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さよなら死神


「わ、私が…死んだ?」

何をいきなり…。

「ああ、殺された。」
「こ、殺された…?誰に?!誰にですか?!」
「知らねー。それは俺たちに不必要な情報だからな。」

何よ、それ…。
そんなの…全然実感ないし…。

…あ、そっか。

「これ、夢なんだ。」

それならこの人たちが変わってるのも納得できる。

なーんだ。
私ってば夢の中で夢って気付いちゃった。

自己完結しようとしていると、黒い方が「違う」と言った。


「早雨、これは夢じゃない。」


そして私を睨むように見る。
冗談なんか言ってる場合じゃない、そう言ってるみたいだった。

「信じられねーだろうが、これは真実だ。」
"後で見せてやるから今は話を聞け"

…そんな…嘘でしょ…?
だって、信じられるわけないよ。

"死んでる"?
私が?

さっきまで土方さんと仕事してたのに?
一度くらい休みをとって旅行に行きましょうよって駄々をこねてたのに?

「…。」

信じられるわけ、ない。

「…私、…。」

黒い方は怪訝な顔をする私に溜め息を吐いて「いいか、」と言った。

「今はとにかく目の前のことを理解しろ。」
「…、…分かった。」
「よし。まず俺たちのことだが、俺とコイツは死神だ。」
「し…死神?」

あの黒い頭巾みたいなの着て鎌を持った?
また突拍子もないことを…。

「これも信じられない?」

白い方が悲しそうに笑む。
私は少しの罪悪感を感じながら頷いた。

「じゃあ俺が見せてあげる。」
「"見せる"?」
「人に出来ないこと見せるよ。何か言ってみて。」
「な、何かって?」
「そうだなぁ、じゃあまず紅涙の死神イメージってどんなの?」

彼の意図がよく分からないが、私は先ほどの頭巾と鎌を伝えた。

すると彼は「分かった」と笑う。
そして私が瞬きをした瞬間に、彼はその通りの姿になっていた。

「え…?」

いつの間に…?
今度は彼が「見てて」と言ってその鎌を振り上げ、黒い方を刈るように下ろした。

「っ?!」

うそ、斬った!
そう思ったのに、黒い方の身体は蜃気楼のように揺れただけ。

「…おいルカ。」
「悪かったって。だって今は信じてもらわないとさ。」
「そうだな、じゃあ俺にもさせろ。」
「はー?もう俺がしたからいいじゃん。」
「よくねぇ。あれは斬れなくても気分悪いんだよ!」

いつの間にか手にした鎌で、
今度は黒い方が白い方を刈るように振った。

もちろん、同じように彼の形が揺れるだけ。

黒い方は「これでおあいこな」と鼻で笑い、
刈られた白い方は不服そうな顔をして私に向き直った。

「どう?俺たちの存在が普通じゃないのは伝わった?」
「俺たちに実態はない。俺たちから人間に触れても、お前ら人間からは触れない。」

確かめさせるように、白い方が私の手を掴む。
隣で黒い方が「俺に触れてみろ」と言う。
手を伸ばせば、何の感覚もなく彼の身体を抜けて私の手が突き出しただけ。

この人たち…、
本当に普通じゃないんだ…。

「…。」

私…、
本当に死んだんだ…。

そっか…、
それじゃあ…仕方ないか…。

土方さんと行きたい場所とか、考えてたんだけどな…。

死んだなら…仕方ない。


「…紅涙、大丈夫?」


白い方が私の頭を撫でた。
黒い方が口を開いた。

「死神と言っても俺たちは大抵、死んだやつの前には現れない。」
"放っておいても天上で裁かれるからな"

「だが、」と続ける。

「生前に特別なことをしたやつのところには現れる。」
「特別な…こと?」
「ああ。生きてる間に偶然誰かの命を救ったやつ、そいつのとこにだけ行く。」

どういうこと…?
口にする前に、白い方が言った。

「例えば階段から子どもが落ちて、そこに居合わせた人間が子どもを助けたりする。」
"そういうのが偶然救ったってこと"

私はただ彼らの話に相槌をうつ。

「本当はそこで子どもは死ぬはずだったんだ。だけどそれを救われた。」
「だから助けた者は礼として、救った相手の残りの寿命を半分得ることが出来る。」

彼らが言うには、
死ぬはずだった者が偶然に助かっても、先は長くないのだという。
決められた道に戻るように、
数年の間にその人には別の形で死が訪れると。

だから寿命を得ると言っても、せいぜい2、3年分らしい。

「俺たちは、それを渡すのが仕事なんだ。」
「本人の寿命が終わった時、こうして現れて預かっていた数年の寿命を渡す。」
"だが何年分かは言えない決まりだ"

黒い方はそう言って、白い方を横目に見た。

「それを、ルカは間違えてお前に渡しちまったんだ。」
「ごめんね、紅涙。」

…ということは、

「私、まだ生きられるってこと…?」
「うん、そうだよ。」
「本来の時雨さんは74歳の女性を助けている。彼女の残りの寿命の半分を生きられる。」

また土方さんに会える…!

よかった。
何だか今の一言ですごい気持ちが軽くなった。

「私、得をしたんだね。」

そういうことだろう。
本来、終わるはずだった寿命を、
白い方の彼が間違えたおかげで延びたのだから。

「まぁ得したと思ってんなら、ルカも気が楽だな。」
"人間には、もう生きたくないやつもいる"

…あ、でも。

「本当の人…時雨さん、だっけ?その人はどうするの?」

私が貰ってしまったから、
その人は人助けをしたのに何もないってこと?

「あーそれならルカの寿命から出させる。」

黒い方が白い方をクイッと親指で差す。

「大丈夫なの?」
「うわー優しいね、紅涙。ねえ、やっぱ死んじゃってさ、俺と来なよ。」

私の手を掴んだ白い彼を、黒い方が殴った。

「俺たちの寿命は人間には気が遠くなるほど長いから安心しろ。」

私は「そっか」と笑った。
そして、ふと思った。

「死んだ私が生き返っても変じゃないの?」

死んだはずの人間が復活とか…、
取材が来まくりそうな気がするんだけど。

「あ、それは大丈夫だよ。生前と上手く繋げるから。」
「それに早雨はこのことを覚えてない。だから今までの生活と何も変わらない。」
"まあスタートは病院とか、のたれ死んだ場所とかだろうが"

の、のたれ死んだ場所って…。
どっちかと言うと病院がいいな…。

…え?
待って。

「覚えてないって、今こうして話してることを?」

寿命があと少し延びたとかいうこの話を?

「ああそうだ。」
「…忘れるってこと?」
「違う。俺たちが記憶を刈るってことだ。」
"そうしねーと、人間の生き方を変えることになっちまうからな"

…それはそうか。
もし彼らのことを言いふらす人が出たら、みんな偶然を装って人助けしまくるだろうしね。

良い世界になりそうだけど、
逆にわざと殺される人が出たりするかもしれない。

「…分かった。」

私は頷いて、彼らの方を見た。

「まだ少し信じられないけど、信じるしかなさそうだね。」

苦笑して言えば、黒い方が「そうだな」と鼻で笑った。

「まあお前が信じようが信じまいが、寿命は得たんだから生きるしかねーよ。」
「ふふ、そうだね。」

せっかく延びた命だ。
このことを覚えてなくても、目一杯生きることだけは覚えてたいな。

「あ、そうだ。」

彼にお礼を言わないと。

「私が生きられたのは君のおかげだね。ありがとう、…えっと…ルカ…?」

笑って頭を下げた。
白い彼は黙ったままで、私の手を取った。

「…ねえ、紅涙。得た寿命は明日で終わるかもしれないし、何年も先かもしれない。」

ぎゅっと繋ぐようにして、「だからね、」と私の眼を真っ直ぐに見た。


「だから…時間を大切に、楽しく、生きて?」


私は彼に頷いた。

「ありがとう。」
「…うん。」
「ついでにあなたも、コウ…、ありがとう。」
「礼を言われるようなことしてねーよ。」

黒いコウは「そろそろ行け」と言って、私の背後を顎で差した。

振り返れば、
先ほどまでなかった大きな門が立っていた。

「分かった。じゃあ行くね。」

私は最後にもう一度「ありがとう」と言って門に向って歩いた。

近づけばゆっくりと開く。
その先は白くて眩しくて、私には何も見えなかった。

床すらないその場所に、
勇気を出して足を踏み入れた時、「紅涙、」と後ろで呼ばれた。

振り返る前に、手を引かれた。

頬でチュッと音が鳴って、白いルカが私から離れた。


「また逢える、おまじない。」


彼は柔らかく笑って、

「行ってらっしゃい、紅涙。」

私の身体は、白い光の中に落ちた。


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