42.5


同志


"紅涙へ

これは、手紙じゃありません。
報酬です。
高杉様に許可はとってないけど、
きっと私がこうすることは分かっていると思う。

紅涙が同志になった日。

その日、
私たちはあの屋敷にいました。
入ったのは紅涙が来る数分前で、仕事は失敗者の処分だった。

街中だからということもあって、少人数で遂行することになった。

私と万斉さんで制裁、
武市さんはいつもみたいに警戒隊長。
それと数人の隊員も連れて、殲滅した。

私たちには一瞬だった。
こんな形で刀を使い慣れていない彼らに時間は掛からなかった。

けじめとして、
高杉様が代表で取引をしていた男を消した。

紅涙に謝りたがっていた隊員がいたよ。
きっと、この件のことだったんだろう。
アンタが遂行する策は、
私たちが彼らを…アンタの仲間を消した策と同じだから。
どちらの仕事にも入っている奴にとっては、気苦しい戦いなんだろう。

もっと詳しく書いてあげたいけど、生憎、私もそう覚えてないんだ。

あれは私にとっても、
鬼兵隊にとっても、いつもと変わらない一日だったから。

…高杉様がアンタを拾うまでは。

これが、鬼兵隊の知る事。
高杉様や、私たちにしか知らない事。

隠してたわけじゃない。
…ううん、隠してたのかもしれない。
紅涙が知らなければいいと、思ってた。

ごめん。
ごめんね、紅涙。

さようなら"


「…出来た。」

書き終えて、筆を置いた。

「おや、何をしていたんですか。」
「っわ!覗きなんてキモいッスよ先輩!」
「キモいって貴女ねェ…。」

武市先輩が顔を引き攣らせて後ろに立っていた。

「手紙ですか、珍しい。」
「詮索するなんてキモいッスよ!」
「さっきから"キモいキモい"って…。」

私がその紙を畳んでいると、武市先輩がまた小言を投げる。

「貴女、今日の仕事は本当に大丈夫なんでしょうね。」
「…どういう意味ッスか。」
「そのままですよ。支障はないのかと聞いているんです。」

今日、
私と武市先輩は高杉様に代わって、取引をすることになっている。

でもこれほどに小言を言うのには訳がある。

「…大丈夫ッスよ。」
「本当ですかねー。」

私たちがする取引の裏。
裏の時間は、紅涙が遂行する時間。

武市先輩は、
私が仕事そっちのけで、紅涙の方へ行かないかが心配なのだ。

「…さ、先輩。準備するッス。」
「…。」

でもその心配は無用だ。
私が高杉様を裏切るような行為はしない。

たとえ、
…紅涙でも。


「…ふむ、これで取引は完了ですかね。」

武市先輩が物を受け取って頷く。
シレっとした顔をしているが、
その手が緊張でガチガチに震えているのは後で笑ってやるッス。

「また子さん、彼らに例のものを渡」
「先輩!あとはよろしくッス!」
「え、え?!また子さん?!えェェェー?!」

目的であった取引を終えた私は、すぐに移動した。

時計を見て、
まだ間に合うかもしれないと思い、余計に急ぐ。

行く場所は、
もちろん紅涙のところ。
仕事はしたし、誰にも文句は言えない。


「あの子…っ、絶対消されるっ。」

走りながら、口にして確信した。

今夜、
高杉様が紅涙を消すのは目に見えていた。

遂行日が決まるまで、すこぶる機嫌も悪かった。
でも紅涙が連絡して来た日をかわきりに、高杉様の機嫌が良くなった。

高杉様の中で、決まったからだ。


「間に合えっ!!」

助けるわけじゃない。
庇うわけじゃない。

あの子が組織に戻れなくても、
私に何か出来ることがあるかもしれない。

それに、
この手紙を渡さなければいけない。

それだけの思いで、走った。
久しぶりに真剣に走った。
仕事でも銃を使う私がこれだけ走ることはない。


だけど、

「はあっ、はあっ、」

着いた時には、

「っ、…間に、合わなかった…っ!」

広く暗い敷地の中に、
男と女が重なるように倒れていた。

その周囲には血がない。

もう処理も済んでしまうほど前に終わったということなのか。

「紅涙っ!」

私は人目も気にせず名前を呼んで駆け寄った。

背中に一か所だけの傷。
高杉様が刺した傷に違いない。

力のない身体を起こした。

そこで驚いた。
息が、ある。

細いし、
弱々しい息だけど、生きてる。

「っ、紅涙!しっかりするッス!」

考えられない。
高杉様が失敗するなんて。

仕留められないなんて。

…、
…そうか。

「紅涙!」

やっぱり、高杉様は分かってたんだ。

私がここに来ること、
私が彼女に教えてあげること。

私が、

「しっかりするッス!頑張るッスよ!」

私たちが、
心から紅涙を同志と思っていたこと。

もちろん、

…高杉様も。


そこから私は紅涙を万事屋に連れて行った。

高杉様と馴染みのあるあの男なら、
紅涙を助けてくれる気がしたから。

私がどれだけ怪しい女でも、詮索しないような気がしたから。

ついでに公衆電話から真選組にも電話した。


手紙を渡して、
伝言を頼んだ。

「誰に運ばれたって答えりゃいいんだ?」

万事屋の問いに、私は少し考えて。

「紅涙の、友達って、…言っといて欲しいッス。」

もう会えないのに、
どこかで繋がっていたくて。

「…分かった。」

私は、
そんな風に言ってしまったんだと思う。


万事屋を出て、
ひとつ目の曲がり角を曲がった時、


「よォ、また子。」


声を掛けられて身体が揺れた。
その声は、紛れもなく高杉様で。

「ど、どうしてこちらに…?」

頬を引きつらせて、顔を見た。
だけど高杉様は特に機嫌が悪いわけでもなく、煙管を手に持ち煙を吹く。

「野暮用だ。」
「そ、そうッスか。」

高杉様は無言で歩き出す。
私もその背中に続いて足を進めた。

「…高杉様、」

煙管の匂いが風に乗って届く。

「なんだ。」
「今から聞くことに…怒らないでほしいッス。」

私の声に、
高杉様は何も言わなかった。

それは了承の意味だと受け取り、私は口を開いた。

「…高杉様は、…何がしたかったんスか…?」

何のこととか、
誰の話だとか。

何も言わずに、それだけを聞いた。

答えないかもしれない。
そう思ったけど、

「…ただの、」

高杉様は前を向いたまま、


「ただの、暇潰しだ。」


煙を後ろに伸ばして、そう言った。

「高杉様…、」

それだけで、充分だった。

「…、」

…やっぱり、
やっぱり私は、高杉様が好きッス。

「高杉様!」
「…デケェ声で呼ぶな。」

紅涙、
アンタは馬鹿だよ。

こんなに素敵な人から離れたんだから。

「私はどこまでもついて行くッスよ!」
「そうかい。」

でもまァ、

幸せに、なるッスよ。


…バイバイ、紅涙。


2012.7.15
*せつな*


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