■ 足下ご注意アースクエイク

 それなりに旨くてそれなりに賑わっている小さな飯屋の片隅で、ふたりの男は遅めの昼食をとっていた。

 ふと、その片方の……この時分にはなかなか見かけることもないような、立派なリーゼントと太い眉が異彩を放つ青年が顔を上げた。初対面の人間ならまずひるむようなこの荒く鋭い視線を、まっすぐ受け止めることになったのは壁際に設置されていたモニターである。
 四角い画面の中では、派手好きとして知られる美人芸能人と愛らしさ満載の写真集が話題の童顔アイドルがテロップ付きの会話を繰り広げている。絶妙なタイミングで挿入されるSEはいずれも賑やかな笑い声で、さらりと眺めただけでもこれがお手軽に楽しむ用の番組だと理解できる作りだ。
 めまぐるしく繰り広げられるトークはみるみる白熱し、百戦錬磨を絵に描いたような美人二人は会場を巻き込みながらより声を張る。洪水のように押し寄せる笑いの中で、彼女たちがこんなにも熱烈に語る話題は何なのか。親切なことに、それも画面の隅に書いてあった。
 つまり、今日の話題は「最高のデート&最低のデート 赤裸々告白!」らしい。

 なあ、お前。リーゼントの先をモニターから移さないまま、まるで一昔も二昔も前の青春から抜け出たような熱い風貌の青年が口を開いた。
「そういえばお前、アイツに無茶なことねだられてたり、してねぇか?」
 黙々と料理に向き合っていたもう一人の男は、パーカーのフードを揺らしてなんだと視線だけを返す。ちなみにこちらの男は、リーゼントとはまた別の意味で特徴的な外見をしていた。
 ぎょろりと動くやたらと大きな目と服の間から覗く緑色の皮膚は明らかに異質で、見る者全ての注目を集めることは必至だろう。特殊メイクだろうと流すには、自在に動く尻尾を含めて男の全てがあまりにもリアルすぎた。そして、だからこそ。人造物ではなく百パーセント天然物の外見を持つ当人としては、今更好奇の視線などどれだけ受けたところでもう何の感傷もわかない、意味もないものになっていた。
 故に、くるりと尻尾の先を丸めて座る緑色の男は、ちらりちらりと向けられていた視線には一切の反応を見せることなく、ただリーゼントの問いにのみ反応する。
「はぁ? いきなり、なんだってんだ?」
「いや、思い出したんだがよぉ。こないだ同僚連中と飯食った時、なまえの奴が珍しくこの手の話題に食いついててな」
 あれ欲しいとかあそこ行きたいとか、これして欲しいとかこんなこと言って欲しいとか。そんな面倒なこと言われてねぇか? 気遣うように尋ねられ、肉片へ向かっていたフォークがぴたりと動きを止める。そのままぱちりと大きな目を瞬かせると、何かを言いかけ……けれども結局何も口にすることなく、ゆっくりと閉じてしまう。
 言葉を諦めたらしいその口が数秒間の沈黙の後、深い深い溜息を返答として吐き出した。

「おいおいマジかよ。お前、もしかして……なんか相当な無理難題ふっかけられたのか? ちなみにその時のネタってのはよぉ、えっとだな、確か夜景がウリの展望レストランで優雅なディナーだとか、貸切ヘリで空中散歩とかだったっけな。あとは記念日でもなんでもない日に敢えて豪華なプレゼントだとか、バラの花束持ってデートの誘いだとか、高級車でデートだとか。まったくそんなことどこの男がホイホイやるんだ、ってくらいに気障ったらしいことばっかりだったんだがよぉ」

 呆れるよなぁと一通り笑ってみせた後でひょいと笑みを引っ込めて真顔になった男が、やけに鋭い目でフードの下を覗き込む。
「けどアイツ、変に夢見がち……つーか影響されやすいからな。なあ、一つ二つは馬鹿みたいなことも言われたんだろ?」
 リーゼントことナックルから追求の言葉と視線を受けて、メレオロンが困ったようにフードの下の目をくるりと動かした。そのまま、むしゃむしゃごくんと喉が鳴らされる。ナックルが(彼にしては)辛抱強く見守る前で、やがて小さく乾いた声が吐き出された。
「……その、全部だな」
「……はぁ!?」
 さすがのナックルも、その返答には目を剥くしかない。驚くと同時に続きを促す意図をふんだんに含んだ視線をメレオロンへと向ける。それをまともに受け、ただでさえ半眼になっていたメレオロンはそのまま顔を手で覆うともうヤケだというように言い放った。
「ああ、ほぼ全部だ。あとは劇場の一等席での観劇とかな。仕立て屋に連れてかれて上から下まで用意されたり、歯の浮くような言葉もおまけされたっけな」
「……はぁ?」
 先ほどとはいささか異なる調子で、ナックルは声を上げた。
 なんだろう。なにか、ひっかかる。その言い方では、まるで……?
「おい、お前、もしかして……」
 それ以上は問うてくれるな。もう何度目かの溜息は、ナックルにとってなによりの答えとなった。反射的に口にしかけていた言葉をひっこめて代わりを探すが、そうそう気の利いた言葉など思いつかない。

 まさか、「乙女の憧れ! 一度は経験したい素敵デートプラン十連発」なんて見出しがぴったりな、あの夢見がち過ぎるプランを実現させたなんて。しかもなまえの奴は……それらの実現をメレオロンに要求したのではなく、自らメレオロンに向けて用意したというのだから。
 彼女の、こうと決めれば見境がないところや執着しだしたら容赦がなくなる性質は知っていた。ああいうところは昔から変わらない。ただ、いつもその熱の向かう先は、物言わぬ本であったり書類であったり、はたまた情報を自分の手で紙に記録するという行動そのものだったりしたのだ。
 それが稀に生身の男に向かうこともあったが、なにせ無駄に空回っては暴走するなまえのことだ。だいたいの場合で関係が成立する前に引かれていた。だから彼女の場合、手当たり次第に吸収している文字の分だけ知識は豊富だが、実体験の方はというとまるで追いついていないことも想像に難くない。文字通り壮絶な耳年増(いっそ「目年増」と言うべきか)である彼女が、見聞きした情報の再現をと考えるのはまあわからないでもないことなのだが。

 しかし、なぜ、それを自分からやってしまうのか。「彼からの嬉しいサプライズ」という乙女思考には欠かせないだろう大前提を、こうもかなぐり捨ててしまうのか。
「なあ、アイツはお前をどうしたいんだ?」
「……しらねェよ」
 ああもう、本当にな。オレの方が、お前に教えてもらいてェよ。なんなんだよ、あいつは。おかしいだろ、どう考えてもマジで。それともアレか。もしかしてこっちの社会の"女"ってのは、みんなあんな感じなのか?
 ぼやくメレオロンが結構本気らしいことに気がついて、ナックルは慌てて首を振る。なまえは言うまでもなく"アレ"だし、思えばこの友人が次に多く接しているだろうパームだって系統は異なるがかなり"アレ"だ。
 けれど、たまたま近くにいた二人が二人とも"アレ"だったからといって、"アレ"がスタンダードだと思われるのはその他大勢の女性に対して申し訳がない。結果的には盛大になまえを見捨てることになるが、こんな大多数に対して不名誉な誤解を植え付けたままメレオロンを帰すわけにはいかないだろう。
「つーか、アイツが変なのは……そうだ、前にも言っただろ。アイツがおかしいのは、お前に対してだけだって」
 ただ、そうは言ったところで。アイツがまさかそこまでおかしくなるなんてのは正直予想外だったんだけどな。続けて思ったことは口には出さず秘めておく。

「そうは言うがなぁ。あいつは、そりゃ茶化してなら散々好きだなんだと騒ぐくせに……真面目な調子でなんて、なんも言われた覚えがねェんだぜ?」

 瞳をぐるりと一周させたメレオロンが極め付けのように口にした一言を受け、フォークの先を口に含むまであとコンマ数秒というナックルの手がぴたりと止まる。固まった表情のまま首だけをぎぎぎと動かして見やれば、不満気な言葉を口にした当の本人は自分が何を口走ったのかさっぱり理解していないようだ。
 これだけあからさまな好意を向けられて、あれだけ露骨な行為を受け入れて、その上で、さらに最後の一押しを待っているのか……?

 なるほどな。これじゃあ確かに……"乙女"側はお前より、こいつのほうが相応しいかもしれねぇな。
 この場にはいない話題の中心を思い浮かべたナックルが気の抜けた思いでくすりと笑えば、一体どうしたのだと今度はメレオロンが首を傾げる。

「いや、そのな、別に大したことじゃねぇんだが。ただ、そんなに言葉が気になるんならよ、もう、お前の方からアイツに確かめりゃいいんじゃねぇか」

 でねぇとお前、いつまでもお姫様扱いから抜け出せねぇぞ。
 きょとんとする友人から後ろのモニターへと視線を戻せば、画面はいつの間にかスポーツ中継に変わっていた。



(2014.11.23)(タイトル:銀河の河床とプリオシンの牛骨)
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