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下剋上


「おいコラァ!」

吸い込まれそうな意識の中で、

「人の女に何してやがんだテメェは!!」

聞き慣れた声がした。
目の前では「え、なんで」とルカ君が怪訝な声を出している。

私が声の方を向く前に、

「お前もお前だ、紅涙!」

後ろから引っ張られた。

「ひっ土方さん…?!」

なんで?!
どうして?!

「ルっ、ルカ君?!」
"今って時間は止まってるはずだよね?!"

私の動揺を他所に、土方さんがまたグッと私の腕を引いた。

その掴む手が痛いぐらいで。

「イタタタ!土方さん痛いってば!」
「よく聞け、紅涙。」

土方さんが私を真っ直ぐに見る。
その眼は鋭いほどなのに、決して私を責める眼じゃなくて。


「お前に言いたいことは山程ある。」


全て。
全てを知っていて、私を見ているような眼。

「"どうして言わなかった"なんて、もう言わない。」

私に向かい合ってくれているような、
私と並んでくれているような、

「俺はただ、…、」

どこか優しくて、


「ただ、お前といたい。」
"明日も明後日も、10年後も、…その先も"


苦しくなるような、


「紅涙と、生きたい。」


そんな、言葉だった。

「…土方、さん…、」
「だから俺は、明日からお前が居ないなんて信じない。」

不安なんて欠片もない、
私に向ける土方さんの言葉はいつだって、自信に溢れていて。

「…でも、現実なんです、」

私はいつだって、目を背けてしまう。

この人を傷つけたくなくて。
その自信を、崩したくなくて。

「私、ドジっちゃって…。はは、土方さんにいつも言われてるのにね。」

こんな時、
どうすればいいのか分からないの。

笑ってやり過ごした時が多いからかな。

「ほんと…私、…馬鹿で…、」

こんな時、
どんな顔をすればいいんだろう。

「…紅涙、」
「…。」

どんな風に、
土方さんにこの現実を受け入れてもらえばいいんだろう。

「…いいのか。」
「…え?」
「お前はそれでいいのか。」

顔を上げれば、土方さんは変わらず私を真っ直ぐに見ていた。


「お前は俺と生きたくねェのか。」


…そんなわけ、ない。


「っ、そりゃあ生きたいですよ!」


ずっと、
ずっと一緒に居れると…、

居るつもり、だったから。

「土方さんと、…居たいですよ。」
「なら居ろよ。」
「っでも私はっ」
「理屈や可能性なんて考えるな。」

土方さんはスッとルカ君の方に目を向けて、

「信じることなんてない。今は何よりも非現実な存在がいるんだ。」

呆れたように鼻で笑った。

指されたルカ君は、煩わしそうに溜め息を吐いた。
私に手を伸ばそうとしたルカ君の手に、土方さんは「触んな弟」と言った。

…"弟"…?
どうしてそのことを土方さんが知ってるの…?

ルカ君も同じように思ったのか、思案するような表情をした。

もしかして私のことを聞いた相手は…。


「紅涙、」


土方さんはそんなこともお構いなしに私を呼んで、

「お前さ、一人で考え過ぎなんだよ。」

いつもするような苦笑を見せた。
そして小さく頷いて、

「お前には、俺がいる。」

私に、微笑む。

「俺だけじゃない、近藤さんや総悟、ついでに山崎みたいな真選組の仲間もいる。」

煙草に火を点けながら私の前まで来て、

「だから一緒にさせろ。」

ぐしゃりと私の頭を雑に撫でた。


「頼らなくてもいい。 せめて使え。」
"使われたくないヤツならついて来ねーよ"


…私、…、


「紅涙が無理だっつっても、俺には絶対に出来ないことだとしても、やれるだけやるから。」


私、間違ってた…。
ううん、自信がなくて、怖かったんだ。

土方さんにとって、
自分がどれぐらいの存在なのか知るのが怖かった。

私にとって土方さんはこんなに好きだし大切な存在だけど、

自惚れれば、違った時が悲しい。

例えば明日から私がいなくても、
土方さんは普通に朝を迎えて夜を終えるんじゃないかって。


"頼らない"とか、
"土方さんのため"だとか、

たくさん理由をつけて、

私は一人で、
平気なふりをして消えようと思った。


「惚れた女のことなんだ、とりあえず頑張らせろよ。」


こんなに、想ってくれていたのに。


「お前を、まだ終わらせない。」


私はこの気持ちにすら気付けずに、想いを裏切るところだったんだ。

「紅涙、お前は?」

無垢になるのは、怖い。
真っ直ぐに生きるのは、怖い。

それでもこうして来てくれたこの人になら、


「お前は、俺と居たいか?」


私は、

「まだ…っ居たい、っ、」

頭を空っぽにして、叫べる。

ただここに居たい。

「っ、ずっと…、土方さんと居たいよっ…、」

ずっと、居たい。
何にも考えずに、そう叫べる。

「よし。」

土方さんは満足げに頷いて、私の頭を撫でつけた。

私はすぐ側にあるその胸に抱きついた。

「土方さんっ、」
「ああ。」

好き。
大好きだよ、土方さん。

やっぱり私はこんな薄っぺらい言葉しか思い浮かばないけど、

「っ、…だいすきですっ、」

伝えられることを、今は何よりも嬉しく感じるよ。

「じゃあ、とっとと片づけて帰るか。」

土方さんは私を片手で抱いたまま、


「俺、まだ頑張ってねーし。」


刀を抜いた。

「…?土方さん…?」

彼の表情は、どこか楽しそうで。

「さあ、どうする弟。兄貴でも呼ぶか?」

ルカ君に向けて走り出しそうな気を感じて、私は慌てて声を掛けた。

「ちょっ…ちょっと土方さん、一体何を考えて」
「殺るんだよ、こいつらを。」
「え…、」

ええぇぇぇ?!

「はあー…人間って馬鹿だよね。」

始終黙っていたルカ君が溜め息を吐いた。


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