15


相縁奇縁


トシと並んで待つ、帰りの駅のホーム。

ここでトシとはバイバイ。
電車が違うから。

先に来るトシの電車を待ってる時、

「なァ、紅涙。」

何やら思い詰めた声で私を呼んだ。

ん?と思いながら顔を向ければ、サッと逸らされる。

「あのよ…、その…、」

な、何?!
まさか、
もう第二の女と戦うのか?!

私は努めて冷静に「どうしたの?」と問い掛けた。

するとトシはガシガシと頭を掻いた。


「あー…、家…来るか?」


へ。
家…?

「トシの…家に?」
「あ、あァ。っ、いやっ別にそんな重い意味があるわけじゃねェし、嫌なら」
「いっ嫌じゃないよ!嬉しい!すっごく!!」

なんだ?!
この小恥ずかしい感じは!

トシは「そうか」と言ってハニカんだ。

家…、
いえ…、
トシの家…。

確かに、
今までトシの家に行ったことがない。

"友達"でもない今、
家に誘われているということは、

あわよくば、
家族の人と顔合わせさせたい、
もしくは知ってほしいということだ。

「ぅぐ…、」
「紅涙?」
「き、緊張する…。」
「ンな緊張するもんじゃねェよ。」
"気張らなくていいから"

どんなご両親かな。
優しいお母さんだったらいいな。
楽しいお父さんだったらいいな。

緊張のせいで、
不安やら心配やらに頭が掻き乱されてると、電車が来た。

「行くか。」
「う、うん!」


そしてとうとう、
トシだけが乗るはずだった電車に一緒に乗った。

いくつか駅を通り過ぎ、
目的の駅に二人で降りる。

「ね、ねぇトシ。」
「なんだ?」
「何か買って行った方がいいよね?手ぶらというわけには」
「いいよ、別に何もいらねェ。」

トシはプッと笑う。

きっとトシの目には、
発表会直前のソワソワと落ち着きない子どもみたいに、映っているに違いない。

情けない、
…だが仕方ない!

だってトシのご両親だよ?!
もしこの第一印象が悪かったりでもしたら…っ!!

「〜っ!!」
「紅涙?」
「ごっごめ、大丈夫。」
「…また今度にするか?」
「えっ?!」

トシは苦笑して足を止めた。


「今日はここまでにしとくか。」
"少しずつな"


私の手を取って、駅の方へ戻ろうと足を向けた。

…優しいなぁ、もう。

「…ううん。行きたい。」

こんな小さいことでも、
いちいち、
トシのことが好きになる。

もう婚約願いとかしちゃおっかな。

「ふつつか者ですが。」
「バカヤロ、それで十分だ。」

手を繋いだ。
足をトシの家へ向けた。

さほど駅から遠くないというだけあって、あっという間に着いてしまった。


「ここが俺ん家。」

庭つき一軒家。
私の家よりは一回り…、
いや五回りほど大きい気がする。

「ご、ご立派ですね…。」
「はァ?普通以下だろ、こんな家。」

ヒィィィッ!
坊ちゃんぅぅぅ!!

整えられた庭に唖然としていると「入るぞ」と声を掛けられた。

つ、
遂に対面するのか!

「ただいまー。」

トシが言って、
私も玄関に入った時、
緊張から思わず生唾を呑んだ。

だが。

「…、あれ?」
"お留守…?"

返事がない。

「ったく、どうせまた連ドラの再放送でも見入ってんだろーよ。」

トシは呆れた様子で溜め息を吐き、靴を脱いだ。

「…この靴…。」
「トシ?」

玄関に並べられている黒い靴を見て、トシが「今日に限ってかよ」とまた溜め息を吐く。

「ど、どうしたの?」
「兄貴。」
「…、え?」

あ、兄貴?


「兄貴が帰ってきてる。」


え、
えぇぇぇ?!

「トシっ、お兄ちゃんいるの?!」
「あァ。…言ってなかったか?」
「聞いてない聞いてない!他に兄弟は?!」
「居ねェよ、兄貴と二人兄弟。」

知らなかったー!
それにしても、
全然今まで会話に出てこなかったなぁ…。

そんな私に気付いたのか、「兄貴は」とトシが言った。

「普段は一人暮らししてっから居ねェんだ。」
「そ、そうなんだ…。」

お、お兄さんが…。
ただでさえ緊張してるこのタイミングで、お兄さんが…。

「どうせ兄貴は出て来ねェだろーから、気にすんな。」
"まぁ上がれよ"

そう言ってトシが靴を脱いで、私も「お邪魔します…」と上がった。

その時、


「あら、十四郎?おかえりー。」
"全然気付かなかったわ"


居間であろう場所から、
ひょっこりとトシのお母さんらしき人が顔を出した。

「ただいま。」
「まぁ…お客さん?」

私を不思議そうに見るお母さんの視線に気付いて、すかさず「お邪魔してます!」と頭を下げた。

「もしかして…十四郎の彼女?」
「はっはい!お付き合いさせて頂いている早雨 紅涙です!」

この自己紹介、恥ずかしー!!

「ブッ。紅涙、堅苦し過ぎ。」
「だっ、だってぇ…、」

トシは吹き出して笑い、
私の顔は耳まで熱くなった。

お母さんも小さく笑った。

「この子が誰かを家に連れて来るなんて初めてよ。十四郎のこと、よろしくね。」

お、お母さぁぁんっ!
いい人だぁぁぁっ!!

「ほら行くぞ、紅涙。」
「十四郎、まだいいじゃない、お母さんも紅涙ちゃんとお話したいわぁ。」
「うっせ、上がんぞ。」
"来い、紅涙"

トシが歩き出したから、
私はお母さんに頭を下げ、トシを追いかけた。

その背中に、
お母さんの声がぶつかる。

「あ、そうそう!お兄ちゃん帰ってるわよー!!」

トシは「知ってるー」と返して、二階へと続く階段を上った。

「ねぇトシ、お兄さんとは何歳離れてるの?」
「1つ上。」
「そ、そっか。じゃぁ今は大学1回生とか…?」
「いや、高3。」
「へぇ…。…、…って、えぇぇぇ?!」

高3?!
私たちと同じじゃん?!

「どっどういうこと?!」
「それは留年で」

そう言いかけたトシが、階段の途中で足を止める。
私も同じように足を止め、見上げたそこには、


「よォ、」


そこには、

トシのお兄さんが…、


「お前がトシの彼女か。」


お兄さんの…、
はずが…、

「え、えぇぇぇ?!」
「クク、」

紛れも無く、
あの合コンで出会った晋助君がいた。

な、
な、
なんでぇぇ〜っ?!

「おい何なんだ、紅涙。」
「あ、う、ううん…。」

怪訝な顔でトシが窺ってくる。

「あの、さ、トシ。」
「ん?」
「この人が…お兄さん…?」
「あァ、兄貴。」
「お、お名前は…?」
「"春風"。だが皆は"東行"とか"晋助"とか呼んでる。」

や、や、
やっぱりあの"晋助"君だー!

ショート寸前の頭でトシの言葉に相槌を打ってると、晋助君がポンと肩を叩いた。


「まァ、よろしく。」
"兄弟ともども"


最後はボソりと呟き、晋助君は一階へと下りて行った。

「珍しィな、兄貴。絶対ェ自分から声掛けねェのに。」
「へ、へぇー。」

き、
"兄弟ともどもよろしく"だぁ?!

そんな怪しい関係はゴメンよ!

だけど…、


『トシのお兄さん、合コンの時に出会った(あんなメールを送ってきた)"晋助君"みたいなの。』


なんて、
トシに話したら大変なことになる!
か、家族崩壊がっ!!

でも後でバレた方が、

『何で隠してたんだ!やましいことでもあんのか!!』

なんてことに…。

嗚呼っ、
言うべきなの?!
言わないべきなの?!

「どうした?初対面ばっかで疲れたか?」
「え?!いや、そんなことは…。」
「すまねェな、紅涙。こんな家だけど、ゆっくりしてってくれ。」

トシ…。
やっぱり私…、

嘘つけない!!

パタンと部屋を閉めて「トシ…」と、テレビを点ける背中に声を掛けた。

「なんだ?」
「あ、あのね…、言っておきたいことが…、」
「…。」

さすが空気の読める男。
すぐに楽しくない話だと気付いたようで、目つきが変わる。

「じ、実は…」


それから。
実に長い時間だった。

トシは晩ご飯も抜きにして、
本当に細かくあの合コンの日のことを聞いてきた。

結果的に何もされていないから、
と晋助君を庇えば「気があんのかコラァァ!」と詰められる。

「違うの!私が好きなのはトシだけなの!!」
「ウッセェ!証拠見せろコノヤロー!!」
「キャャー!!!」

部屋から大音量で漏れる私たちの声は、お母さん達にも聞こえていたようで、

「十四郎、紅涙ちゃんに優しくしてあげなさいよ?」

なんて、
小恥ずかしい指摘を頂いたりした。

トシはトシで、

「もう絶対ェ家に連れて来ねェ。」

と晋助君への警戒レベルを上げた。

家が駄目なんて…、
イチャつく場所ないじゃん!

…あ、不謹慎。

「トシ、晋助君と連絡なんて取ってないんだし、そんなこと言わないで!」
「ンなの当たり前だろーが!兄貴が力づくで来たらどうすんだよ!」
「そんなのトシが守ってくれればいいじゃん!」
「っ…、…まぁ…そうだな。」
「トシっ…、」
「馬鹿紅涙…、」
「なっ?!馬鹿って何よ!」
「あーすみませんでしたね、もう今は勉強して賢くなったんだっけか?」
「どんだけ厭味?!」


どうやら、
私たちの落ち着いた春は、

まだまだ先のようです。

2010.07.25
*せつな*


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