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「紅涙…、」

私は白い紙を握り締めたまま。

開けるかどうか、読むかどうか、
決め兼ねていた。

「紅涙、俺は屯所に戻るから。」

土方さんの手が肩に乗って、私は顔を上げた。

周りを見渡せば、
そこは知らない部屋。

「あれ…?私…いつの間に…、」

私は何も考えずに、
ただ土方さんの後ろをついて来ていたようで、ここに足を踏み入れた時を覚えていない。

それを分かっていたのか、
土方さんは呆れたように笑った。

「ここはお前の部屋。」
「私…の?」
「あァ。今日からお前の部屋。」

その言葉に、私は瞬きをした。

「…借りて…くれたの?」
「まァな。」
「でっでも私まだお金がっ」
「必要ねェよ。これぐらい問題ねーから。」

そう言うと、土方さんは「ただし、」と付け加えた。


「たまに俺も泊めろ。」
"そのつもりで借りたから"


そりゃもちろんどうぞ!

そう口にしようとして、
ようやく何となく深い意味が頭に流れた。

「あ…、」

気恥かしくなって返事に詰まれば、土方さんは苦笑する。

「照れんな、俺も恥ずかしくなる。」

それに私も苦笑をする。
土方さんは「じゃあな」と言って玄関に手を掛けた。

「…土方さん、」

それを呼び止めて、

「ん?」
「あ…えっと、…その、」

私は詰まる言葉を、無理矢理に喉から押しだす。

「いつでも、…待ってますから。…帰って、くるの。」

最後の方はちゃんと声になったのか分からない。

それでも土方さんは目を丸くして、

「っ?!」

気付いた時には、腕を引っ張られていた。
ドンと音が鳴りそうなほど土方さんの胸に当たる。

「…やばい。」
「…は、はい…?」
「今、俺…やべェわ。」

放すように、両肩を掴まれる。

「…、」
「…土方、さん…、」

吸い込まれそうだ…、

そんな風に思いながら、
その瞳に映る私を見ていると、チュッと唇が軽く触れた。


「…とりあえず、今日は帰ってくるから。」


土方さんはそう言って、
私の額に軽いキスをして部屋を出て行った。

私は茫然としたまま送り出して、足音が聞こえなくなった頃に自分の唇に触れた。

「…。」

触れて、
愛おしくなった。

「…ふふ、」

愛おしくて、温かくなった。

幸せって、
こういうことなんだと思った。

私の中が満たされる。
見えないもので、満たされるのが分かる。

不安も、
心配も、
何も入りこむ隙間なんてない気がする。


私はそのまま白い紙を手にした。

折り畳まれたそれを、ゆっくりと開いた。

目に入った一行目に、
あの携帯電話の裏側に書かれていた字と同じ文字が見えた。


"紅涙へ

これは、手紙じゃありません。
報酬です。
高杉様に許可はとってないけど、
きっと私がこうすることは分かっていると思う。

紅涙が同志になった日。

その日、
私たちはあの屋敷にいました。
入ったのは紅涙が来る数分前で・・・"


私はそこまでを読んで、折り畳んだ。

目で追うほど、
入る隙間なんてなかったはずなのに、不安が染み入る。

あの日のことを知りたかったはずなのに。

今、私は知りたくないと思う。

それはきっと、
この手紙を読み終えた時に失うものを知るから。

「…。」

得る代わりに、私は失う。
既に失ったものは、もう戻ってこない。

「…、」

私がこうして知っても、
失った彼らが戻ってくるわけじゃない。

だけど彼女たちには、
生きていれば、いつか会えるかもしれない。

「…、…必要、ないよね…。」

私は紙をまた折り畳む。

「私は、…感謝してる。」

たとえ、それが無知なせいでも。

「…私は、高杉さまに…また子さん達に感謝してる。」

ここまで生きたのは、鬼兵隊のお陰だから。


「それで、…いいんだ。」


過去を知りたいのは当然で、
仲間を失った傷は消えるものじゃないけど、

それでも、
今なら、分かる。

「…これで、いいんだよね。」

本当に、歩くということ。

「…。」

私は土方さんが置いて行ったライターを手にして、シンクに立った。

「ごめんね、…みんな。」

ライタ―を擦って、
その白い紙に火を点ける。

「でも私…、これでいいと思うんだ。」

チリッと茶色く焦げて、火は波紋のように伸びた。

「随分遠回りしたけど、…大切なもの、たくさん出来たから。」

指の先まで紙は茶色く焦げて、水を流した。


『…ひとりに、して…、ごめん…、』

「私、…もう一人じゃないよ…。」

『…、…紅涙、…生きろ…、…』

「…うん。」

『俺たちの、…分まで…、自由に、…』

「…生きるよ、…みんなの分まで自由に。」


これから、
あの人と、一緒に。

「…生きるよ。」

そう口にした時、


『ああ、俺達もお前の幸せを願ってる。』


確かに、
そう私の耳に聞こえた。

いつか、
いつかにあの人が言った。


『お前は蝶だ。』


大きな月の下で、
酒に唇を濡らして妖艶に口を歪ませて。


『虫かごで飼われ、そこが世界になった蝶。』


蝶なんかじゃない。
夜にしか動けないのに、蝶なんかじゃない。

蛾です。


それを聞いたこの人が言った。

馬鹿だな、
蝶も蛾も同じなんだよ。

それでも、
お前は蝶だったんだろーよ。

俺には、そう見える。

お前は…


"俺の影"で、


"俺の光"。


2012.7.15
*せつな*


補足:
"俺の影"・・・高杉談
"俺の光"・・・土方談


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