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未知との遭遇
世の中には、
理解できないことがたくさんある。
たとえばそれは、
不法侵入等の犯罪を重ねるストーカーの真選組局長とか、
報告書の誤字二回で「切腹しろ」とかパワハラを常日頃から掛けてくる副長とか、
やたらと鎖と首輪を見せて部屋に引っ張り込もうとする変態隊長とかのこととは別で。
どちらかと言えば、
お化けとか妖精とか、そっちのこと。
そしてそれらは大抵、
「…あなた…誰?」
誰かと分かち合うことは不可能だ。
あの場所で待ってる
〜 prologue 〜
気が付けば、私はそこに一人で立っていた。
ここがどこか分からない。
周りには何もなくて、色もない。
不安などという感覚すらなくて、
何も考えずに私はただそこに立っていた。
そんな私の前に、
「良かったね、君。」
どこからともなく一人の男が現れた。
金色の髪の彼はニコりと笑う。
「う、わぁぁっ…、」
私はその笑顔に足下がフラついた。
彼の髪はちょうど肩で折れるほどで、さらりと軽く揺れる。
肌も白くて、
何と言うか…真選組にはいない、
いや江戸にだっていないのではないかというほど美男。
…などと言うと、
土方さんの「悪かったな、あァん?」という声が聞こえて来そうだ。
土方さん、
確かにあなたは美男でもありますけど、大人美男なんです!
だから彼とはまた違う魅力があってですね…、
「あれ?大丈夫?」
"ビックリしちゃったかな"
そう言った彼は、
いつの間にか私の真ん前にいて、心配そうに顔を覗き込んだ。
「わっわわわわ!」
これだけの美男、
いきなりのアップはかなり心臓に悪い。
「だだだ大丈夫です!」
私は両手を左右に振りながら、彼から一歩下がった。
「ほんと?」
「はいっ、本当に!」
「そっか、なら良かった。」
破壊力抜群の笑み。
そして彼は顎に手を当てて、「うーん…」と何か考える素振りを見せた。
「君、俺が思ってたよりも可愛い。」
へ…?
「うん断然可愛い。いやかなり可愛い。」
ち、ちょっとちょっと?!ここ欧米?!
何ですかこの直球褒め!
全部私受けちゃってますよ?!
土方さん聞いてます?!
彼のこと、ちょっとは見習ってくださいよ!
「ね、ちょっとだけ触っていい?」
「ぅへ?!」
褒められ慣れていない私が、
打ち上げ花火になりそうなほど動揺していると、
「良いことしたから仕方ないけどさ、ちょっと残念だなー。」
彼は私の髪を掬って、本当に残念そうに言った。
や…やば…。
興奮し過ぎて鼻血出るかも…。
…ん?
でも今の、どういう意味…?
何が残念なの…?
「あああのっ、」
心拍数が高過ぎて言葉がうまく出ない。
そんな私を小さく笑って、「どうしたの?」と彼が返した。
「今の…どういう意味ですか?」
「"今の"?」
「い、"良いことしたから残念"って…。」
はああ、顔が熱い。
話すだけでこんなに緊張するとは。
恐るべし、美男…。
「ああそっか。俺、まだ話してなかったね。」
彼はまたニコッと笑って、
「あまりにも可愛いから忘れちゃってた。」
さらりと言う。
…マズイな、私。
若干、"可愛い"って言われ慣れ始めてる。
そして彼は、
「あのね、」
変わらずニコりとした笑みを浮かべたまま言った。
「君は死んだんだよ、時雨りくさん。」
…え?
「だからね俺、」
「ちょちょっと待ってください!」
「ん、なあに?」
いやいや…、
「あの…私死んでませんし、時雨りくさんじゃありません。」
質問が多すぎるぐらいあるんですけど。
「…、…え?君、時雨りくさんでしょ?」
「違います。」
「…。」
「…。」
「…えぇぇぇぇぇ?!」
彼は頭を抱えて叫んだ。
先ほどまでの笑みは欠片もない。
「う、嘘だ。嘘ついてんだよね?」
"俺を騙そうとしても駄目だよ?"
な、何なの?
この人、本当はちょっと変わった人?!
「だから違いますってば。」
「ちょ、ちょっと待って!」
完全に始まりと逆だ。
今や彼は先ほどの私よりも動揺している。
「だって俺、ちゃんと見て来たし!」
一人で言いながら、
どこから出したのか分厚い本をペラペラと破れそうな勢いで捲る。
「あった!時雨りく…、…。」
彼は本と私を見比べる。
「…、…ほんとだ…違う…。」
愕然とした様子で呟いて、「どうしよう…」と今度は顔を青くした。
「どうしたんですか?」
「俺間違えちゃった…、もう掛けたのに…。」
「"掛けた"…?」
私が首を傾げた時、
彼はひときわ大きな声で叫んだ。
「コウ、どうしよー!俺間違えたー!!」
すると呼ばれたかのように、
どこからかまた新たに一人の男が現れた。
「うっせーな、何だよルカ。」
煩わしそうに男が言った。
彼の目が細く鋭いせいで、面倒そうな様子がより強調される。
こげ茶色の短髪に、よく焼けた肌。
今パニックになっている彼とはまるで真逆だ。
先の美男な彼が白で、後のが黒。
「ヤバイよコウ!俺、間違えた!」
「なら記憶消せ。お前、前にもあったじゃねーか。」
黒い方が私を見る。
な、何かとても危険な会話をされてる気がする…。
「前とは違うんだって!俺もう掛けちゃったんだ!」
白い方が私に指をさす。
少しの沈黙の後、黒い方が顔を引き攣らせて叫んだ。
「はァァァァ?!どうすんだよ!」
「だからどうしようって言ってんじゃん!」
「…マジかよ、」
「うん、大マジ。」
今度は白と黒が私を見た。
なんだ…?
なんか居心地悪くない?
「あ、あの私…何か悪いことしました…?」
「いや、アンタは悪くない。」
黒い方はそう言って、
「弟が迷惑を掛けた、すまない。」
"ほら、ルカも謝れ"
白い方の頭を雑に下げさせた。
あ、へー兄弟なんだ。
似てないなー…なんて思いながら、
私は「いえこちらこそ…」と同じように頭を下げた。
…あれ?
「あの、私なんで謝られてるんですか?」
よく考えれば、
私、この状況を欠片も理解してない。
今私ってどういう状況?
「…おいルカ、」
「なに?」
「お前、どこまで話したんだ?」
「えーっとね、"死んだんですよ"ってことで名前呼んだら人違いだった。」
「ってことは死んだのは理解してんだな。」
黒い方が納得したように頷く。
私は黙って聞いていたが、「あの!」と手を上げた。
「だから私、死んでないんですってば。人違いだったんでしょ?」
「…ルカ、」
「なにー?」
「お前、何話してたんだ?」
「可愛いねって話してた。」
「あァァ?!」
「だって可愛いかったから。」
「…はあぁぁぁ。」
こめかみを押さえた黒い方が私に向き直る。
「アンタ、名前は?」
「あっはい、早雨 紅涙と申します。」
「早雨、今から言うことはお前の話だ。」
黒い方は、どこからか分厚い本を出した。
先ほど白い方が持っていたのと同じだ。
本をペラペラと捲り、読み上げるようにして言った。
「早雨 紅涙、お前は7月25日の明朝に死んだ。」
…え、
「えぇぇぇぇぇ?!」
動揺は一周りして私に戻ってきた。
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