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大きな依頼


「あなたは万事屋さんで間違いないですか?」

師匠のところを出た直後、
笠を目深にかぶった男から声を掛けられた。

「そう…ですけど。」
「少しお願いしたいことがあります。実は――」
「あ、あのっ」
「?」
「すみません。あなたの探している万事屋さんって、“万事屋銀ちゃん”のことですよね。」

いくらなんでも、師匠の客は取れない。
依頼を譲ってもらうのと横取りするのとでは、話が全然違う。

「万事屋銀ちゃんでしたら、そこの階段を上がって…」
「あなたは違うんですか?」
「私は“なんでも屋”です。」
「なんでも屋…」
「はい。同じようなものですが、別の場所で開いてますから。」
「ではあなたに依頼したいことがあります。」

私でも構わないってこと?
じゃあ…
師匠には悪いけど、いただいちゃおうかな。

「ご依頼内容を伺っても?」
「ええ、お願いします。」

男は懐から1枚の紙を取り出す。
それを私に差し出すと、こう言った。


「真選組に入隊していただけませんか。」


……え?

「あ、あの…今なんと?」
「ですから、真選組に入っていただきたいんです。」

あれ?
あれれ?
おかしいな、依頼を聞いたはずだったんだけど。

…ああ!アレか。

「真選組に潜入してほしいということですか?」
「潜入…、」
「申し訳ありませんが、私の実力では到底お受けできない依頼なので――」
「違います。」
「え?」
「単に真選組隊士として勤務してほしいだけですよ。」
「え…、……え、えっと……、ごめんなさい。」

そりゃあ私も“誰かに雇ってもらった方がいいのかな”とか言いましたけども。

「一応、まだ“なんでも屋”を廃業する気はないので。」
「ですから依頼をしているのですが。」

男がズイッと私に紙を差し出す。
手に取ると、力強い字体が目に飛び込んできた。

『来たれ!真選組隊士、大面接会』

「め、面接?」
「ここ数年、隊士の数が減少していることをご存知ですか?」
「いえ…。」

男は、なんとしても人を集めたいと言う。
このままだと、いずれ危機的状況に陥るとか。

「チラシを撒きましたが、どうも心もとなく。」
「…つまり、一時的にでも隊士の頭数を増やすために入隊を?」
「ええ。長期の依頼だと思っていただければ結構です。」
「長期…?」
「長くて2年といったところですかね。」

に、2年!?

「長…。」
「あっという間ですよ。」

他人事だからなのか、男は淡々と話す。

「当然ですが、2年間は屯所で住み込んでいただきます。」
“その際に得た収入はあなたの物です”

宿付き、かつ3食付きの仕事ということか。
…悪くないかも。

「もちろん依頼完遂時には、報酬もお支払いいたします。」

ということは、手取りは真選組で働いた給与+報酬ってこと?

おいしい!
…いや、こんなウマイ話があるだろうか。

「本当ですか?」
「はい?」
「本当にちゃんと報酬をいただけるんですか?」
“からくりがあるんじゃ…”

実は辞められないとか、
報酬なんて話はしてませんとか。

「いえ、本当ですよ。」

私の疑いに、男は吐息で笑った。

「諸事情により身分は明かせませんが、代わりにこれを。」
“私を信用いただきたいという気持ちです”

男が白い封筒を差し出す。
中を覗くと、10人の諭吉と目が合った。

「えっ!?」

じじじじゅうまん!?

「依頼の報酬は、この10倍をお支払いする予定です。」
「ええっ!?」
「安いですか。」
「いいいいえ!滅相もありません!」

でもちょっと待って。
私が真選組に受かるとは限らない。

そうなると…

「あの…これはお返しします。」

このお金を受け取るわけにはいかないよね。

「お引き受けいただけないのですか?」
「引き受けるも何も、真選組に入れるか分かりませんから。」
「それは……そうですね。私も不正は働けません。が、何としても入隊してください。」
「そっ、そう言われましても…。」

こればかりは相手次第。
引き受けた後で、契約違反だと訴えられるのは御免だ。

「受けていただけないのですか?」
「うーん…、」

チラシに目を落とす。
挿絵には、爽やかに拳を掲げている男性がいた。

そう言えば真選組って…。

「隊士の募集は男性限定じゃないんですか?」
「そのようなことはありません。」
“募集要項をご覧いただければ分かるかと思います”

確かに『男性限定』とは書いていない。

「あなたの気持ちと努力があれば、必ずや入隊できますよ。」
「そう…ですか?」
「ええ。そこは私が保証します。」

淡々と話す男を窺う。やはり顔は見えない。

怪しい…。
けど、私は“なんでも屋”だ。
依頼相手にどんな事情があるかは聞かない約束。

それに身分が明かせないのは、
おおよそ、真選組の幹部か何かなのだろう。

報酬を払ってまで隊士を集めてるなんてことが世間に知れたら、警察のメンツは丸潰れだもの。

「…わかりました。」

私は諭吉の入った封筒と、面接のチラシを握り締める。

「あなたの依頼、お引き受けいたします。」



袖の雫
〜序幕<後>〜


「トシ、どれくらいが面接に来ると思う?」
「さぁな。とっつぁんが結構デカく募集広告入れてくれたし、わりと来るだろ。」
「楽しみだな!どんな子をとろうか。」
「子って…。まァ、普通に使える奴なら何でもいいよ。」


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