リビドーの混沌 - 春風
露呈と邂逅は唐突に

似鳥愛一郎

──なんで…!!

どくり、嫌に大きく波打つ鼓動。脈打つ血流の温度がじわじわと徐々に上がっていく感覚。体の奥の奥が鈍く疼く。意思を侵食する生体反応の予兆に、上昇する内臓温度と裏腹に背筋がゾクリと冷えてゆく。


──なんで!この前来たばかりなのに。まだ一ヶ月も経ってないじゃないか…!

額にじわりと嫌な脂汗が滲む。がくがくと足が震える。このままじゃダメだ。一刻も早く薬を飲まないと。


「…っ、先生、すみません!お手洗いに行ってきます」

やっとの思いで黒板の前に立つ数学の教師にそう告げて、クラス中からの視線を浴びながら足早に教室から出る。不幸中の幸いだったのは、その後すぐに授業終了のチャイムが鳴ったことくらい。


どくどくと波打つ心臓を両手で強く強く抑え込み、廊下をほぼ小走りに過ぎ去る。
早く。早く、誰もいないところに。

すると、廊下を数人の体操着を着た生徒が歩いているのが目に入った。
そう言えば確かこの前松岡先輩も、この休み時間に体操着姿で歩いていたのを見たような。

「…!」

──どうしよう、どうしよう。松岡先輩だけには、気付かれたくない。

あの人は、僕の憧れだ。オメガの立場はひと昔前までとは違って改善の傾向にあるけれど、この男子校のような特異な環境では、僕のような存在は目立ってしまう。

──だから、だから必死になって隠して来たのに。あの人に侮蔑の視線を向けられたくなくって、頑張って隠して来たのに…!


やっとのことで人気のない裏校舎のトイレの個室に駆け込んで鍵を閉めて、そのままズルズルと座り込む。

呼吸がしにくい。酸素を吸い込もうと口を開くけれど、漸くできるのはヒューヒューと細くて浅い息づき。
早く、薬を飲まないと。そう思って意思に関係なく震える手をポケットへと伸ばした、その次の瞬間だった。


──ガンッ!!
外から扉を蹴られた鈍い音が、トイレに響き渡った。

「ッ、?!」

「ねぇねぇ、そこにいるのだぁれ〜?」
「すっげーイイ匂いするんだけど、ちょっと出てきてくんない?俺らと気持ちイイことしようよ」


──本当に、最悪だ…!
人気のない場所を選んだのが、こんな最低の形で仇になるなんて、思いもよらなかったのだ。

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春風