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Vingt-trois



「ヤって…ない?」

私の声に、銀さんは頷く。
土方さんは「どういうことだ?」と片眉を上げた。

だ、だけど!

「あの時、"ほら"って痕見せたじゃないですか!」
「あー。あれは蚊。」
「蚊ぁぁ?!」

銀さんは「そ。」と返事をする。

「だって私の鎖骨にも痕がっ!」

そうだ!
あの時、私にも同じような痕があった。

それなら私も蚊?
違う…痒くなかったし…。

「蚊じゃね?俺が布団とこ行ったらもう付いてたし。」

銀さんは首を傾げる。
私も首を傾げる。

そこに、


「…悪ィ、」


気まずそうな声が響く。
目を向ければ、土方さんが頬を掻きながら、


「それ、…俺。」


目を泳がせながらそう言った。

「え…?」

土方さんが…何?

「"俺"って言うのは…?」
「お前を運んだ時、…ついな。」
"理性がちょっと負けちまって"

土方さんが、あの痕を…?!

な、なんだ…、
そうだったんだ…!

すごく意外だけど、
土方さんがつけた痕だったんなら…。

「しっかり残ってたんだな、そこまでしてねェつもりだったんだが。」

苦笑いをして、土方さんが私を見た。

うわ…、
やばい…照れるっ!

顔を赤くしていく私を止めるように、銀さんが溜め息を吐いた。

「何だよ、話は解決?」
"見せつけてんじゃねーよ"

そ、そうだ!
まだ銀さんじゃないとは限らない。

「じゃっじゃあ!服!あんなに乱れてたじゃないですか!」

まだ思い当たるものはある。
すると銀さんは、「あれは」と言う。

「あれは紅涙ちゃんだぜ?」
「私…?」
「暑い暑いつって、自分で脱いでた。まぁ確かに暑かったから、俺も脱いでたわけだけど。」

自分で…。
確かに…汗ばんでだし…。

考えていると、銀さんが「あ!」と声を上げた。

「でもちょーっとだけ覗かせていただきました。」
"ご馳走様でした"

そう言って、ペコりと頭を下げた。
それに向かって、土方さんが殴りかかっている。

なんだ…、
本当に私たちは何もなかったの…?

「ごめんな、紅涙ちゃん。俺が嘘なんてついてなかったらこんなことにならなかったのにな。」

その言葉に、土方さんが「全くだボケ!」と言った。

「う、嘘で…良かったです。」

本当に、
本当に全部何もないなら。

「良かった…。」
「紅涙…、」

土方さんが私の頭を撫でる。
少なからず、その件に関してホッとしている自分がいて。

触れられた手に引っ張られるように、涙が出そうになった。

でも。
それならまた一つ、
解決できないことが出来てしまった。

私は銀さんに「だけど、」と言った。


「検査薬で…陽性なんです。」


これが、何よりの証拠。

何もなかったわけじゃない。
そうとしか思えない。

だけど銀さんは特に動揺することもなく。

「あー検査薬したのか?」

そう言った。
私は「はい」と言う。

「アレ、最近のは精密つっても急激な精神ストレスとかでも反応出ちまうらしいぜ?」
"妙の店でもそんな話言ってた"

銀さんはあまりに普通で。

それには、
本当に私たちに何もなかったということが窺える。

誤認は確かに説明書にも書いてたことだけど、まさかそれが出るとは思ってなくて…。

「そ、そうなんですか…?」

私は隣にいる土方さんを見上げた。
土方さんは「そう…かもな」と苦笑して見せる。

それを見た銀さんが「え?!」と言った。

「え?何?がっかり?」
「そっそういうわけじゃ…、」
「俺、今からでも頑張れるけど?」

近寄ろうとした銀さんに、土方さんが「近寄んな!」と言った。

そっか…、
良かった…!

確実に、自分の頭の中が軽くなるのを感じる。

視界は、
まるでずっと曇っていたかのように、今は晴れて感じる。

正確な検査はまだだけど、
それでもこれだけ何もないんだから、誤認の確立は高い。

「そ、そうだったんだ…!」
「何?頑張る?」
「違ェよ馬鹿!てめぇは黙って帰れ!!」

本当に…、
本当に良かった…!

私、
まだ真選組で土方さんの背中を守れる。

ずっと、土方さんと居れる!

銀さんは「ンだよ」と口を尖らせて、

「俺だってこんなとこで時間潰してる暇ねェっつーの。」
"ジャンプが待ってんだよバカヤロー"

私たちに背を向けた。
その途中で振り返り、こちらに指を差す。

「とにかく!俺はヤッてねェから!それでご懐妊なら、紅涙ちゃんの隣のヤツを疑えよ!」

"じゃァな"と言って、銀さんは帰って行った。

私は銀さんに言われた"隣の人"を見上げる。
土方さんは大層慌てて「バカっ!そこまでしてねェよ!」と言った。


そして。

本当に、
陽性反応はストレスが原因で。
一時的な分泌過多による誤判定だったことが判明した。

「何か急激に悩まれたことはありましたか?」
"生活習慣が変わってしまうほど"

先生の言葉に、私は苦笑して「はい」と言った。

「もう悩みは解決しましたか?」
「…はい、さっき。」
「そうですか。それならいずれ生理も始まり、周期も戻りますよ。」

診察を終えて、
心配そうに待っていた土方さんに顔を横に振った。

すると土方さんは人目も気にせず、抱き締めてくれた。

「俺の初めて育てる子が銀髪天パじゃなくて良かった!」

私はそれに「そうですね」と笑った。


病院を出た、帰り道。
もう陽は完全に落ちて、街灯が明るく感じる夜。

「すみませんでした…、土方さん。」

手は、病院内から繋いだままだった。

「何の話だ?」
「その…、振り回しちゃって…。」

早く調べておけば、こんなに巻き込まなくて済んだのに。

恐くて、
いつまでも行けなくて。

「自分で…ちゃんと病院行けばこんな風には」
「紅涙、違う。」
「え…?」
「振り回されたなんて、俺は思ってねェよ。」

土方さんは懐から煙草を出した。

「必要だったんだよ、この時間。」
「土方さん…、」
「お前にとっても、俺にとっても。」
"勉強になった"

片方の手で煙草を咥えて、火を点けた。

「だが、しばらく子どもはいらねーな。」

煙を吐いて、鼻で笑った。


「二人の時間も大切だ。」


見上げた土方さんの後ろには、たくさんの星。

「紅涙、」

瞬く無数の星を、
今どれぐらいの人が見上げているんだろう。


「俺と付き合ってくれねーか?」


どれぐらいの人が、
この夜を愛しい人と一緒にいるんだろう。

私たちの星が、
あの空から流れ落ちるその日まで、


「よろしく、お願いします。…ふふ」


星に願いを


私とあなたが、

変わらず、
笑い合えている時間を祈って。


2011.5.5

*せつな*


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