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二人の時間


吉原の大通りから少し入った楼。

そこが、
俺と紅涙の部屋だった。

「悪いな、今日も世話になる。」
「構いまへんよ、ごゆるりと。」

"毎夜この部屋を使わせてほしい"

そう言った俺に事情も聞かず、
女将はただ「分かりました」と部屋を貸してくれた。

その上、

「きっと土方はん、こういうの好みですやろ。」
「ほんまにねぇ!素敵やないの、紅涙ちゃん。」
「ほんとですか?!じゃあ今日はこれにします!」
「そうしぃそうしぃ。喜んでくれはるわ。」

紅涙を可愛がってくれた。

俺以外と接することのなかった紅涙だから、

「土方さまぁぁっ!!」

これは紅涙にとっても新鮮だったようで。

「今日はこれを着せて頂きました!」
「ぶっ、」
「土方様?」

毎夜、楽しそうに走り回る。

「お前…、それはヤバいだろ。」
「や、ヤバいですか…?」
"それは良くないって言葉ですよね…"

紅涙は俺の言葉に顔を凍らせた。

「土方様はこんなのが好きなのでは…、」
「どんな変態扱いだよ。」

如何にも遊女らしい着付けをされた紅涙。

それなのに、
紅涙の髪は長く下されたまま。

たまに胸元に引っかかって、より情欲をそそらせる。

「…。」

ほんと、
どんな変態だと思ってんだよ。

「…着替えてきます。」

しゅんとした紅涙が、
重い着物と一緒に畳の上で足を擦る。

「待て。」

振り返って小首を傾げた紅涙と目が合う。

「まァ…、あれだ。」
「?」

そう、
つまりはだな。


「大体は、男っつーのは変態な生き物なんだよ。」


そう言って、
紅涙の手を引いた。

「着替えなくて…いいんですか?」
「あぁ。」

髪に触れれば、うっとりとする。

「土方様…、」

距離が近づけば、ゆっくりと目を瞑る。

キスをすれば、
首に腕を絡ませる。

紅涙は随分と色々なことを覚えた。

傍にある物も、
人としての感覚も。

俺が教えなくても、
紅涙は自ずと学んでいった。

俺にとって、
もうただの女でしかない。

特別。

何の迷いもなく言える。

「紅涙、」
「はい、」

俺の膝の上に頭を乗せた紅涙が、こちらに顔を向けた。

こうしてべったりされるのが嫌な俺なのに、そんな気持ちに欠片もならない。

常に俺の傍にあるモノだったから?
そうは思いたくない。


「お前…刀の姿、やめられねェのか?」


ただ純粋に、
紅涙だから。


「ずっと、人の姿のままで暮らすのは…無理なのか?」


猪口を片手に、髪を撫でる。
紅涙は目を丸くしていた。

「分かり…ません。」

でもすぐに悲しそうに眉を寄せた。

「もう…刀の私にご用はありませんよね。」

そう言わせて、しまったと思った。

「いや、そういうわけじゃ」
「斬れない刀になってしまった私だから…、それは当然のことです。」

刀の話をする時の紅涙は能弁だ。

「ですが私はやはり刀。…それを必要とされないのであれば私は」
「悪い。」
「むぐっ。」

俺はよく動く紅涙の口を手で塞いだ。

そのまま、

「すまなかった。俺は刀のお前も、今のお前も必要としている。」

そう言った。

頭のどこかで分かってるんだ。

俺が必要としなくなれば、
紅涙は俺の前から消えるんだと。

必死に繋いでいなければ、簡単に切れてしまう。

それだけ、
紅涙は不安定なもので。

無比な、モノなのだと。

「むう、」
「あぁ悪い。」

俺は口から手を退けた。
すると紅涙は、

「土方様っ!!」

飛びかかるように抱きついてきた。

長い髪が、
俺の鼻に触れてくすぐったい。

「紅涙は…幸せです!」

ぎゅっと力を込める。

「大好きっ、土方様っ!」
「…あぁ。」

俺も、紅涙の腰に手を回す。

何度聞いても、
耳触りにはならない言葉。

肩に顔を埋めれば、
着物についた香の匂いがした。

「…だけど、」
「ん?」
「私の気持ち、ちゃんと届いてますか?」
「何だよ、急に。」

僅かに離れた隙間で、
紅涙は俺に真剣な目を向けた。

「だって…いつも土方様には余裕があるようで…。」
"私ばかりが好きなんではないかと"

お前が、
そういうことを素直に言うから。


「余裕なんてねーよ。」


俺も、素直になれる。

「お前が一番知ってるはずだが?」

ちゅっと首に痕をつければ、顔を真っ赤にした。

そして、

「お布団…行きませんか?」

さらに赤くした顔の紅涙がそう言って。

「今日は時間があるからな。」
"行くか"

数えるほどに限られた時間の熱。


あっという間に時は来て。

ゆっくりする間もなく、

「紅涙、歩けるか?」

俺たちは元の場所へ戻る。

「ん…、」

まだ眠そうな紅涙がゆるりと笑って頷く。

「大丈夫です、土方様。」

着替えさせた紅涙は、
うつらうつらしながら俺の支度を待つ。

「…。」

"幸せ"
それに間違いはない。

だが、

「…ごめんな、」

こんな生活をさせていることに、胸が痛んだ。


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