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トンネル


「おォお疲れさん、二人とも。」
「あっ局長!おはようございます。」

食堂で私と土方さんが並んでいると、局長が随分と楽しそうに笑って言った。

「で、昨日はさぞお楽しみだったんだろうなぁ?」
「おいコラ近藤さん!」
「?何のことですか?」

焦る土方さんに首を傾げれば「お前は知らなくていい」と誤魔化された。

土方さんはわざとらしく咳払いをして、

「生憎、俺たちは仕事漬けだったよ。」

トレーを持った。
続いて私もトレーを取り、「そうですよ局長!」と振り返る。

「本当に馬車馬の如く働かされたんですから!」
「いや俺を睨まれても、トシが紅涙君に出した罰だし。それに君のしたことだからね。」
「そ、そりゃ…そうですけど。」

複雑だ。
悪いことをしたわけじゃないのに、何も言えない。

いっそ、

『昨日は大変なことがあって、実は私…死んじゃってたんですよー!』

とか言ってみようかな…。
…いや、罰が増えるだけな気がする。

「だがそうか、意外だったな。」

局長の声を聞きながら、私は卵焼きを取った。
屯所の卵焼きは倍率の高い朝メニュー 。かなりラッキーだ!

「何が意外ですか?」
「トシは優しいからてっきり、な。ムフフ。」

局長が漬け物を取りながら含み笑いをした。
土方さんは私を挟んで、もの言いたげに局長を見る。

「近藤さん。」
「すまんすまん、トシをからかえるのは紅涙君の話だけだから、ついな。」
「ったく。」

…あ。
この会話、ちょっと嬉しいな。

「…なに笑ってやがる。」
「べーつに!」
「…。」

土方さんは黙って、私のトレーにあった卵焼きを自分の場所に置いた。

「っあー!それ私の!!」
「あァん?俺のために取ってくれたんじゃなかったのか?」

土方さんはフンと鼻で笑う。
徐々に進む今、卵焼きのために並び直すのは悲し過ぎる。

「私の卵焼きが…。」
「…。ああそうだ、近藤さん。」

焼き魚を取った土方さんが、勝手に私のトレーにも同じ物を置く。

「明日一日、休み貰っていいか?」
"俺と紅涙の二人"

うわあ!
からかわれるのが嫌なくせに、これはまた直球な聞き方を…。

案の定、
局長は何か言いたそうな顔をしたが、「明日か」と思案する素振りを見せた。

「提出の書類は間に合ったのか?」
「ああ。良い馬のお陰でな。」

そう言った土方さんが私を見てニマりとする。

「そうか、それなら問題ない。」
"存分に休んでくれ"

局長が頷いて、土方さんは「悪いな」と言った。
私はそのやり取りを見て、局長に「ありがとうございます!」と笑った。

「どこかに行くのかい?」
「いや、特にまだ何も考えてない。」
「久しぶりの休みだろ?武州にでも帰ってきたらどうだ、たまには。」
「遠慮しとく。…それに、あそこに帰る場所なんてねェし。」
「馬鹿言うなよトシ。紛れもなく、あそこはお前の帰る場所だ。」
"俺たちが始まった場所だ"

土方さんが口を閉じて、局長が笑った。

「ジィちゃんにも近況報告してきてくれ、…それと彼女にも。」

いくつかおかずを取った土方さんは、足を止めて「…しない」と呟いた。

「紅涙と居るんだ、…行くわけねーだろ。」

…あそっか、閃いた!

「…土方さん!」
「ぅおっ、…また何を言う気だテメェは。」

途端に顔を引きつらせた土方さんが私を見る。

「行きましょう!」
「あァ?どこにだ。」
「武州ですよ武州!」
「はァァァァ?!」

旅行に、すればいいんだ。

気になっていた。
土方さんが唯一、濃い影を残している部分。
時間が経っても癒えていない場所。

「私、ずっと行ってみたいと思ってたんです!」

それは私には消せないだろうし、触れてほしくないものだろう。

それでも今、
行く必要があると思うんです。

だって土方さん、


「…駄目だ、行かない。」


まだ終わってない、
ううん、もう終われないって顔をしてるから。


「武州には…行きたくない。」


そこには…、
武州には、土方さんの過去がある。

自分が子どもだったが故に失ったものや、傷つけたもの。
自分の信念が故に手放したものや、消えたもの。

話しは、知ってる。

「…行きましょう、土方さん。」

知っていて、行こうと言う私があなたにはどう見える?

「…私は、行きたい。」

過去は、確かに"あったこと"。
だけどそれは必ずしも"終わったこと"じゃない。

「土方さんが見てきたもの、見たいです。」

"逃げないで"なんて言うと、土方さんは否定することにムキになる。

「土方さんしか知らないこと、私も知りたい。」

思い出を共有したいだなんて、
そんな図々しいことまで言うつもりはありません。

ただ、

「大丈夫ですよ、土方さんにもうそんな顔させない。 」

ただ、
確かにあったその時間を、


「いい思い出になるから。」
"なんたって私と行くんですから!"


私が終わらせてあげたいだけです。

大丈夫、
"終わる"ことは、忘れることじゃないから。

「…ンだよ、それ。」

触れないことだけが、土方さんのためじゃない。

塗り替えてあげる。
あなたの中に辛いものがないように。

私のことは…私には消せないから。

「一緒に、行きましょう?」

せめて私が、
私に出来ることがあるなら、あなたにしてあげたい。

思い返した時、
温かくて愛おしくなるようなものにしよう。

…一緒に。

「……お節介だっつーの。」

土方さんはトレーを持って私に背を向ける。

「…考えとく。」

そのまま空いてる机の方へ歩いて行った。

馬鹿ですね、土方さん。
休みは明日なんですから、考える間なんてないんですよ。

「素直じゃないなぁ、もう。」

行ってもいい、って言えばいいのに。

「紅涙君、」

その声に振り返れば、局長が嬉しそうに笑んでいる。

「トシを、よろしくね。」

私はそれに笑って頷いた。

…うん。
いい思い出に、なるよ。


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