B7


ここから


私たちの記憶は曖昧だった。

私たちが死んだこと、
私たちが想い合っていたこと、

とにかく、
逢いたくてしかたなかったこと。

それだけしか頭の中には入ってなくて、

「どうして…死んじゃったんでしょうね…。」
「そうだな、二人してだから…事故なんじゃねーか?」
「事故…?えー…。」
「"えー"ってなんだよ。何を夢見てんだよ!」
「心中とか?!」
「はァ?」

私たちが何をしていたのかも、
死ぬに至った経緯も、何も分からなかった。

「だって死んでも一緒なんですよ?これはもう心中しかな」
「ンなの迷信に決まってんだろ。たとえ一緒に死ねたとしてもあの世でも一緒なんて保障…、…。」

急に土方さんが黙りこむ。

「どうしたんですか?」
「いや…、…何か…思い出しそうな気がした。」
「え?!」
「…誰かが…、…俺たちを…、…」
「"誰か"?何なんです?私たちが死んだ経緯ですか?!」
「いやそうじゃなくて…、…、……。」
「土方さん!?何を思い出しそうなんですか?!」
「…ダァァー!煩ェよ!あー今ので思い出せなくなった。」
「えェェ?!なんですかその言いがかり!」
「あーあ。もう思い出す気もなくなっちまった。」

そう言って土方さんは、胸ポケットから煙草を取り出した。

「…そう言えば…煙草吸ってましたね。すっごく。」
「ああ?…ああ、そうだな。」

その行動は無意識だったようで、
土方さんは自分の行動にやや驚きながらも煙草に火をつけた。

何かを思案しながら、
咥え煙草でまた胸ポケットを漁る。

「…?他にも何かあるんですか?」
「ある気がする…。…、あ。あった。」

出てきたのは赤いキャップの白いもの。

…っていやいや。

「どっどれだけ深いポケットなんですか?!何次元?!何次元ポケット?!」
「やっべ。すげェ俺。」
「でもマヨネーズって…、なんでまた…。」

そう言った私の横で土方さんがキャップを開ける。
すんと匂いを嗅いだ後、カッと目を開いてそのチューブを咥えた。

「ああああー!何やってんですか土方さん!」
"身体に悪いです、っから!"

無理矢理に引き離して、キャップを閉めた時に頭に過った。

「そう…だった…、土方さんは確か…マヨラー…!」
「おい返せよ。」

手を伸ばしてくる土方さんを無視して、それを遠くへ放り投げた。

「あーーー!テメェー!」
「これを機に不健康なことはやめてくださいね。」
「もう死んだんだから関係ねェだろうが!」

…それもそうか。
でも気持ち悪い図なんでやめてくださいね。

土方さんはまた自分のポケットから出そうと漁る。
だけどもうマヨネーズが出てくることはなくて、墨の滲んだ書類が何枚も出てくるだけ。

「何枚出す気ですか?マジシャン?」
「うっせェ!ってかこれ何で全部滲んでんだよ!読めねェし意味ねー!」

何枚も何枚も出てくる紙。

煙草もマヨネーズも、
土方さんにとっては欠かせないものだったんだから、きっとこれも欠かせないものなんだろう。

そんな土方さんを横目に見ながら、

「…それにしても…、」

私は薄く溜め息をついた。


「私たち…結構忘れてるんですね…。」


こんな風に、
行動で辿らないと思い出せない。

「…なんだか…少し寂しいな…。」

私たちには、
どんな時間があったんだろう。

どんな想い出があったんだろう。

たくさん、あったのかな。
またこんな風に思い出せることあるのかな…。

「…俺は、」
「?」

紙を何枚も出して、
もう諦めたような顔をした土方さんが私を見た。

「俺は過去なんてどうでもいい。」
「…今まで紙を出しまくってた人がそれを言いますか?」
「これは何か使えるもんがねェか探ってただけだ。」

土方さんはシレッとした顔で煙草を吸う。
少しだけ遠くを見て、ふうと弱く煙を吐きだした。

「本当に、…過去なんてどうでもいいんだ。」

…、

「…お前と…一緒で良かった。」

…土方さん…。


「またお前と一緒で、よかった。」


っ…、
…うん。


「これからも紅涙と過ごせるだけで、…充分なんだ。」


うん…、


「だから俺は…過去なんて望まねェよ。」


うんっ…!

「っ土方さん!」
「紅涙…、」

「あーすみません。」

「「?!」」

私と土方さんしかいなかった空間に、私たちじゃない声がした。

「もうそろそろよろしいですか?」

優しい男の人の声。
振り返ったその人は、

「初めまして。土方 十四郎さん、早雨 紅涙さん。」

やわらかな頬笑みを浮かべて、綺麗なお辞儀をした。

金色よりも薄い色素で、
腰までありそうな長い髪がさらりと揺れる。

顔を上げても、
変わらずに頬笑んでいて、

「お迎えに上がりました。私は主に江戸を管轄しております、」

彼は、

「閻魔王第一補佐、通称司命(しみょう)。松陽とお呼びください。」

そう名乗った。


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