22


還る


私を見下げる眼は、
とても信じられないといった様子で。

「…土方様…、」

私は座ったまま、その眼を見上げて、

「紅涙、です。」
"あなたのくれた、"紅涙"です"

微笑んだ。

その瞬間、

「っ…!!」

土方様は、苦しそうに顔を歪ませて。


「紅涙っ!!」


ドンッと音がしそうなほど強く抱きしめてくれた。

かしゃんと簪の揺れる音。

「土方様…、」
「紅涙…っ、逢いたかった…!ずっと…!」

もうひとつ強く腕を締める。
だけどその後すぐに放して、肩を持たれて向かい合わせになる。

「どうして…お前、あの時…、」

苦しそうに眉を寄せる。
私はそれにゆっくりと頷いて、そのまま話した。


本当に還ったこと。
一年という時を眠っていたこと。

土方様を思って、
みんなが戻らせてくれたこと。

刀の姿ではなく、
"紅涙"としてここにいること。


「記憶がないのに、土方様はずっと私を覚えていてくれた。」

だけど、
土方様の想いと連動した私の寿命の話はしなかった。

それを言ってしまうと、
優しい土方様はきっと無理矢理にでも想いを繋ごうとしてくれそうで。

そんなことは、
間違っている気がするから。

「無意識に空けてしまった穴を埋めることがみんなの願い。」

私は土方様の胸に手を当てる。


「…また、…傍に…置いて頂けますか…?」


僅かに首を傾げれば、グッと眉間に皺が寄る。

それを眼にしたのも僅かで、

「っん、っ、」

腕を引かれて、凭れるようにキスをした。

唇なんてすぐに飾りになって、深く、お互いの息を呑んだ。

「は、ぁっ、…っ」

頭がくらくらして、土方様を見上げる。
その時にギョっとした。

「あ…土方様…、」
「ん、」

土方様は私の首を小さく吸う。

「っあ、の、」
「何だよ。」
「う、後ろ、っん。」

くすぐったくて身をよじる。
ようやく顔を上げた土方様が「後ろ?」と言う。

そして振り返った。

「襖、開きっ放し…でした。」

結構な時間が経つのに、今まで気付かなかったなんて!

「…。」

この通りの部屋は大きいから、
他の廊下より行き来は少ないとしても。

「はっ恥ずかしい!」

どれぐらいの人が通ったんだろう。
全然分からなかった!

「…し、閉めます。」

土方様の腕から抜け出す。
襖に手を伸ばせば、背中の帯を引っ張られた。

「ぅわっ、」

ゴロンと後ろに転ぶ。
襖は開いたまま。

「いい。」
「ひ、土方様?」

覆い被さるように、私に影を落とす。

「羨ましがらせろよ。」
「え?!」
「せっかく、こんな綺麗なんだし。」
「うっ、」

うっとりしたような声で言われて、垂れた髪を掬う。

胸に刺さるような、
真っ直ぐなその言葉に顔を赤くすれば笑われた。

「わっ笑わないでください!」

土方様とこうしていることすら久しぶり過ぎて、

ただでさえ何をするのも先ほどから恥ずかしくて仕方がないのに。

自分で頬を押さえて、熱を冷ます。
そんな私を、土方様はクツクツと笑う。

「あー…久しぶりだ。」

さっきのこと、
全部口に出ていたのかと思って一瞬驚いたけど、


「…久しぶりに、笑った気がする。」


とても切ない眼で、そう言った。

「紅涙がいなくなってから…、俺はずっと一本の線みてェで。」

ふわりと頭を撫でて、私の手を引いて座らせる。

「感情の起伏がないっつーのか、何もかもが普通だった。」

土方様は煙草に火を点けた。

「全くの無関心ってわけじゃねェ。ただ…膜があるみてェな感じがしてた。」

ふうと吐いた煙は、
いつものように上へ上へと溶ける。

「覚えてねェのに、そんな風になるなんてな。」

土方様は思い出すように遠くを見て、

「それが、お前の言う"穴"なんだろうな。」

小さく笑った。
それは苦痛で自嘲するような笑みじゃなくて、


「この一年が、無駄じゃなくて良かった。」


愛しむような笑み。


「紅涙は、…俺の一部なんだ。」


心から、手が伸びる。


「お前が、…戻ってきてくれて…良かった。」


もう、
もう二度と、離れはしない。

あなたには、
何度も見送らせてしまったから、

次は私があなたの背中を見送る。

「土方様…、」

いつか必ず終わりはある。
それを見るのは、私一人でいい。

「…ずっと、…ずっとお傍にいます。」

やっと、できる。

「約束、です。」

守れるから、できる。
初めての、約束。

「紅涙…、ああ、約束だ。」

土方様は笑って、
軽いキスをくれた。

「俺の傍にいろ。」

その眼に吸い込まれるように、腕を伸ばした。

首に絡みつけて、
唇が息の掛かる距離になった時。

「っうおおおっ?!」

野太い驚愕したような声に、私たちは目を見開く。

声の方へ目を向ければ、

「こっ近藤さん!?」

開けたままの襖に、
近藤さんが口を開けたままこちらを見ていた。

「…近藤さん、」

土方様はあからさまに溜め息をつく。

「見て見ぬふりしてくれよ。」
「いや、え、俺が悪いの?!襖ぐらい閉めればいいだろうに!」
「じゃあ見て見ぬふりして閉めてってくれ。」

近藤さんは「ええぇ?!」と声を上げる。
土方様は「煩ェって」とまた溜め息を吐いて、煙草に口をつけた。

「ふふふ、」

私はそれを横目に笑う。

「何が面白いんだよ。」
「だって、いつもの感じなんですもの。」

それが、くすぐったい。

「嬉しくって。」

また笑えば、土方様が私の髪を撫でる。
近藤さんは「あれ?」と言った。

「君、どっかで会ったことあるよね。」
「え…あー…、」

土方様は「あるのか?」と聞く。
私は曖昧な笑みで誤魔化す。

近藤さんとは何から何までグチャグチャな出会いだった。

確か…、
女中の面接に受けに来た迷子、で終わっていたはず。

「えーっと…どこだっけ?」
「あ、あの、」

これはもうなかったことにしよう。

「たぶん、…人違いです。」
「あれ?そうだっけ。」

近づくかのように、
私の顔をまじまじと見出した近藤さんに、

「おい近藤さん、」

土方様が横やりを入れる。

「口説くんなら、他を当たってくれ。」

煙草を消して、私の頭をぐっと近づける。


「これ、俺の女だから。」


ちょうど、
その声が耳に近くて。

「っ…、」

私はまた顔を赤くすることになる。
土方さんは分かっているのか、喉の奥で笑う。

近藤さんは「悪い悪い!」と頭を掻いた。

「とりあえず、襖は閉めとけよ!」

そう笑って、
襖を閉めて行った。

「ったく、空気読めよな。」

土方様は何度目かの溜め息。

「でも、閉めて行ってくれましたね。」

私は笑い、「そうだ、」と声を上げた。

「何か呑まれますか?」
「…。」
「…土方様?」
「いや。遊女みてーだったから。」

あ。
ここはあれかな。

私は少し姿勢を変えて、

「…おおきに。」

口元に袖を持って言った。
すると土方様はさらに目を丸くして、「何だそれ」と笑う。

あれ?!
うまく出来たと思ったのに。

「ばーか。」

土方様はするりと私の首に手を伸ばす。

「褒めてんじゃねェっつーんだよ。」

困ったように笑ってみせた。

「遊女になんかなるな。」

滑るように顎に触れ、


「この先も、お前は俺の女なんだから。」


唇を、土方様の指が撫でる。

「…紅涙、」

熱い吐息は、
どちらのものともつかず。


「…おかえり。」


ゆっくりと、溶けた。


君は、還る


たしかに、ここに

2011.10.28
*せつな*


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