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無声映画


俺が見廻りから帰って来たいつもと同じ時間。

「何…?戻ってないだと?」

紅涙がいなくなっていた。
俺が出て行った直後、まるで追うように駆けて行ったっきりだと。

「何で出て行ったんだ…?」
「それが俺も出て行くとこは見かけたんですが、理由までは分からないんですよね。」

そう言って山崎が首を傾げた。

携帯に連絡をするが繋がらない。
呼び出しは鳴るのだから、誰かに拉致られたという可能性も低い。

「あいつ…何してんだ…?」

俺と山崎が廊下で話していれば、後ろから近藤さんが「どうした?」と声を掛けた。

「近藤さん、紅涙を見てないか?」
「え?紅涙君?いや…見てないな。」
"何だ?彼女に何かあったのか?"

俺達の知っていることを話せば、近藤さんは「不思議だな…」と顎に手をやった。

「山崎、他に彼女と居た者は?」
「いえ。それとなく隊士にも話を聞きましたが、全員知らないと。」
「目撃者なしか…。」
"これだけ眼があるのにな…"

近藤さんは腑に落ちない顔をする。
山崎は「公開しますか?」と言った。

「…いや、すんな。この件は俺達だけでいい。」

俺は顔を振って、山崎は「分かりました」と頷いた。

よく現状を掴めないままに、
"紅涙が居なくなった"と隊士に広めれば、面倒なことになる。

人手は多い方がいいのはもちろんだが、
もし事件性がなかった場合、真選組に紅涙の居場所は完全になくなる。

それにあいつは真選組の中枢だ。
俺の補佐をしている以上、"居なくなった、そうですか"で終わる存在じゃない。

もし紅涙が立場を変えようと考えたのなら、俺達が消す必要だってあるんだ。

「そうだな。極力、今知っている俺達だけで留めよう。」

近藤さんはそう言って、

「まァ今日中には戻るだろう。」
"あまり心配し過ぎるなよ、トシ"

俺の肩を叩いて笑った。
せめては、と何度も電話をした。

だけど22時を過ぎても、紅涙は帰ってこない。
それだけじゃない。
電話はずっと繋がらないし、折り返しの連絡もない。

捜すのは、当然だった。
イライラする。
数えきれないほど電話をした頃、初めて留守電を残した。

「おいコラァァ!テメェどこ行ってやがる!電話に出ろ!掛け直せ!」

いなくなった原因が分からない。

あいつに悩みがあったようには見えなかった。
喧嘩をしたわけでもない。

「何なんだよ…っ!」

握っていた携帯を投げつけそうになる。
極力落ち着こうと息を吐いて、俺はまた捜した。


ほぼ丸一日捜した頃、
俺はどうして捜しているんだろうと思った。

もしかしたらただ紅涙は、単純に出て行っただけかもしれない。
嫌になって、出て行った。
あいつだって子どもじゃない。
捜すだけ捜したんだ、もう後は本人の意思の問題じゃないのか?

そう思う度、

「…、ハッ、」

自分の考えに鼻で笑って、

「冷静に考えられてる。…まだ捜せるな。」

足を、進めた。
そしてこれで最後の電話にしようと思った。

これだけ掛けて返ってこないのだ。
もう意味のない手段なのだろう。

「連絡くれ。…帰りたくないなら、それでもいいから。頼む。」

それを最後にして、俺は携帯を仕舞った。


捜し物ってのは不思議で。
必死になればなるほど、その時には出てこないくせに、

「…土方さん!」

少し肩の力が抜けた頃、ぽっと出てくる。
まるで初めからそこにあったかのように、本当につまらない場所にある。

紅涙を見つけた時、頭の中が真っ白になった。
"あれは幻かもしれない"なんて馬鹿みたいなことを思った。

だから、近づく前に声を掛けた。
振り返った紅涙が笑った。

よかった、
…よかった。

抱き締めた時、手が震えた。

心配した、
本当に、心配したんだ。


たぶん紅涙が思っている以上に、

俺はお前を想ってる。


「ったく、あいつ上着忘れてった。」

盛大に転んだという泥だらけの紅涙が脱いだ上着。
局長室に忘れて行ったそれを持った時、近藤さんが笑った。

「それにしても、本当に無事で良かったよ。」

俺はそれに「ああ」と笑った。
さらに近藤さんは何か物言いたげに「トシ〜」と呼びニタりと笑う。

「お前、相当だなー。」
「…何が?」
「よく言うよ、紅涙君のことだ。」
「…。」
「まさか明日期限の仕事を放ってまで夜通し捜すとはな〜。」

ニタニタする近藤さんに、俺は何も返せなかった。

「どうするんだ〜?明日だぞ〜?」
「…今からする。あいつにもさせる。」

自分でも気恥かしくて声が小さくなった。
すると近藤さんが急に大きな声で笑った。

「トシー、俺は嬉しいよ!」

俺は呆気に取られた後に、「何がだ」と聞いた。

「お前が何も見えなくなることが、だ。」
「…それは問題だろ…。」
「だが実際にそうだっただろ?まァ確かに問題ではあるがな。」
「…すまない。」

僅かに頭を下げれば、
近藤さんの変わらず嬉しそうな声が頭の上から降る。


「彼女を、大切にしてやるといい。」
"俺からもトシはいい子だとお勧めしておこう"


歳なんてそう変わらないのに、まるで親のようなことを言う。

だから、

「おせっかいだよ。」
"それに、もう知ってる"

俺は後ろ手にそう言って、部屋を出た。

俺も近藤さんも、笑ってた。
今が一番、穏やかな時間だと思った。


部屋に戻る前、

「あー…、これクリーニングだな。」

紅涙の上着を女中に預けて行こうと思った。
洗濯場に居た女中に声を掛ける。

「すまないがこれをクリーニングに出しといてくれねーか。」

俺から受け取った隊服を、女中は「あちゃまあ」と失笑した。

「随分と汚したねー。」
「転んだそうだ。」
「まあ、それは大変だったね。…あら?」

汚れの具合を見ていた彼女の手が止まる。

「どうかしたのか?」
「ここ…破れちゃってるねえ。」

そう言って俺に見せた。
本当だ、こんなに分厚い隊服が破れている。

…。

「…ちょっといいか?」
「ええ構わないよ。」

隊服を手にして、その個所をよく見る。
破れた個所など昨日までなかった。

転んだ時に出来た?

…違う。
これは…破れたんじゃない。
破れたなら、周囲にもっと掠れた痛みがあるはず。
こんなに綺麗に、穴が開いたりしない。

転んだとしても、場所が不自然だ。
腹の辺りに一ヶ所。

状況と状態の判断からして妥当なものは、鋭利なもので出来た破れ。

まるで、
…刺されたような跡だ。

「…。」
「…副長さん、何かあるのかい?」
「ああ…ちょっとな。これは預かって帰る。」
「そうかい。ああでも汚れぐらい掃った方がいいね。」

女中はその場でパンパンと汚れを掃う。
俺はそれを部屋に持って帰った。
隊服は、紅涙から見えない場所に隠した。

そして、聞いた。


「お前、…俺に言ってないことないか?」


彼女は言った。

「そんなの…ありませんよ?」

彼女は、言わなかった。

「…分かった。」

俺は、言わなかった。


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