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私の終わり
突き刺すような眼で私を捉えたまま、その隊士は足を踏み込んだ。
駆け出して、
握り直した刀が光った。
無意識に動いた私の行動はやや遅くて、刀に手を伸ばすまでに頭は"斬られる"と言った。
その時に、
『それは君の仕事じゃないよ。』
あの声がした。
あの場所で待ってる
〜 ver.WHITE START 〜
時間も、止まっている。
「…ルカ君。」
彼がふわりと私の前に現れる。
「最近、よく会うね。」
「…うん、」
「"近い"って、言ってたもんね。」
「…うん。」
私の前に立った彼は、こんなに暗くても眩しく感じる。
「私、この人で終わるのかと思った。」
"でもルカ君が来たから違うんだね"
笑えば、ルカ君はまた「…うん」とだけ頷く。
斬り掛かろうとしていた隊士に振り返り、男の頭に触った。
「何、するの?」
「忘れさせるんだ。」
"今日、こんなことしようと思わないように"
時間を遡って意識すらも消すなんて出来るの?
そう聞こうとしたけど、
彼は死神なんだから、出来るのだろう。
「失敗しない?」
くすくすと笑いながら聞けば、「しない!」と子どものように否定する。
私はそれにまた笑い、彼は苦笑した。
ルカ君はそのまま隊士の姿すらも消してしまった。
「家に帰した」そうだ。
「今日は助けに来てくれたの?」
時間は止まっているのに、不思議と外の空気は感じる。
私は深夜特有の匂いを吸ってルカ君を見た。
すると彼は眉を寄せて「紅涙、」と小さく呼んだ。
「紅涙は、さ。」
「うん?」
「紅涙は…、…。」
息を吸って、溜め息のように吐く。
そのまま目を瞑ったルカ君は、静かに私を見た。
「紅涙は…俺が消すんだ。」
二つの瞳が、揺れていた。
「ルカ君が…私を終わらせるってこと…?」
「…うん。」
今にも泣き出してしまいそうなほど、彼の眼は光る。
「そっか…。」
「…。」
正直、私の中は少しだけホッとした。
どんな風に、誰に、
私はまた終わらされることになるのか。
それがまた、
私は誰かに憎しみを訴えられることになるのか。
そんなことを考えていた私にとって、彼が役目だと教えられたことはホッと出来ることだった。
だけど私とは逆に、
「最低だ、…俺。」
彼は額に手を当てて、クシャリと握り締めるようにした。
「俺…肝心なことは言えなくて、紅涙を傷つけてばかりで…。」
…本当に、優しいんだね。
「ふふ…。」
「紅涙?」
「それ、分かるよ。」
"私も、言われたんだ"
『お前はいつだって肝心なことを言わない。』
「だから私は分かるよ、ルカ君の…気持ち。」
「紅涙…、」
辛いよね、
「ごめんね、…ルカ君…、」
苦しいよね、
「私のために…ごめんね、…、」
誰かのことを想って隠すのは、すごく悲しいよね。
「ッ…紅涙…!」
ルカ君がぎゅうっと抱き締める。
「謝るのは…俺だから!ごめんっ…ごめんな、紅涙…!」
私は彼の背中を軽く撫でて、「ごめんね」と言った。
こんなに優しい彼だから、
今までも何度も傷ついているのかもしれない。
自分の手で生かすのに、
自分の手で終わらせるなんて、酷な話だ。
何度も、
何度も。
たくさんの人を、見送ったんだろうな。
「…ねえ、ルカ君。」
彼が離れて、まだ悲しみの残る眼で小首を傾げる。
「なに?」
「私が死んだら、向こうでルカ君に会える?」
「…分かんない。けど…無理だよ、きっと。」
「どうして?」
「今まで…誰とも会ったことがないから。」
"俺達の世界には、俺達しかいなかったから"
私は「じゃあさ、」と笑った。
ルカ君が悲しい顔をする分、私は笑っていなければいけない。
彼に、申し訳なさすぎる。
今まで私を想ってしてくれたのだから、私は笑わなきゃ。
今から彼は、
私よりも何倍も辛いことをしなければいけないのだから。
「じゃあ、会おう!」
「え?だから」
「会えるよ、きっと。」
「…。」
「私も…寂しいし、ね?」
そうだよね、
あっちには土方さんはいないんだもん。
ずっと見守ったり出来るのかな。
ああ、だけど。
土方さんが誰かと幸せになるの、見れるかな。
死んだら私も寛大になるのかな。
なれたらいいな。
そうじゃないと…待てないもん。
「でも紅涙…約束はできない。」
「しよう、約束。」
「…。」
「したらどうにかなるよ。」
「…はは、何だよそれ。」
「するだけしよう?私、それだけでも…少しだけ寂しくなくなるから。」
「紅涙…。」
"約束"って不思議だね。
たったそれだけのことで、私は繋がってる気がするんだ。
「ね?」
守っても、
守れなくても。
それだけで、私は向こうでも寂しくない気がする。
ルカ君は私を見て、小さく頷いた。
「…うん。しよう、約束。」
私はそれに笑って頷き、小指を出した。
ルカ君は私の小指を見て「それは?」と首を傾げた。
「これはね、約束する時にするんだよ。」
"小指と小指を結んで、約束するの"
彼の小指を出させて、私の小指を結んだ。
「また、…逢えますように。」
結んだ小指が、痛くて。
やっぱり、悲しくて。
隠すように俯いた時、グッと指を持ち上げられた。
何事かと思って顔を上げれば、
「っ?!」
唇に、軽く触れたのは、
「紅涙…、」
ルカ君の、唇で。
「…好きだよ、…さよなら。」
私は、
彼の優しい終わりを聞きながら、
閉じた瞼から涙が落ちたのを感じた。
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