの話はめっぽう弱いもんなァ!」
「近藤さんも黙っててくれ!」

ありゃ。
本当に赤くなってる。

乙女かよ。
どんだけけ初心ですか、コノヤロー。
ちょっと期待しちゃったじゃん。

トシは動揺したせいか、
自分の机に置いてあるジュースを素晴らしく手で弾き、これまた素晴らしい命中率で私のスカートにぶっ掛けた。
よりによって、今日は炭酸の缶ジュース。

「ぅわぁぁっ!シュワシュワ言ってる!!トシのバカっ!!」
「わわ悪ィ!!ってかお前が変なこと言うからだろーが!」

トシも慌てて私のスカートを拭く。
制服のスカートはちょっとだけ防水性があったお陰で少しはマシだが、さすがに拭ききれない。

「わーこれは洗いに行くしかないかなぁ…。次って何の時間だっけ?」
「知らねェよ!お前のクラスはZ組じゃねェだろーが。」
「あ、そっか。ん〜…、まぁいっか。」

次の時間はサボるしかないよね。
さすがにベタベタなスカート履くのも嫌だし、ジャージで授業受けるのは恥ずかしいし。

教室戻ってから、ジャージ持って洗いに行こう。
今日は晴れてるし、1時間あれば乾くかなぁ…。

「よし、じゃぁ私戻るね。」
「お、おいスカート、」
「大丈夫だよ、洗うから!それよりもトシは床をどうにかしててよね!」

"よろしく!"と私はZ組を出た。


予鈴まであと5分。
出来る限り早く教室出ないと先生に見つかる。

私はすぐに自分の机にカバンを置いて、友達に「次はサボる!」とだけ告げてジャージを持った。

「え、どこ行くの?!」
「ちょっとスカートにジュース零しちゃってさ。それ洗いに行ってくる。」
「先生には言う?」
「聞かれたら保健室って言ってて。」
「了解。」

友達が「行ってらっしゃい」と手を振ったのと同時に、「紅涙!」と呼ばれた。

振り返ればトシが教室の入り口に立っている。

「どうしたの?私忘れ物してた?」
「いや…、その…よ、スカート…。」

トシはそう言って、私のスカートを見る。

こういうところ、イイやつだよね。
何だかんだ言って、気にしちゃって来てくれる。

「もう、大丈夫だって言ったでしょ?」
「そうは言ってもよ…、俺の責任でもあるし…、」
「責任って大袈裟。」

私が笑えば、トシは「今からお前と付き合う」と言う。
コソコソと見ていた周りのトシ好きな女子もザワッとした。

つ、付き合うって…、
いきなり?!

「…へ?」
「だーかーら、サボるって話。これから洗うんだろ?付き合うっつってんだよ。」
「あー…洗うの。」
「ほら、行くぞ!」

私が納得したのと同時に、女子たちの安堵が聞こえる。

トシは私を引っ張る。
引っ張るその反対側の手に、トシのジャージがあって。

「トシ、」
「あ?」
「…ありがと。」

言わなくてもそうしてくれる、

トシの気遣いが胸に染みた。


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