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師匠と弟子


「こんにちはー。お邪魔しまーす。」

“万事屋銀ちゃん”と掲げられた入り口をくぐる。
横開きの扉を閉めた頃、ここの弟子である新八君が小走りに出てきた。

「はいはい、ご依頼…って、なんだ。紅涙さんでしたか。」
「お世話になってます。」

頭を下げ、ふと気付く。
いつも誰よりも早く飛び出してくる子がいない。

「神楽ちゃんと定春君は…」
「ちょうど散歩へ行ったところですよ。」
「そうでしたか。……います?」
「います。寝転んでジャンプ読んでますから、どうぞ中へ――」

「おいコラ、新八。」

新八君越しに、銀髪の柔らかそうな天然パーマが見えた。

「主の許可なしに、客でもねェ奴を上げんな。」

頭を掻きながら、あくびをひとつ。

「でも紅涙さんですし…」
「そうですよ。私達の仲じゃないですか。」
「よく言うぜ、まだナニもさせてくれねェくせに。」
「うふふ。そんな関係の話をしてませんから。」

そもそも、私と銀さんは男女の仲じゃない。
けれども私達の仲には名前がある。

それは…

「可愛い弟子が訪ねてきたっていうのに冷たいですね、師匠。」
「だーかーら!やめろって、その呼び方。」

私達は師弟なのだ。

「だって師匠は師匠ですし、師匠としか師匠を呼びようがなくて…」
「だァァッ!師匠師匠ってうるせェ!」

喉元を掻きむしる。

「いいか、紅涙。よく聞け。」

私の額に人差し指をグッと押し付けた。

「俺は弟子なんて持たねェって言ってんの!」
「でも私は…」
「ちょっと待ってください!」

傍観していた新八君が、焦った様子で眼鏡を上げる。

「弟子を持たないって、僕の存在はどうなるんですか!」
「お前はアレだ、お手伝い的な存在だろ。眼鏡の。」
「眼鏡付属!?僕って眼鏡に使われてたの!?」

ギャーギャーと目の前で繰り広げられる騒がしい空気。

「ふふ、変わりませんね。万事屋は。」
「変わりませんねって…お前、」

顔を引きつらせて私を見る。

「先週の火曜日にも来ただろうが。」
「そうですよ?先週の火曜から変わってませんねっていう意味です。」
「変わんねェよ!そう簡単に人間は変われねェの!」
“大人になったら、余計に変わりづらくなるもんなの!”

師匠…、

「もしかして悩み事があるんですか?良ければ聞きますよ。10分3000円で。」
「高っ!まさか悪徳商売してんじゃねーだろォな?」
「してませんよ。でも…、」

私は肩を揺らして溜め息を吐いた。


「なかなか大きい依頼は入ってきませんけどね。」


そう。
私が彼を師匠と呼ぶのは、剣術の方じゃない。

『万事屋』だ。

私の職業は『なんでも屋』。
以前に万事屋銀ちゃんで世話になり、素晴らしい仕事だなと思ったのが始まり。

でも職業にしたいと宣言した時、師匠は反対した。
なんだかんだ言いつつ面倒見のいい人だから、身を守る程度の剣術は教えてくれたけど。


「私も師匠みたいに大きな仕事がしたいのにな…。」

大した芽が出るわけでもなく今に至る、というわけだ。

「仕事にデカイも小さいもねェよ。つか、師匠って呼ぶな。」
「じゃぁ師匠みたいに、たまーにしか働かなくてもいいような、報酬の大きい仕事がしたいです。」
「だから師匠言うな。」
「紅涙さん、誤解してますよ。」

新八君がうんざりした様子で顔を振る。

「この人を見習うと、ほんと大変なことになりますから。」
「え、でも新八君は弟子…ですよね。」
「僕は主に剣術の方ですから。だらしない生活は尊敬してません。」

すごい言われようだ…。
師匠は新八君の隣で、気まずそうに目を逸らしている。

「なんたって僕の給料も未払いだし、ご飯だって僕が持ってきたり、下のお登勢さんにお世話になることもあるくらいで。」
「そうなんですか?師匠。」
「い、いや…えっと」
「そうですよ!多額の報酬が入っても、『もっと増やしてきてやるから』とか言ってパチンコに行っちゃいますし!」
「えぇぇ…、」

目を細めて師匠を見る。

「お、おい新八。」
「それだけじゃありません!負けて帰ってきても落ち込むのは初日だけで、また3日もすれば『今度こそ増やしてくるから』って!」
「はいスト〜ップ!」
「ふががっ」

師匠が新八君の口を塞いだ。

「内情はそのくらいで十分じゃないかな〜?」
“あんま、紅涙の前で恥かかすな!”

うーん…
やっぱり万事屋って、毎日依頼を入れるのは難しいのか。

「儲からない仕事より、ちゃんと誰かに雇ってもらおうかなぁ…。」
「ちょ、おま…それをわざわざここで言う必要ある!?」
“ここ万事屋!儲からない仕事してる万事屋だから!!”

やはり稼ぎ続けるのは大変らしい。
私は溜め息をこぼし、師匠と新八君に頭を下げた。

「それじゃあ私は失礼します。」
「何!?お前、俺をけなすためだけに来たの!?」
「上がっていかないんですか?」
「はい、少し寄っただけなので。また来ますね。」

背を向け、扉に手をかけると…

「ちょっと待て。」

師匠に肩を掴まれた。
振り返ると、先程までと違う鋭い目が私を射抜く。

「お前、ほんとは何しに来たんだよ。」
「え…?」
「悩み事があるのは、そっちだったんじゃねーのか?」
「……師匠、」

こういう切り出し方には、何度か救われた。
私から言わなくても、気付いてくれたりして。

でもすみません。

「悩み事なんてありませんよ。」

今回は本当に寄っただけなんです。テヘ☆

「ただ、何か依頼を回してもらおうと思ってたのでガッカリしてます。」
「ンだよ。」

師匠がフンッと笑う。

「ま。なんかウマイ仕事が流れてきた時は、お前にも声掛けてやるから。」
“その時は、ちゃんと俺にも分け前よこせよな”

この人は優しい。
頼りがいがあって、居心地もいい。
好き。

だけど、恋心じゃない。
以前、新八君に聞かれたことがある。

『銀さんのことが好きなんですか?』
『好きですよ。でも新八君の言ってる意味とは違いますけど。』
『じゃあきっと、真剣に戦う銀さんを見ると一発で惚れちゃいますね。』
“今まで一度も見たことがないなら、なおさら”

確かに、戦う師匠を見たことはない。
私が知ってるのは、のらりくらりと生きる姿だけだ。


「いつか見る機会があるかな…?」

事件に巻き込まれでもしないと不可能そうだけど。

師匠のところを出て、
そんなことを考えながら街を歩き始めた時だった。

「万事屋さんですか?」

男性の声に振り返る。
そこには、笠を目深にかぶった人が立っていた。



袖の雫
〜序幕<前>〜


あとから考えても、
私は、この出会いを幸運だったと思ってる。


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