■ これはこれで、乙なもの

「ふふっ、そんなに気持ちいいんですかぁ」

 もちもちの柔肌で挟み擦りあげれば、面白いように男の喉から低い声が漏れた。
 当然だ。というか、そうでないと困る。だってほら、谷間に感じる陰茎の硬さと熱さは彼の興奮を如実に表しているのだから。びくんびくんと脈打つそれの先っぽから、だらだらと垂れる先走り。透明でぬるついた液体はくちゅりと水音を立てながらひと擦りごとに陣地を広げていく。自分の皮膚と他人の肉の境目が馴染んでいく様子を文字通り肌で感じながら攻め続けるというのは、なかなか新鮮な体験であり、なんともそそられる光景だった。

「サブったら、凄い。どんどん溢れて来るのわかります? ほらぁ、もうとろとろですよ」

 わざと見せつけるように動かせば、当たり所がよかったのか、視覚的によかったのか。半開きの薄い唇からこぼれ落ちる切なげな吐息を受けて、私の内側に何度目かの小波が立つ。昼間とはまるで違う、それどころか他の二人と一緒になって私を嬲る瞬間ともどこか違う顔にどきりとして、大きな身体を窮屈そうに縮めてこちらに合わせようとする姿にぞくりとした。一応、私自身はどちらかと言えば受け身が大好きな傾向ではあるのだけれど、こうも素直にねだられるとその気になる部分がないわけでもなく。つまり、奥底からどろりと湧きあがる欲のままに振る舞えば、こうしていつになく大胆になってしまえるのである。

「止まらないみたいだし、栓……しちゃいましょうか」
「……ちょっ、まっ……それっ、やばいって!」

 包んで挟んでという定番の刺激に喘いでいたサブが私の言葉にびくりと腰を引くけれど、もちろん止めてなんてあげない。次の姿勢に移るべく、ぴったりと挟み込んでいた乳房を離して、蜜を吐き出しつづける穴に狙いを定めてふうっと息を吹きかければ面白いように跳ねた背がきれいな弧を描く。
 抵抗が薄れたのをいいことに次の行動に移る自分が、片方の手で胸を抱えながらもう片方の手で男の性器を掴む自分が、どんな表情をしているかなんて鏡で確かめなくてもわかってしまう。どうしようもなく上がってしまう口角を嗜めるようにぺろりと下唇を舐めたところで、逸る思いは加速するばかり。強要されるどころか自分から、胸の先端を男の身体へと近づけた。ぶるんと揺れた陰茎の期待に応えるだけでなく自分自身の期待に応えるために、ぷっくりと水分を滲ませる彼の割れ目に押しあてる。ただでさえなめらかな皮に覆われた亀頭は先ほどからの行為ですっかり滑りがよくなっていて、その質感を胸の先で確かめる度にむずむずとくすぐったい感覚が胸からお腹の奥へと響いていく。指でされるのとも、舌でされるのとも違う、すべてが私の制御下にあるようで、でも決してそうではない、確実な刺激には一歩届かないもどかしさばかりが溢れる触れ合い。恥ずかしいくらいに尖って硬くなった膨らみを男性自身に擦りつけるという行為自体への後ろめたさも甘い疼きを引き起こす。
 重ねた部分から広がる熱が全身にまわる感覚を愉しみながら、サブに見咎められるかもしれないと思いながら腰をくねらせる。重心が移動するに合わせて脚の間がささやかな慰めを得る。けれども、こんなものでは到底たりない。自分で仕掛けておきながら勝手に焦らされた気分になっているお手軽な私を笑っていいのはサブだけだけれど、見上げた先の彼は彼でそれどころではなかったから主導権が移る心配はなかった。眉間に皺を寄せ奥歯をぎりりと噛み締め荒い呼吸を繰り返す男を眺めながら、うっとりと頬を緩める。

「ほらぁ、あっという間にもうこんなに、私の先っぽまでぬるぬる……今なら本当に、栓、できちゃうかもしれませんね」

 いやいやと首を振るサブとは裏腹に、ぴんと上を向いたその場所はどくりと大きく震えてまた蜜を溢れさせた。欲しい欲しいとねだる正直なお口には、ご褒美をあげないと。どこぞの外道のようなことを囁きながら、撫でる動きから抉る動きに転じるため手元を動かす。狭い穴を無理やりこじ開けて、きゅうっと自身を嵌め込むように。常日頃ほとんど触れないことを思うと幾らか乱暴な行為にもかかわらず、次から次へと与えられるぬめりのおかげで引っかかりは感じない。残念ながら完全に挿れることは叶わないけれど、敏感なその場所が私の仕打ちに健気に応えようとする様子はなんともいじらしく胸を打つものがある。分泌液にまみれながら鋭い角度でぐりぐりと穿れば、気持ちがいいのか苦しく辛いのか判断に迷うような濁音が降ってきた。狭くなっていた視野を少しばかり広げると、筋肉質な身体が仰け反った拍子に作り出した芸術的な陰影が見渡せた。荒い息に合わせて上下する割れた腹や、その後ろに垣間見える血管の浮いた逞しい腕といい、どこからどう見ても隙のない肉体がどうしようもなく淫らに染まっていく姿は正直かなり見応えがある。

「目ぇ、瞑っちゃだめですよ。どんなふうにされているのかちゃんと見ててくれないと」
「……あっ……やっ……」

 たまに不思議に思うことがある。その声が、その反応が、ぞくりと私の下腹部を疼かせることをこの男はどこまで自覚しているのだろうかと。扇状的な仕草のいったいどこからどこまでが意図的なのだろうかと。
 私の言いつけによって恐々と瞼を震わせるサブはどこまでも従順な大きな愛玩犬のようだ。けれど垣間見える瞳を知ればそんなことは錯覚だとわかってしまう。欲に夢中なこの男が従っているのは私という他者ではなく、私を通して得られる自身の快楽でしかないのだから。案の定、サブは大好きな女の部位が自身をもて遊ぶ光景にごくりと喉を鳴らした。その後も堪えるように寄せられた眉間の皺は相変わらずだったけれど、薄く開いた瞼の奥は食い入るようにしっかりとこちらを向いていたから上出来だ。

 かくして、今日も今日とて胸以外の愛撫がほとんど貰えないどころか指一本のお愛想挿入もないまま主導権握りっぱなしで突っ走る私は、結果としていいように扱われているだけの状況といえなくもない……のだけれど、まったくもって困ったことにこういうのが愉しくて仕方がないのも確かなのである。というわけでまるで反省はしていないし、またの機会があれば同じように張り切ってしまうことも目に見えていた。
 責められるのも、いいように扱われるのも好きだけれど、こうして攻め手に回るのもなかなかに悪くない。というか、まあそれはこの男の反応が絶妙だというのが大きいのだろう。低く響く声と、快楽に揺れる表情という素直な反応が、いちいち私を盛り上げ愉しませてくれる。こんなにいい反応が返ってくるならばサービスの甲斐があるものだ。構われたがりのなまえさんとしても学ぶところが多い。

「なまえ、もうっ……」
「おやおや。じゃあもうちょっとだけ我慢してみましょうか」
 名残惜しいけれど局所的な責めはお終いだ。乳房全体でふんわりと挟みなおして、期待たっぷりの眼差しを素通りするように意地悪く緩慢な動きに変えると切なげな吐息が不満を伝えてくる。もごもごと唇を噛むばかりで直接的なことを口にしないのが"らしい"といえばらしい。だからつい、その物言いたげな目に免じて許してあげてしまう。
「そんなに出したいんですかぁ。仕方ないですねぇ。じゃあ……かけるのと中に出すの、どっちがいいですか?」
 選ばせてあげますねとにっこり笑って二択を投げつつも、責めの手を休めはしない。二の腕に力を入れてむぎゅむぎゅと圧迫してみたり、激しく上下に動かしてみたり。面白いように煽られてくれるサブからいよいよ切羽詰った声があふれ始め、ついに「中で……」という返事を得た瞬間、してやったりという喜びでいっぱいになる。口元が下品に歪むのがわかったけれど、身体を駆け巡る興奮を前にしてはささやかな失態でしかない。

「いいですよ。さあ、盛大に出してくださいね」

 より圧力がかかるように角度を変えて、サブの言う"いい感じ"を保持するために腕を抱え込む体勢でぎゅっと絞めあげる。そのまま力加減に気を配りながら動かせば順調にサブの呼吸が独特のリズムに変化していく。こうなってしまえば先は短いから、下手にどうこうするより彼なりの定番をなぞる方が効率がいい。
 やがて、サブが小さく息を詰めた。一拍置いて胸の間のものがびくりびくりと跳ねて、おなじみの感触とツンとした刺激臭を連れてくる。反射的に息を吸い込めば、出されたばかりのそれが身体の内側にも広がるようで堪らない。背筋をぞくぞくと駆け上がる衝動には覚えがあったから、このまま身を任せることにする。目を閉じて、今度は自分のためだけに上半身を抱きしめて、さっきまでと同じように力を込めれば挟んだままのバラがふにゃりと潰れた。
 においが、充満する。
「……んっ!」
 たったこれだけ。挿入どころかまともに触れてもいない場所がひくつく余韻を味わいながら、肺の中を空っぽにするイメージでほうっとため息をひとつ。ああ、きもちよかった。意識を飛ばすような強烈なものではないけれど、身体の中をぐるぐる回っていた熱の始末としては及第点だと自画自賛しておく。
 以前なら考えられなかったことだけれど、なんというか最近ではこういうのもアリになっていた。胸だけでどうこうとか、ずっと焦らし続けてどうこうとか、全身ぶっかけだけでどうこうとか、そういうアレコレに付き合わされるうちに妙なレベルまで上がってしまったらしい。まったく人生なにがあるかわからないなと自分の要領の良さに呆れつつも、そんな内心を気取られないように居住まいを正す。もっとも、私の比ではない重く深い余韻に浸っているサブにこちらを気にする余裕はないだろうけど。

「おつかれさまでーす」
「……なまえ、凄すぎだって」
「えへへ嬉しいなぁ。いっぱい出ましたよねぇ。ほら、こーんなにぬるぬる」
「ちょっ、今そういうのは……!」
「……あ」

 慌てたサブにほとんど引き剥がすように距離を取られたまでは微笑ましい話で済むけれど、ぽたりぽたりと零れた余韻によってシーツにしみができたのは少しばかりいただけない。行為の最中なら気にならない青臭いにおいも、ひとたび日常に戻ってしまえば好ましいとは言い難いもので。せめてこれ以上の惨事にならないうちに処理してしまおう。
「あー……いや、お前はいいから、ちょっと待ってろ」
 こういうのはオレがやるからとベッドサイドに手を伸ばすサブの姿が記憶の中の姿と重なる。思えば最初から、やることをやっているくせに妙に遠慮がちなところがあった。別に、舐めろと言われたら舐め取るし、飲めと言われたら飲むくらい平気なのだけれど。というか実際に他の二人がいつもそんな感じなので今更だ。それでも、いつもこの男だけは申し訳なさそうな顔をする。最初こそそんなサブを優しいと誤認したものの、こうも付き合いが長くなればさすがに違うとわかってしまう。あまりにも極端だから、最近ではあれだけ甘えながら最後の最後で割り切れずにいる男に少しばかり腹を立て始めているくらいだ。どうせなら満喫すればいいのに、私だってちゃんと愉しみを得ているのに、と。
 だから今日もこうしてだめ押しのつもりで言葉にする。
「本当に気持ちよさそうにしてくれるから、がんばり甲斐があります」
 あー、たのしかったなー。甘えるようにもたれかかった先がびくりと強張ろうとも気にしない。露骨な逃げ腰すらもお構いなしで、鍛えられた熱い胸板を狙ってぐりぐり額を押しつける。ねえねえ、疲れましたよ。もう寝ちゃいましょうよ。気ままな顔で求めていけば、根負けした腕に抱きしめられるまでさほど時間はかからなかった。
 ここにあるのは愛でも恋でもないのだから、世に蔓延るまともなやり方なんて気にするだけ損だろうにね。悪党のくせに真面目だなあ。などと失礼なことは思うだけに留めて、やりたいようにやる私はサブにぴったりとひっついて目を閉じる。自分とは違う体温と鼓動がじんわりと肌に馴染んでいくこの時間が好きだった。とくんとくんと少々早い響きを子守唄にして睡魔に身を任せる。男の身体ってやつは、どうしてこんなに熱くて心地がいいんだろう。



(2014.03.09)(2020.11.23 改訂)
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