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万事屋 銀ちゃん


万事屋っつーのは、つくづく面倒な職業だと思う。
自分でやっときながら何だが、ほんと面倒くさい。

用心棒とか荷物の受け渡しとか、そういうのならまだいい。
いやむしろ全然いい。
そういう仕事は大抵報酬もいいからな。

けど「犬が食欲ないから歌舞伎町をひとっ走りしてきてくれ」なんて言われた時は、正直テンションも下がる。
心配なら獣医に行った方が良くね?みたいな気になるし。
運動不足=腹が空かないってのは人間の感覚じゃね?みたいな感じもあるし。

でも依頼は受ける。
よっぽどのことがない限り、どんなにショッボイ内容でも引き受ける。
金を貰うなら、それすなわち仕事。
万事屋として看板を上げてる以上、ここへ持ち込まれた依頼は断らない。

神楽と定春の飯代も安くねェからな。

いつか新八が、
「仕事は選んだ方がいいですよ」なんて一丁前なことを言ってやがったが、ありゃダメだ。
あんな考えじゃ成長しねェ。やっぱ所詮メガネ止まりだわ。

まァそんなわけで、
今回の始まりも松平のおっさんが「報酬は弾む」っつったし、
将軍様を生かすための移動だっつーから乗った話だったけど……

「まさか万事屋に帰れなくなるたァ思ってなかったなー…。」

俺は少し離れた路地裏から、こっそりと自分の家を窺い見た。
家の前には数人の見廻組隊士がウロついている。

「あの様子じゃ神楽と定春も出てるな…。」

おおよそ、異変に気付いて新八のところへ向かったんだろ。
あと家に残してきた気掛かりなもんと言えば…

「あーくそ、昨日買ったばっかのイチゴ牛乳、全然飲んでねェ。」

もったいねェな。取りに行きてェ。
他にもアレとかソレとか、取りに行きてェ。

「…つーか、取り返してェ。」

…違うな。

「あれは、俺の場所だ。」

取られてねェし、帰れないわけじゃない。
しばらくは難しいだろうが、いつか、いつか必ず、

またここで普通に、万事屋を。

「……。」

路地裏から歩み出る。
前を通る時、一階のババァが見廻組に話を聞かれていた。
そのすれ違いざま、目が合う。

「……、」
「……。」

悠々と煙草を吹かし、見廻組と話す姿は「知らない」と言う素振りだ。

もうあのババァに借りを作るようなことはしたくなかったが…仕方ねェ。
次に会う時には、溜まった家賃もひっくるめて、数ヵ月先の分まで払ってやるよ。

それくらいは稼いで帰って来れるはずだ。
ま、生きて戻れたらの話だけど。

「…あ。雨。」

ぽつり、ぽつりとアスファルトが濡れていく。
靴が濡れて、肩が濡れて。

「はァ〜あ。俺、今すげェ働いてるって感じがするー。」

ガラじゃねェだろ、ほんと。


俺は必要以上に歩かず、志村邸へと向かった。
新八とお妙、神楽と定春が心配した様子で駆け寄ってくる。

誰も怪我がねェようで、少しホッとした。

「銀ちゃん、大丈夫アルか?」
「見廻組とやり合ったりしてませんか!?」
「するかよ。なんのための変装だ。」

かぶっていた笠を外す。
お妙はそれを受け取り、「そうよね」と困ったような顔で笑った。

「でも銀さんならやりかねないって話してたのよ。万事屋が占拠されてるとこを見たら、頭に血が上るって。」
「俺はそんな短気じゃねェから。どっちかっつーと、そういう役はあっちだろ。」

アゴで縁側をさす。
その先には、こちらに背を向けて座る土方がいた。

肩を落とし、丸める背中。
情けねェ。あれが今まで鬼だ何だと言われてた男の末路か。

…つーか、あれ?

「おい、土方。」
「……。」

顔を半分だけ振り向かせる。
目は合わない。

「紅涙はどうした。」
「……帰した。」
「帰っ…、…はァ!?」

帰したって…っ、

「バカかお前!」

アイツは見廻組と接点があるんだぞ!?
このタイミングで隙を見せたら、どんな風に絡んでくるか分かんねーだろ!
…て、コイツは紅涙が見廻組から依頼を受けてたこと、知らねェのか?

…まァいい。どっちにしろだ。

「こんな時に一人にするヤツがいるかよ!」
「こんな時だからだろうが!」

ドンッと土方が縁側を打ち付ける。

「心配なら…お前が行きゃいいだろ。」
「あァ?」
「早雨が気になるなら、テメェで連れて来いよ!」
「……。」

それでいいなら、もう行ってる。
でも、アイツが待ってるのは俺じゃない。

俺を…待ってねェんだよ。

「…お前の責任だ、土方。」
「……。」
「お前が行け。」
「…俺は…っ」

打ち付けた拳を、音が鳴りそうなほど強く握り締める。

「俺はもうこれ以上、関係ない奴を巻き込みたくない…ッ!」

その姿に、お妙が口を開いた。

「『もう』って、それは私達のことですか?」
「……、」

お妙が言ってるのは、『すまいる』の一件だ。

喜々が店に来た時、
あの男は「茂々と同じ物じゃ満足しない」と女を斬った。
当然お妙は噛みついて、斬られそうになったり、
土方は土方で喜々に殴りにかかったりして、色々あったんだが…

「私達は、あなた方に巻き込まれたって、土方さんはそう言ってるんですか?」
「…お前らだけじゃない。俺達に関わるヤツ全てだ。」
「お言葉ですが、私達は巻き込まれたなんて思ってませんよ。私達も一緒に戦ってるんです、元の生活を取り戻すために。」
「それで負傷者を増やしたら元も子もねェだろ。近藤さんだって…こんな形、望んでない。」

…だからさァ、

「なんでお前はそうも自己中なわけ?」
「……。」

いい加減、聞いててイライラする。

「勘違いすんなよ。俺達は真選組のために戦ってんじゃねェんだ。」
“茂々の築いた江戸を取り戻すために戦ってんだよ”

志は誰も同じ。
みんな顔上げて、どうにかしようって踏ん張ってる。
ズラですら、その身を犠牲に俺達を逃がしたんだ。
…まァ死んだわけじゃねーけど。

なのにコイツは、

「悲劇の王子さまを気取りてェなら、誰の目にも触れねェとこでやれ。」

コイツはずっと、下ばっか向きやがって。

「……。」
「中途半端に同心なんてやって、未練たらしいったらねェよ。」
「っ…、」
「ぎっ銀さん、そのくらいでいいんじゃ…」

新八が気まずそうに声を掛けてくる。

俺だって…コイツの気持ちは分からなくもねェんだ。
今まで色んなもんを天秤にかけてきた。
護るはずが失って、何度となく後悔した。
その度にどうしようもない喪失感に襲われて、立ち止まってきたんだ。

けど、お前はまだ失ってねェだろ。
今動けば、間に合う場所に望むものがあるだろ。

気付けよ早く。
時間は誰のことも待ってくれねェんだから。

気付け、土方。

「…ごめんなさい。」
“元はと言えば、私のせいよね”

静まり返る部屋に、お妙の謝罪が響いた。

「真選組に続いて万事屋まで…。私があの時…、あんなことをしなければ…」
「アネゴのせいじゃないネ。」
「そうです。悪いのは…」
「何も出来なかった俺達だろ。」

土方がボソッと言葉を漏らす。

「…土方さん、」
「何もできねェ。近藤さんは命を賭して、俺達にコイツを託してった。」

懐から何かを取り出した。
その手に乗るのは、警察手帳。

「だが…このままじゃ…警察のままじゃ、俺達ゃ近藤さんも江戸も、何も護れねェ。」
「なら警察手帳を捨てて、かつての敵と手でも組んで国と喧嘩するアルか。」
「……。奴等はそうすると?」
「……、」

神楽が少し黙る。
そして、

「ゴリラを助けられるなら、誰とでも組んでやるって。」

そう言った。
コイツ…なんでそんなこと知ってんだ?

「でも…」
「待て神楽。その情報はどこからだ。」
「定春の散歩してたら、ドSに会ったアル。そしたら、影の薄い奴とZの人が攘夷志士を連れてきたネ。」
「…攘夷志士を?」

土方が眉を寄せる。

「よりにもよってアイツら、そんな輩と手を…」
「その輩は、攘夷志士としてじゃなく、ただの侍として組むって言ったアルよ。」
「!」

へぇ…粋なこと言う。
捨てたもんじゃねェな、ズラの仲間も。

「つーことは、だ。向こうの準備は万端ってわけだよな。とうとう副長サンは見限られちまったわけか。」
「……。」
「そうじゃないネ。」
「?」

神楽は「あのドSは…」と言う。

「『アイツの指示があるまで動かない』って、言ってたアル。局中法度のなんちゃらがあるからって。」
「……、」

土方の顔つきは変わらない。
だが、

「『近藤さんを救いにいく時も、見捨てる時も、俺はアイツといく』って、言ってたアル。」
「!」

その言葉には、目を見開いた。
手元の警察手帳を見ると、ギュッと握り、懐へしまう。

「……。」

静かに立ち上がると、土方は門の方へと歩き出した。
それを邪魔する無粋な奴は、ここにいない。
全員が、去りゆく背中を黙って見送った。

「…取り戻せるといいですね、元の真選組を。」

新八が口を開く。

「無理だろうな。」

俺は先ほど外したばかりの笠を、再びかぶり直した。

「無理って銀さん…、」
「どう頑張っても、元と同じにはなんねェよ。」

相手は国だ。
この先の争いから全員が生きて帰ってきたとしても、
俺達に、ひと月前と同じ暮らしはきっとない。

それでも…
全て元通りになるわけじゃなくても、
ゼロから創り上げた仲間がいりゃァどうにでもなる。

「アイツもそれを分かってる。分かってて、進むんだ。」

自分の信念と、
誰かを想う気持ちだけを糧に、

「ようやく、戦いの始まりだな。」

俺達は、あがくしかないんだ。



その後、俺は土方の後を追った。
土方は真選組の屯所へ真っ直ぐ向かい、立入禁止のテープを斬る。

まだ少し悩んでるのか、
それとも仲間がいなかったらとビビってるのかは分からねェが、なかなか屯所の扉を開けない。

その背中に、

「忘れもんか。」

俺は声を掛ける。
少しだけ背中を押してやって、土方と扉を開けた。

扉の先には、
ドジャブリの雨の下、
数えきれない人数の隊士が敬礼して、待っていた。

「副長、忘れもんです。」

沖田が土方に隊服を投げつける。
再び敬礼し直すと、

「とっとと着替えて、とっとと指示を!!」

食えなさそうな真選組が、よみがえった。


…と、そこまでならイイ話だったんだが。
問題はその先だ。

雨の中を待ってたせいで、ヤツらの隊服はビショビショ。
洗濯したいだの、せめて乾かすだの言い出すが、
器用に出来るやつは少なく、挙句の果てにはクシャミまでし始める始末。

なにせ、今この屯所には女中がいない。

「お前らって、放っておいたら虫とか湧いて勝手にくたばるんじゃね?」
「うるせェよ。」

土方が涼しい顔で吐き捨てる。
コイツも今や元の隊服姿だ。
だが何食わぬ顔をしていても、さっき沖田に投げつけられたせいで薄汚れている。

「副長サマがそんな格好でいいのかよ。」
「どうせ今から濡れるからいいんだよ。」
「へェ〜?そりゃ何で。」
「わかってて聞くな。」

土方が腰に刀を挿した。

「この真選組には、まだ足りねェもんがある。」
「近藤だろ?」
「それとは別だ。…お前、本気で分かってねェのか?」
「さァな。だが迎えに行く前に、白黒はっきりしてけよ。」
「……。」

手を止め、俺を見る。
俺はその目を真っ直ぐに見た。

「そのためにも、お前に言っておきてェことがある。たぶん、先に耳に入れといた方がいい。」
「…なんだよ。」
「お前らがどこまで把握してるのかは知らねェけど…」

…悪いな、紅涙。
これはお前の傷を浅くするためだ。
だから……

許せよ。

「紅涙は、見廻組から依頼を受けて真選組に潜入した『なんでも屋』だ。」
「……、」
「…あら?意外と驚かねェのか。」
「いや…、これでも結構驚いてる。依頼主までは分かってなかったからな…。」
「潜入のことは知ってたのか?」
「ああ。誰かに依頼を受けて、真選組で働くよう言われたっつー情報は。」
“でもそれが見廻組だったとは…”

土方が眉を寄せる。
怒ってるというよりも、複雑そうに見えた。

「まァ俺の言い方だと、紅涙がスゲェできるスパイみたいに聞こえるだろうけど、別にそういうわけじゃねェから。」
「?」
「アイツは簡単な内容で高額報酬だからって、依頼主を確認しないまま安請け合いしちまったんだよ。」
“で、近藤が連れて行かれる時に、信女から報酬を渡されて初めて全容を知ったって感じだ”

まァ俺でもあの封筒の分厚さなら引き受けてた。
依頼だと頼ってきたのが、普通の格好をした奴なら、なおさら。

「正式な依頼主は佐々木だ。」
「!!」
「紅涙は報酬を突き返そうとしたが、まだ持たせてる。」
「何のために…」
「接触させたくなかったんだよ。」

これは…アイツに言ってねぇことだけど。
あの時の俺は、金を返すなんてこと、本当にどうでも良かった。
それよりも信女から、見廻組から遠ざけたい一心で。

「あれ以上…紅涙と見廻組が同じ空気にいるのは、耐えられなかった。」
「お前…」
「ま、金に罪はねェからな。実際紅涙も働いたわけだし、そのまま貰っときゃいいと俺は思うけど。」
「……。」

土方が難しい顔をする。
やっぱ、アイツに会う前に言ってて良かったな。

「つーわけだから。それも踏まえて、お前の感情がグチャグチャしたままなら、置いていけ。」
「……、」
「中途半端な優しさは誰のためにもならねェぞ。」
「…わかってる。」
「放っていけっつってんじゃねェからな。置いていけよ、自分の手で。」
「っせェな。わかってるっつってんだろ!ちょっと世話になったからって、偉そうにすんじゃねェ。」
「なんだそれ。思春期のガキか!」
「お前こそ母親みてェなことすんな!」
「そこはオカンて言えよ!」
「どうでもいいわ!」

…紅涙、
お前はこの雨の中、どこにいる?
もうすぐコイツがそっちに行くから、答え、受け止めてやってくれよ。

たとえ今回限りの縁になったとしても、お前らの時間がなくなるわけじゃねェ。

どんな結果でも、聞いてやれ。
コイツも、それなりに考えた結果だから。

たぶん、今はそれが一番いいんだ。


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