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密事の刀


刀。

常に傍にあり、
常にこの人達に必要なもの。

土方様は言った。

『ずっと一緒だ…、紅涙…。』

ただ敵陣を走り抜けるための道具。
目の前の敵を倒すためだけの道具。

それだけのものを、

この方は、
人としての私すらも愛してくれた。

名前を、くれた。

「どうした、紅涙。ボーっとして。」
"風邪でも引いたか?"

額に灯る、その熱も。
私を見る、その眼も。

ただただ、
至福の日々だった。


君は、還る
(きみは、かえる)


「熱は…なさそうだな。」

少し煙草の匂いを纏わせて、土方様の手が離れる。

私はそれに「はい!」と返事をして、

「風邪は引きません。」

心配ないと笑った。

「そう、だったな。」
「はい。」

土方様は僅かに眉を寄せて、私の頭を数回撫でる。

「あと少しで終わるからな。」
「はい!」

そう言って机に向かう。

毎日。
毎夜。

私と土方様は、吉原まで行く。

理由は、明快。

気兼ねなく、
二人で居る時間が欲しいだけ。

誰も目の届かない場所で、
私たちはようやく普通の人と同じ声音で話せる。

その時、

「副長ー。いいっすか?」

隊士の声が聞こえて。

土方様が私を見る。
私は土方様に頷き、刀に戻った。

「ここなんですけど、これでいいっすかね。」
「そうだな、問題ない。」
「分かりました!じゃあこれで仕上げときます。」

二人は淡々と話す。

入ってきた隊士が、
私の存在を不審に思うわけもない。

今の姿は、
刀なんだから。

つまり。
私の存在は他の人に秘密。

「それ、明日には頼むぞ。」
「うっす!」
"失礼しましたー!"


以前。

私が人として、
初めて土方様の前に現れた頃。

総悟さんにだけ、紹介されたことがあった。

だけど総悟さんは、
あの時以来、
人としての私のことを忘れている。

消えてしまっていると言った方がいいのかもしれない。

刀に触れれば記憶が戻るかもしれないけど、強制的に知ってもらう必要もない。

私は、
土方様にだけ知ってもらえればいい。

だから、
こうして生活できるようになった時、
「ちゃんと紹介したい」と言った土方様を止めた。

「本当に必要がある時、皆さんに紹介してください。」

もちろん、
土方様の言葉は嬉しかった。

それに色んな人に知ってもらえば、
屯所内も歩くことが出来るわけだし、生活だってしやすくなる。

それでも。
私は本当にあなただけでいいんです。

あなたと過ごす時間だけで、
私の身体の中は幸せでいっぱいになる。

「そうか…、」

土方様は苦しそうに眉を寄せて。

「…すまなかったな。」

その私の言葉を、少し違う受け取り方をした。

刀であることを、
私が悲しんでいるように思ったんだろう。

"物珍しい私を見せびらかすようなことはやめて"

そんな風に感じた土方様は、本当に申し訳なさそうな顔をした。

訂正はしなかった。
欠片もそんな風に思っていないけど、その方が都合がいい。

「そんな顔、しないでください。」

人の姿になって、
この方に愛してもらって、

「私は、土方様さえいれば幸せです。」
"他に苦しみなどありません"

どんどん私は知恵がついた。

どんな風に言えば、
土方様にもっと好いてもらえるのか。

「土方様…、」
「どうした?」

どんな風に笑えば、
土方様を安心させられるか。

「今夜は…行かなくていいですから…、」
"お仕事、ゆっくりしてください"


机から、
僅かにこちらを向いた土方様に、
人の姿へ戻った私はニッと歯を出して笑ってみせた。

「心配すんな。時期に終わる。」

小さく笑った土方様はそう言って、「それに」と続けた。


「俺が行きてェんだよ。」


口元にニヤリと笑みだけを浮かべた。

「〜っ、土方様ぁぁっ!」

私は、
まだ筆を持つ土方様の背中に抱きついた。

「ぅおっ!」
「大好きです土方様ぁぁっ!!」

言った後に、
自分の声の大きさ驚いて、慌てて口を塞いだ。

土方様はそれを小さく笑って、

「あぁ、…俺も。」

そう言ってくれる。

もっと、

もっと。
私を好きになってほしくて。

知恵を活かそうとしても、
いつも私の方がもっと土方様を好きになる。


「よーし、終わった。」
"待たせたな、紅涙"

うんと腕を伸ばす。

「お疲れ様でした、土方様。」

それに「おぅ」と短く返事をして、土方様は傍にあった上着を手に取った。

「行くか。」


差し出された手に、
私は笑顔で頷き、その手に重ねて。

見つからないように数時間だけ屯所を抜け、二人で夜に紛れる。


私は、幸せものだ。

必要としてくれたから、
こうして人の姿と自由に行き来できる。

少し前のように、
一緒に居る時間ですらも部分的に私を忘れることはない。

刀の時も愛してもらえた私が、
役目を終えても、
人の姿で愛してもらえる。

「土方様、」
「ん?」

涼しい夜道。
繋がっている手だけが熱い。

「大好きです。」
「…。」

何度だって言いたい。
口を閉じていても溢れてしまう。

「馬鹿。あんま言うな、恥ずかしい。」

他にはもう何もいらない。

どんな時間も、

私の身体は、
幸せで満たされていた。


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