B2


廻る想い

分厚い雲に隠れた月の下。
後ろにはまだあの男が倒れたまま。

「…お前を、死なせない。」

強く抱きしめられる土方さんの腕の中。

その声は、
私の頭の中で遠く響いた。

「土方さん…、」

…それは、できない。

だって私…、
一度死んじゃったんですから…。


「俺が、アイツに頼んでやる。」


"出来る"
"叶える"


「頼んでやる…から…!」


そう聞こえる気がした。
さらに強く抱きしめてくれた土方さんに、私は…何も返事が出来なかった。

「土方さん…、ありがとう。」

この気持ちが、嬉しい。
私を抱きしめてくれる、あなたが嬉しい。

「…私は、幸せです。」

あなたに出逢えて、
あなたと笑えて、過ごせて。

「幸せです…、」

私は、本当に幸せだった。

土方さんを強く抱きしめて、私は身体全部で彼を感じた。


そんな時、

「……え…何だよ…これ?」

私でも、土方さんでもない声がした。

「どういう…こと…?」

始めは声だけで。


「どうして…土方がいるの…?」


青黒い夜に、薄らと白く形になった。

「ルカ…くん…?」
「風も…止まっていない……、時間が動いてる…?」

ルカ君は私を目に入れず、
唖然とした様子で周りを見渡して、土方さんの存在に目を凝らした。

「もう紅涙の時間は止めたはず…」

独り言のように呟く彼を、土方さんは「お前か」と言った。

「アイツの弟で、…紅涙に惚れた死神。」

私を抱きしめたまま、ルカ君を見据えた。
その腕の中で、
土方さんは本当に全部知ってるんだと思った。

「土方、お前はどうしてここにいる…?」
「お前の兄貴に聞いたんだよ。」
「コウが…?まさかそんな…コウに限って…。」

そう言ってルカ君が怪訝に眉を寄せた時、「俺が教えた」とコウ君の声がした。


「俺が、土方に教えた。」


闇の中から浮き出るように、もう一人の死神コウ君が地面に足をつけた。

「コウ…、」
「俺たちには…どうしてやることも出来ねェ。」
「…。」
「コイツなら…早雨の道を変えられる気がした。だから見せた。」
"早雨の身に起きたことと、起きることを"

コウ君は土方さんを見た。
ルカ君も私も、土方さんを見た。
土方さんは何も言わなかったけど、私を胸に隠すようにした。

「…紅涙は、連れて逝かさねェ…。」

コウ君は目を細めて、ルカ君は眉を寄せた。

ぼそりと、

「…俺だって連れて行きたくなんかねーよ。」

そう呟いて、
はあ、と短く溜め息を溢した。

「ねえコウ、俺たち振り回され過ぎじゃない?」
「…ああ。だが全てはお前の間違いから始まったんだ。仕方ねーよ。」
「あーそうでした。」

ルカ君は面倒そうに耳を掻いて、コウ君はそれを鼻で笑った。

「でもさ土方、"紅涙を逝かせない"ってどうする気?」
「…ンなのお前らが考えろ。」
「ちょっ何こいつ!無責任!コウみたいじゃん!」
「「こんなヤツと一緒にすんじゃねー!」」

同じような口調で二人が言って。

「あはははっ」
「こら紅涙!てめぇ笑ってる場合じゃねェだろうが!」
「だって本当に土方さんと似てるんだもの。ねぇ?ルカ君。」
「ほんと似てるなんてもんじゃないね。こんなヤツのどこが好きなんだよ、紅涙。」
「どこかなー。分かんない。」

笑いながら言えば、
土方さんは「言ってろ」とフンと笑った。

「っと、遊んでる場合じゃないな。コウ、どうする?」
「…とりあえず早雨の時間を少し延ばして考えるか。」
「そうだね、今すぐには方法も思いつかないし…。」

二人で話す彼らを見ながら、
私はそっと土方さんの手を繋いだ。

「土方さん、」
「ん?」
「私…あの時、死ねて良かった。」
「…おい何言ってんだ。」

急に低くなった土方さんに、私は苦笑して「不謹慎ですね」と言った。

「でも…こうやって彼らに逢えたし、」

何よりもルカ君が間違えてくれたおかげだけど。

あの日の私は、
本当にたくさんの偶然が重なったんだろうな。


「何でもない毎日が…こんなにも大切なんだって気付けたし、」


こうなる前は、
面倒だなってだけだった仕事も楽しめたし、

つまんない話も、
どうでもいいことも、

全てが、
その日その時しか体験できないことなんだって気付くと、

どんなに小さなことでも大切にしたいって思った。

何よりもその中心には、


「改めて、土方さんが私の"幸せ"の大部分を占めていたことを感じられた。」


あなたがいて。

小さな感謝も、
些細な喧嘩も、
大好きなこの気持ちも、

何だって、
伝えたいことを心に留めておくなんて勿体なくて。

「土方さん、」

ムズ痒いほど恥ずかしい言葉も、あの時があったから伝えられる。

「私は、…これからもずっと」

あなたのことだけを…


「愛し…」

---ドスッ…


それは、
あまりにも突然で。

「っ!!」
「「ッ紅涙!!」」
「早雨!!」

みんなが、私の名前を叫ぶ。

「ッな、に……?」

腰が、
急に重くなった。

みんなが悲壮な顔で私を見て、

「おい…紅涙?…っ!紅涙?!」

コウ君とルカ君が、
唖然とした様子で私の背後を見て言った。

「早雨が…刺された…?一体どこから出て来た…?」
「そんなっ…!っ…こんなの紅涙の未来じゃねーよ!」
「落ち着けルカ。…先にコイツをどうするか考えろ。」

「紅涙っ、」

土方さんは私の肩を掴んで、支えるように身体を寄せた。

「ッ、土方さ、ん…?わた…し…」
「大丈夫だっ、大丈夫だからっ…!」

まるで自分自身を言い聞かせるように、何度も繰り返した。


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