B8


幸せの本


「え、閻魔王…!?」

閻魔王の第一補佐官って…?!
なっ何だか急に死んだ実感が…!

「ひひ土方さん!閻魔王って閻魔さまですよ!」
「よくご存じですね、早雨 紅涙さん。いい子です。」
「あっ…ありがとうございます…ポッ。」
「いやお前なに照れてんだよ!それぐらい誰でも知ってんだろ!」
「だって先生に褒められたような懐かしさが…。」

私と土方さんがこうして話す間も、松陽さんはにこにこと笑っている。

「資料では拝見しておりましたが、あなた方は本当に仲がよろしいんですね。」

ふふと微笑んだ松陽さんは「いいことです」と言う。

「ほんとに先生みたい…。」
「そうですか?褒め言葉として頂戴しておきましょう。」
「もっもちろんです!」
「…なァ。」
「どうしました?土方 十四郎さん。」

急に土方さんの真剣な声がして、私は驚いて見上げた。

「あんたも…江戸にいたのか?」
「…土方さんどうしたんですか?松陽さんのこと、知ってるんですか?」
「いや…そういうわけじゃねェんだけど…何か引っかかるっつーか。」

土方さん自身も掴みきれない様子で、私は松陽さんを見る。

「…、」

松陽さんは、ほんの少しの間黙って、

「私も…覚えてはいません。ただとても…江戸の人々を愛おしく思いますよ。」

先ほどと変わらない頬笑みを浮かべた。
すぐに苦笑して、

「本当は私情など許されないのですが、まあ管轄だから大目に見てもらいましょう。」

人差し指を口に当てた。

松陽さんも江戸の人だったのかな…。
それとも…、
何か江戸に大切なものがあるのかな…。

そんな思案をし出した頃、

「さあ、私の話は終わりです。」

松陽さんが軽く手を叩いた。

「私がこうして迎えるのは、通常では異例のこと。」
「異例…?」
「ええ。本来であれば三途の川を渡り、衣領樹(えりょうじゅ)を通り、閻魔王に会います。」

「ですが、」と松陽さんは私たちを見る。


「あなた方はそこを通らずに、ここにいる。それも二人一緒に。」
"加えて、現世の記憶の断片すら持っている"


少し険しい顔をされて、
私たちは引き離されるのかと不安になった。

松陽さんに見えないよう、
土方さんの手を繋ぐと土方さんもギュッと握り返してくれた。

するとそれも分かっているかのように、松陽さんはふっと笑った。


「大丈夫ですよ、これはあなた方の責任ではありません。」
"こちら側の責任…ですからね"


困ったように微笑む松陽さんを見て、私の中にすっと何かが通り過ぎた。

記憶のような、想いのような。
口に出来ない切なさが、私を通り抜けた気がした。

「問題なのはこの場所が閻魔王に裁かれた後の者が通る道だということ。」

え…?

「全く…どうする気だったのでしょうね、彼らは。賢いのやら馬鹿なのやら。」
「あ、あの松陽さん…?」
「ああすみません。それで、あなた方の審査結果をお持ちしました。」
"これがあれば問題はありませんので"

そう言った松陽さんの手に、どこからか紙が現れた。

「閻魔王もあなた方にはお会いしたいようでしたが、今は少々忙しく…。」

"申し訳ございません"と頭を下げた松陽さんに、私は慌てて手を左右に振った。

「あっ頭を上げてください!私としては会わずに済んでホッとしてると言うか何というか…」
「すみません…そんな気まで遣わせてしまって…。」
「いや本当に…」
「まあこの先、いくらでも時間はあります。会う機会もございましょう。」

ふふふと笑った松陽さんの手から、私たちに一枚ずつ紙が渡される。

「こ、これは?」
「閻魔王はお二方を"死神"に任命されました。」
「「え?」」

そうして、
唖然とする私たちに構いもせず、松陽さんは"死神"の説明をした。

規定以上に善良な事をした者には死後の猶予を与える。
猶予期間は善良な行いをした対象者の寿命を折半とする。


「それを人に告げ、現世とこの世を繋ぐ役です。」


普通、
こんなことを言われると欠片も理解できないはず。

「あなた方が天国も地獄も、どちらも選べないのは現世の罪です。」
「罪…、」
「俺たちが何かしたのか…?」
「そうですね…、少し…時間を触ってしまいましたから。」
"まあこれも、あなた方だけのせいではないのですが"

罪だなんて言われて、
訳がわらかないって、普通ならなるはず。

はず…なんだけど、

「…わかりました。」

私は、
自分でも驚くほど呑み込めていた。
まるで初めから知っていたみたいに。

それは土方さんも同じだったようで、

「仕方ねェな。」

私たちは顔を見合って笑った。

「私たちが代わりになれるのなら、頑張ります。」
「あいつらには、世話になったからな。」

二人してそう口にして、


「あなた達は…覚えているのですか…?」


そう問われて初めて自分たちが何を言ったか分かった。

「あ…れ…?今私たち…何を言って…。」
「"あいつら"って…俺…誰のこと言って…。」

私も土方さんも、
口から勝手に漏れたとしか言いようがない状況で。

「…そうですか。」

困惑する私たちを見て、松陽さんは少し嬉しそうに笑った。


「きっと、お二方は素晴らしい死神になられますよ。あの子たちのように。」


松陽さんは私たちに一冊ずつ分厚い本を渡した。

土方さんには黒い本。
私には白い本。

"中身に違いはない"と松陽さんが言った。
ただ前職者の好みで勝手に張り替えているだけだと。

手にした瞬間に、
これからの手順や知識が流れ込んでくる。

「それでは私は戻りますので、よろしくお願いしますね。」
"また近い内に様子を見に参りますので"

松陽さんはふわっと湧いた白い光に消えた。

私と土方さんは手にしていた分厚い本を見た。

古くて分厚い本。
中にはこの先、私たちが猶予を与える人の名前がある。

「…土方さん…、」
「ん…?」

私の本も、
土方さんの本も、
ハードカバーは布が張ってあって、ところどころに擦り傷や破れがある。

「私…、…この本を知っている気がします…。」
「…偶然だな。俺も、…どこかで見た気がしてた。」

傷をなぞるように触れて、本を開いた。

ぺらぺらと捲るのに、一向にページ枚数が減らない。
まるでずっと続くかのように終わりのない本。

「すごい仕事量ですね…。」
「ったく、どれだけ働かせる気だ?」

小言を言いながらも、私たちはどこか微笑ましくて。

すこし、
終わりがないことも嬉しく感じられた。


「わっ…と、……ん?」


重さに引っ張られて、本のカバーが剥がれた。
てっきり貼り付けられていたと思った布はカバーだったようで。

剥がれた本の表紙に、小さく文字が書いてあった。

そこには、


『紅涙が、幸せになりますように…』


そう、書いてあって。

「こ、れ…、…っ…、」
「紅涙?」

ここに書いてある"紅涙"が私のことなのかも分からないのに、

「っ…、」

悲して、
寂しくて、涙が出てきた。

「おい紅涙、どうした?」

私を心配した土方さんが本を落とす。
その本が開いて、私と土方さんの眼が釘づけになった。

「…この人…たち…、」

そこには、
左側に、肩までの金色の髪で綺麗な男の人と、

「…こいつら…、…、」

右側に、黒い髪で鋭い眼をした男の人が載っていて。

「私…、…彼らに…逢いたい…っ…、」

無性に、そう思った。

「ああ…、俺も…逢いてェな…。」

こんなの変だ。
私も土方さんも、
会ったことなんてないはずの彼らに二人して会いたいなんて。

それでも…、
すごく逢いたい。

それしか言えなかった。

記載されている日を見ても、彼らに会うのはずっと先。

「楽しみが…できましたね。」
「…んだよ、俺がいるから必要ねェだろ?」
「ふふっ…そうですね。でも…、」
「そうだな…、気が遠くなるほど先の話だが…待ち遠しい。」

ねえ…、
君たちは、私たちの何なんだろう。

「…土方さん、」
「なんだ?」

君たちは、私たちの何を持っているんだろう。

「これからも…ずっと、よろしくお願いしますね。」

君たちに逢えた時、

きっと、
私たちはまた大切なものを得ることができる。

そう、思うから。

「…ああ。…ずっと…一緒だ。」


あの場所で待ってる


二人で、待ってるよ。

2013.3.25
ver.BLACK End...
*せつな*


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