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暖色の朝


「す、すみませんでした…、」

鼻を啜った私を、土方さんは煙草の煙を吐きながら見ていた。

「はぁ…落ち着きました!」

私から振ったくせに、妙な空気にしてしまった。
苦笑いをして土方さんを見れば、怪訝な眼とぶつかる。

「…何かあったんじゃねーのか?」
「えっ…そ、そんなことは…、」

相変わらず鋭くて困る。

「お前が泣くのは…、」

すうと大きく煙草を吸った土方さんが、灰皿に揉み消しながら言った。

「泣くのは…、久しぶりだろ。」

そう言われて、本当だと思った。
ドラマや映画で土方さんの前で泣くことはあっても、他ではあまりない。

「…。」
「…。」

たぶん今、土方さんは思い出してる。

"久しぶり"だと言った日を。
…私が泣いたあの日を。


『…お前は、気にしなくていい。』


そんな重い話ではない。
よくあることだ。

『ガキだった頃の、話だから。』

私が好きな人の、
彼が、好きだった人との過去。

本来なら知るはずもなかったことだけど、偶然にも事件と絡んで知ることになった。

その頃にはもう既に私は土方さんと名前のある関係で、


『この件から…お前は外れろ。』


私を気に掛けてくれた土方さんは、そう言った。

確かに、
気分は良いものじゃなかったけど、
土方さんと関係があるからこそ外れるのも嫌で。

私は最期まで、彼女らを見届けた。

その中で、
私たちは何度かぶつかり、泣くこともあったのだ。


「…。」

それをまさに今思い出している土方さんの表情が、徐々に険しくなっている。

「…、…あ、あの…!」

土方さんはそのままの眼で私を捉えた。

「私、…疲れてるだけですから!」

笑って見せる。
人使いが荒いくせに、基本的に彼は心配性だ。

「"疲れてる"…、」
「はい、だからそんな顔しないでください。」

私は"ニィー"と言って笑った。
土方さんは驚いた様子で眼を開いて、小さく笑った。

「そうか…、それなら心配ねーな。」
「はい!」
「なら、とっとと働け。」
「げ!」
「"げ"じゃねーよ!おら手ェ動かせ、目ェ動かしやがれ!」

いい。
これで、いいんだ。


…そうして、
いつの間にか夜は明け…。

「ん…、」

気がつけば私は畳の上に寝転がっていた。

あちゃ、
いつ寝たのかも覚えてないな。
ちゃんと仕事終わってから寝たっけ?

「ふあ、」

欠伸をして、ようやく目が開いた気がした。

そしてそんな私の視界に、

「…はよ。」

土方さんが顔を引きつらせて現れた。
下の方から。

「あ…おはようございます、土方さ…ん?!」

私は飛び起きた。

な、なんだこの異常な状況!
私のお腹を土方さんが弄っている?!

「あっぶねお前!ぶつかるだろ!」
「す、すみませ…じゃなくて!ちょっと土方さん?!」

"何してるんですか!"
たくし上げられていた服を下げる。

「あー…腹出てたから直してた。」

なるほど、実にあり得そうなことだ。
…だけど残念ながら言い逃れ出来るような状況じゃないんですよ!

「思いっきり触ってた人がよく言えますね…。」
「うっせェ!」
「なっ逆ギレ?!」

土方さんは「顔洗ってこよー」と言って立ち上がった。

「あー!逃げる気ですか?!」

私はそれを引っ張った。
うまく力が入ったようで、土方さんは笑えるほど綺麗に倒れた。

「いってェー!」
「ギャハハハ!!」
「てめ…腹抱えて笑いやがって!」

寝転んだまま、
土方さんは頭を押さえて私を睨んだ。

…ププ、頭打ったんだ。

「さぁて、顔でも洗ってこよーっと。」

私はそれを横目に通り過ぎた。
が、甘かった。

「させるか!」

裾を掴まれて、私は前のめりに倒れた。

「ギャッ!!」
「ざまーみろ。」

が、顔面打った!
は…鼻が…っ!
鼻血出るかと思ったし!!

「いったぁぁぁい!」
「自分がされて嫌なことは人にするなって習わなかったか?」

土方さんはニタニタと楽しそうに笑って、「ほら」と私に手を貸した。
私はその手を素直に掴んでは、また何か企まれているんじゃないかと怪しんだ。

「バカ。何もしねーよ。」
"期待してるならやってやるけど"

私はそれに「してません!」と即答して彼の手を借りた。

すっと起き上がる身体。
軽々と立ち上がらされた自分を、土方さんは支えるように腰に手をあてがった。

「明日は休みにするか。」
「え?!」

今何かとても素敵な言葉が聞こえた気が!

「疲れてんだろ?」
「は、はいっ!」
「…そんな元気に返事されると休ませたくなくなるな。」
「うっ、」

細い目をしていた土方さんが笑う。
笑って私の頭を叩いた。

「しねーよ、安心しろ。」

…私は、
土方さんの笑顔が好きだ。

決して、満面の笑みじゃない。
人によっては“あんなの笑顔に入らない“って言うかもしれない。

それでも、この笑みが好き。

「…土方さん、」
「なんだ?」

私は、

「っ好きです!!」
「だから何でお前は声がデケェんだ!」
"それもいつもいきなりだし!"

土方さんが、大好きだ。


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