■ 独り身の憂鬱

『他プレイヤーがあなたに対して《交信》を使用しました』

『……あ、ゲンスルーさん? 今大丈夫ですか?』
 自動音声の後に続いた声は、よく知った女の声だった。はて。飄々として勝手な女だが、無駄な連絡はするなという言いつけを悪戯に破る程の馬鹿ではなかった筈だが。実際、何の前触れもなくこんな日中に《交信》を使用してくるなど初めてのことである。
「……やあ、その声はなまえさんかな。どうしたんだい? 珍しいじゃないか」
 元気にしていたかい?と続けることにより、「周りに他の人間が居るから余計なことは喋るな」と暗に示せば悟るくらいは出来る女だ。わずかな沈黙の後、幾分か小さな声で心底困ったと申し出てきた。
『……ごめんなさい。ちょっと……殺されそうで』
 助けて。か細い声が宙に溶けるように《交信》は終了した。


  ***


「で、お前はこんな雑魚相手に何をやってんだ。あぁ?」
 《磁力》で飛んでくるなり電光石火の早業で悪漢三人を沈め、鬱陶しそうに振り返った男の視線の先には泥で汚れた女の姿が在った。目立つ外傷こそないようだが、その姿を見れば随分と逃げ回ったであろうことは想像に難くない。
「あああありがとう! 助かりました! ううう、怖かったー」
 安心したのだろう。へたり込んだ女に涙目で感謝されるという状態に悪い気はしない。
「この辺に来てからずーっと付き纏われてて。最初はちまちま飛び道具とか使って、遠巻きに嫌がらせするみたいな感じだったんですけどね、なんかどんどん酷くなってきて……」
 来たばかりのゲンスルーでさえ、鎖鎌と大鎌さらにダガー数本というそれぞれ大層な得物を構えた男たちがなまえを弄び殺す気満々であったことは断言できる。つまり実際に彼女の言う通りこれ以上なく「殺されそう」な状態だったわけだが……。
「だったらもっと早く呼べよ。ったく、こいつら最近話題のPKだぞ」
 ソロプレイヤーを標的にして複数人でじわじわと長時間に亘り追い詰めていたぶる手口は目撃者も多く、その分情報も出回り注意喚起がされている。特に、最近はこの辺りでの目撃証言が多いと寄り合いでも話題になったことはゲンスルーの記憶にも新しい。
 お前もそれくらいの情報は仕入れておけと悪態をつくと、幾分か緊張の解けたなまえがぶつぶつと不満を呟くのが耳に届いた。だって、ゲンスルーが言ったくせに。だとかなんとかかんとか。なるほど……まあ、ニッケスを筆頭にした自分たちのチームは勿論として、他のプレイヤーとの関わりもなるべく断てと脅したのが他ならない自分たちだという自覚はゲンスルーにもあった。
 言いつけを守っているらしい女を、あまり責めてやるのはさすがに哀れか。そう思い直し、それきりそこには触れないかわりに意識を失い転がっている男たちへと手を伸ばす。
「……どうするんですか?」
「せっかくだからな。殺す前に目ぼしいカードは頂かなきゃ勿体ないだろう」
 一応、このまま他のメンバーに引き渡してチームにちょっとした話題と団結のネタを提供することも思いついたものの即座に棄却した。"戦闘能力は今一つだが温厚な人格者"という自分がPK複数名に勝利というのは無理がある上、男たちに戦闘能力について証言されれば割を食うのは明らかだ。

 ならば、どうするか。
 経験上、ゲンスルーは熟知していた。必要なのはブックを唱える口だけだ。

 これから与える衝撃で目覚めるであろう男たちが何があっても暴れることが出来ないようにと軽く拘束した後、順番に腕と足の関節を外していく。慣れた手元から次々と発せられる鈍い音になまえが怯えているのが伝わるが気にはしない。それどころか、ひぃぃと半泣きで耳を塞ぐ様子を愉快にすら感じてゲンスルーの口角は知らずと上がっていた。


  ***


 その後……つまり、すっかり戦意を喪失し恐怖に震える男たちを無慈悲に世界から追放した後のことである。
 トレードショップで男たちから奪ったカードを金に引き換えながら、ゲンスルーは隣の女を見つめ考え込んでいた。纏めて売るから色を付けて買い取ってとNPC相手に無駄な笑顔を振りまいて交渉を行う姿は先ほどの印象をより強くさせる。
 つまり、"また"この女に対する認識をいささか改める必要があるとゲンスルーは感じていた。


「そうだなぁ、後はこの《宝籤》《徴収》くらいか。本当にろくなの持ってねぇなぁ、お前ら」
 空ポケットの限界までカードを埋めてみたものの、三人分として考えると到底満足のいかない充実度だ。ゲンスルーの機嫌が下降していくのを感じて男たちは益々縮み上がった。
「……なんていうか、他プレイヤーを狙って殺して狙って殺して、ってことしか考えてない脳筋ここに極まれりって感じのチョイスですよね。コレはないわー」
 逆にすっかり調子を取り戻したなまえは、ゲンスルーと共に男たちのバインダーを覗き込むとそんな感想を述べた。予備の得物と偏りのあるスペルカードのみで構成されたバインダーに、指定ポケットのカードは勿論のことクリアを目指す者が持つようなカードは殆どない。
 さて、貰うものは貰ったしな。今からこのクズの中のクズに引導を下してやろうと一歩を踏み出したゲンスルーに、けれどもなまえが制止の声をかけた。
「まさか今更殺すなとは言わないだろうな?」
「や、その、せっかくだから私もカード欲しいなぁ……って。ほら、カード消滅は勿体ないし。あの、武器系も売れば結構いい金額になるんですよ?」
 何だったら前みたいに一緒に売りに行ってもいいですしとまで言われると、わざわざ断る理由も見つからない。
 ゲンスルーが好きにしろと顎で指せば、なまえは嬉々としてカードの選別を開始した。それはそれは入念に、恐るべき集中力でもって。そしてポケットが満たされた後も自身の手持ちと見比べながら、取捨選択にしつこいぐらいの時間をかけた。
 挙句の果てに《再生》で投げ捨てられた鎌までカード化し収める姿には、さすがのゲンスルーもコメントを控えるしかない。
 ちなみに、狩りに来ていたというなまえのバインダーはすでにあらかたのポケットが雑魚モンスターで埋まっていた。弾かれたカードはモンスターに戻り襲い掛かってくるので、当然ながらゲンスルーが相手をすることになる。もっとも、大概のカードは一目散に逃げ出すのだけれど面倒な役目に変わりはない。

 よし、もういいですとなまえがにっこり笑ったのを合図に、いい加減に飽きていたゲンスルーは即座に迷うことなく的確に、男たちの息の根を止めた。一刻も早く楽になりたかったし、苛立ちを晴らしたかったから。


  ***


 トレードショップを後にするなまえは相場より幾分か好意的な値が付いたと大層機嫌が良く、一方のゲンスルーは売却時の交渉という行動に思い至らなかった自身にそっと舌打をひとつ。とはいえ、隠しコマンドなのかバグなのかの判断に迷うような気の長いやり取りは見ているだけで面倒臭く、決して真似したいものではなかったのだが。
「せっかくですし、一緒に晩御飯食べませんか? 結構いい額になりましたし、助けてもらったお礼もかねてぱーっと」
 礼と言うが、実はすでに店で七:三で取り分は得ていた。半々、もしくは六:四であれば追及するところだが、売却成立と同時に当然のように七割を差し出されればこれで妥協してやろうという気にもなる。しかも内訳の殆どがなまえが選んだカードである。この上、食事代まで出すとなれば女の三割はどれだけ残るだろうか。
 そう考えた自分に言い訳をするかのように、勿論、何か狙いがあっての申し出ではないかと警戒しての思考だとゲンスルーは自身に念を押す。決して、女の身と懐を案じているわけではないのだと。
「……見咎められては不都合だと、再三言っているだろう」
「やだなー、大丈夫ですって。PKに襲われて泣きついた非力な元メンバーを助け、PKを"追い払って"くれた"恩人"相手ですよ。その漢気と恩に懐かれるようになるのも当然の流れです」
 そして、その「追い払われた」PKが、手負いの所を他の誰かに"退治"されたっていうのは、また別のお話です……よね?
 続けられる言葉に、よくもまあそこまで可愛げのない思考をするものだとゲンスルーが視線を送れば、彼を窺うなまえの予想外に不安げな表情が目に入った。密かに驚嘆する。……なるほど、気丈なふりをしていても、さすがにあんな目に合った後は心細いのだろうか。
「……悪くはない」
 珍しい姿に、彼は気を良くした。
「雑なシナリオだがまあいいだろう。日も落ちて来たし、飯くらいは食ってやらんこともない」
 返した言葉は本当にただの気紛れだった。だが、そんなもので、そんな風に喜び笑うのだから本当に……悪くはない。緩みそうな口元はさっさと皮肉で歪めさせてしまうに限る。

「で? そんなことを言い出すってことは、何か食いたいもんでもあんのか」



(2014.01.22)
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