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白雪姫


「お、お前…、」

トシが顔を引きつらせた。

予想以上に窓からトシの席は近くて、
きっと私の声は痛いぐらいに届いたはず。

「どこから顔出してんだよ。」

片窓を全開にして、
そこから中へ侵入した仁王立ちの私を見るその目は、トシだけじゃない。

ここにいる全員が、
私のことを驚き、呆れた様子で見ている。

「なんでそこに居んだよ、お前…。」
「そ、そんなことはいいの!」
「いや、良くねェだろ!」

ガタンと席を立ったトシが、私の方へ近寄ってきた。

必然的に、
それを見上げる沖田さんが目に入る。

「あのっ、沖田さん、」
「…はい?」

本当ににっこりと書いた顔で、彼女は私に小首を傾げた。

「さっき、…言えなかったことがあって…。」
「"さっき?"あぁ…、先ほどはどうも。」
「紅涙、お前まさかそれだけを言いに来たのか?!」
「そうよ!トシは黙ってて!!」
「なっ、」

ピクりとトシの眉が動く。
周りの空気は恐ろしく静かで、
たまにパリパリとお菓子を食べる音が聞こえた。

「私…、」

"さっき"。
トシといた廊下で、沖田さんと挨拶した時。

『本当に仲が良いのね。』

沖田さんが言ったこと。

私とトシが、
先週までの関係なら何とも思わなかった。

だけど沖田さんは、
もうその時には知ってたはず。

ただ"仲が良い"んじゃない。
もう"友達"じゃない。

なのにそんな言い方をしたのは、

本当に、
他意はなかった?


「私、…トシと付き合ってます。」


沖田さん、
あなたが呑み込めないから、

…まだ、
トシのことが好きだから。

あんな言い方になったんじゃないのかな。

「トシのこと、好きです。すごく。」
「早雨さん…。」

沖田さんは目も逸らさず、私をちゃんと見てる。

だけど私には、
沖田さんが苦しそうに見えた。

そう見えた私の心も痛んだ。


目の前で、
私の言ったことで、
今、彼女を傷つけてる。

「…言いたかったのは、それだけ。」
「そう…、わざわざありがとう。でも知ってるわ、早雨さん。」
"総ちゃんから聞いていたもの"

もし、
私が同じことをされたら、

私は彼女を嫌いになる。

好きな人を盗られた気分になって、
こんな場所で突き付けられて。

それは、仕方ないよ。

私のこと、
嫌いになっても構わない。

だから今は聞いて。

「おい紅涙、何をいきなり、」
「トシは、」
「?」
「トシは沖田さんにちゃんと言った?」
「はァ?」
「私はちゃんと言ったよ。」
「…。」

あなたの好きな人は、

「…沖田、」
「…。」
「…俺、紅涙と付き合ってる。」

その人の隣には、

「俺から…、言った。」
"好きだって"

今は私がいる。

その時なぜか、
私の手が震えた。

おかしいよ、私。
言ってる側なのに。

自分の右手を握った時、
「俺は、」と言ったトシの手が重なった。


「俺は、紅涙が好きだ。」


その手に握り締められて、

手は、
繋いだままになった。

「すまない、沖田。」
「…何の話?十四郎さん。」

沖田さんは座ったまま笑顔を作った。

「お前がまだ、…想ってくれてるのは、正直気付いてた。」
「…トシ…。」
「総悟が居るとか、昔馴染みだからとか、女だからとか…、そんな気持ちで…切り離せずにいた俺が悪い。」

ギュッと力を込めれば、
トシも握り返してくれる。

それだけで、
私たちは今同じ気持ちな気がして、

幸せだ。

「…十四郎さん、勘違いしないで。」

沖田さんはにっこりと笑んだまま、

「私、そんなに分からずやな女じゃないわよ?」

そう言われて、何も返せなかった。
「そうなんだ」とか「そうだね」とか、そんな相槌すらも思い浮かばなかった。

だからトシが「…そうか」と言ったのは、適切だったと思う。

「それじゃ、俺は帰るわ。」
"迎えも来たことだしな"

トシは私の頭をはたいた。
その手で葉っぱを渡される。

葉っぱ…?

嘘?!
ずっと頭についてた?!

「後はよろしくな、山崎。」
「そっそんな!荷が重すぎッスよ、土方さァァァん!!」

悲壮に叫ぶ山崎君を無視して、「行くぞ」とトシは手を引いた。

繋いでいない反対側の手に、
渡された葉っぱを握りしめたまま足を進める。

入ってきた方とは逆にある、ちゃんとした入口に。

そうだ。
沖田君は…?

思いだして振りかえれば、

窓枠の下で、
黄色い髪が小さく揺れていた。

ありがとう、沖田君。
私のためにもなった。

結果的に、
本当に合コン潰しちゃったっぽいけど。

「あ。」
「あァ?」

私はトシの手を引いて、止まるように促す。
皆の方に向かって、ペコリと頭を下げた。

「お楽しみ中のところを、すみません。」
「それ遅くない?!」
"入って来た時に言おうよ!"

山崎君の素早いツッコミに「へへ」と笑い、ようやく私は教室から出た。


出て早々、トシが欠伸する。

「まさか来るとはなァ、」
"お前、意外にスゲェ根性"

いやいや、
私一人ならこんなことしないよ!

この切欠は沖田君であって、
沖田君が言わなければ私はトシの机に落書きしてたよ!!

…とは言えず。

「ま、まぁね。」

ギコちない笑みを向けた。

「でもまぁ良かったよ、来てくれて。」
「…う、うん。」
「なんか…、やっと片付いた気分。」

トシが笑う。

「ありがとな。」

私も笑って頷いた。

世の中には、

私以上に可愛い子も、
私以上に魅力的な子も、

山ほど、
それこそ星の数ほどいる。

その度に、
私は傷ついたり、傷つけたりする。

「トシは、幸せ者だね。」
「ンだよ、いきなり。」

その傷に、
惑わされないようにしなくちゃいけない。

私は"私"で居なきゃ。

信じていれば、大丈夫。

「あんな綺麗な人とこんな可愛い私に好かれてるんだからさ。」
「…ハイソーデスネ。」
「何?!その棒読み!」

強がりで、
一途な彼女は、

本当に美しい人だった。


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