■ 4 「あら」 「おう」 今夜も遅くなるだろうし、帰りにコンビニに寄ったら逢えたりして。 なんて軽く期待しながら駅へと向かっていたら、途中の道でばったりにゃんこに会ってしまった。それ自体は嬉しいのだけど、今から用事のこのタイミングってのがなんとも惜しい。 「やあ。こんな時間に珍しいね、部活は?」 「チッ ねぇ日もあるんだよっ」 うわーお、怖い。早々に地雷を踏んだようですよ。どうするよ私! いくら優しいおねーさんでも、こうツンツンされると笑顔を保てないよ。ええい、勿体ないけど仕方ない。ここは変に突っつかず、早々と退散してしまおう。 「そうなんだ。じゃあ、またね」 さらばだ少年!と胸中で呟き先を急ごうとするのに、不機嫌な蛭魔くんがそれを遮る。 私の対応は確実に不機嫌を悪化させたね。うん。あからさまさっきより不機嫌だね。うん。怖いね。 「おい」 「な、なによ」 いやーん。なんか空気がピリピリどころかギリギリしてるんですけどー。 やだなぁもう。苛立ってる男の子なんて超面倒じゃないの。と身構えたというのに、それきりだった。自分から呼び止めた癖に、蛭魔くんは一向に何も言う素振りを見せないし、じっとこちらを見つめるだけだ。 「えーと、蛭魔くん……?」 相手の出方がわからないのは不安だけど、このまま沈黙が続くのもしんどいので恐る恐る声をかける。するとついに、への字の口が開いた。そして……不機嫌極まりない顔からは、予想外の言葉が飛び出した。 「暇だ。暫く付き合え」 ええーっと、聞き間違いではない……よね? 正直、耳を疑った。けれど「おい」と私の返事を催促する態度から、幻聴で無いのは明らかだ。出会って四度目、おしゃべり三度目にして、蛭魔くんからのお誘いですよ。うわあ。凄い。なんて急展開。 ただ、この台詞だけ聞いたら猫が初めて手からご飯を食べてくれた……くらいに感激なのに、ムードの悪さは相変わらずなのがねぇ。 だってほら、今も変わらず空間がビリビリしているよ。懐かれた系の甘さとはほど遠い空間だよ。明らかに八つ当たりです。やけくそです。っていうこの空気じゃなかったら、嬉しいお誘いなんだけどなぁ。 けれどまあ、嬉しくても嬉しくなくても、私の行動は決まっているのだけれど。 はあ、と溜息を一つ吐くと、蛭魔くんの瞳がかすかに揺れた……気がした。 「えーっと、出来ないことはないけど……そうだ、ご飯一緒に食べる?」 「……おう」 うわあどうしよう。仏頂面が一瞬驚いた顔になって、すぐまた仏頂面に戻ったのを、おねーさんしっかり見ちゃったよ! 意表をついてやったという喜びと共に、胸がきゅんと音を立てる。こういうところがやっぱり素直なんだよね、この子は。仕方ないなぁ、可愛いなぁ。 ちょっと待ってねと声をかけて、さっそく鞄から携帯を取り出す私。そして、それを見つめる蛭魔くん。 素早く開いたメール画面で、書く内容は決まっている。ドタキャンは好きじゃないけど……まあ、明日しっかり謝ろう。 「これで、よしっと。じゃあ、一緒にあっちのスーパーまで行きましょーか」 「……はぁ?」 「ん? ご飯食べるんでしょ? 二人分の食材は無いから、なんか買って帰らないと」 あ、そうだ。ちゃんとお家に「晩御飯食べて帰る」って連絡入れといてね。 そう言って振り返れば、そこにはさっきのビリビリした空気を纏う不機嫌くんの代わりに、困惑する可愛い少年が居た。 えーっと、高校生男子って何が好きだろう。 やっぱりお肉がいいのかな。鶏?豚?いや、ここはやっぱり牛?あー……でも、牛肉って高いしなぁ。まあ、とりあえずはスーパー行ってみて、それから考えればいいかな。 (2013) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |