リビドーの混沌 - 春風
露呈と邂逅は唐突に

似鳥愛一郎

「考えたら、泉と出会ってもう一年が経つんだね」
「…そうだな。お前と病院で出会ったのが、確か中三の冬だったか」
「うん。…あの時、泉は僕がオメガだってすぐ見抜いたよね」
「オメガ同士は何となくだけど分かるもんだ。後はまぁ…長年の勘ってヤツだよ」

僕はオメガだけれど、今まで泉以外にオメガの人に出会ったことがない。だからもしかすると、僕はバース性を見分ける力が人より少し鈍いのかもしれない。


「アルファの連中は、俺たちのことは敏感に反応するからな。中には鈍いヤツもいるけど」
「そっかぁ…」

その点、泉はきっと誰よりも周囲に気を張り巡らせて生きているのだということが、この一年でだいぶ分かってきた。
高校一年の入学当初の泉は、まるで警戒心の強い野生の獣のような目をしていた。今では漸く気を許すことができる友達が数人できたみたいだけれど、それでもまだまだ泉の生き方は見ていてとても辛くなることがある。


「でもお前、松岡って先輩には知られたくなかったんだろ」
「う…まぁ、そうだけど…」

そう。僕は…松岡先輩に、見られてしまった。
見られること自体、今更僕にとっては何でもない。けれども、松岡先輩が今まで通りに接してくれなくなるのかと思うと、眼球の裏が焼け付くようにに熱くなって視界がボヤけ始めた。…次に松岡先輩と顔を合わせた時、僕、泣かずにいれるかな。


「こうなった以上、仕方ないよね…」


僕は元々薬が効きやすい体質で発情期はそれ程辛くはなく、その発情期自体も一日か二日という短いものだった。だから、いつもそれが来る日になると、学校を休んで実家に帰省して過ごしていた。実家は比較的寮からも近いし、お母さんが車で送り迎えをしてくれるから、何の不便もなく過ごせていた。
けれどもう、そんな生活はきっとできないだろう。あんなにオメガの体質的に不安定な出来事があったのだから、もう、そんな緩い生活なんてできやしない。


「部屋割りは、今から一人部屋に変えることもできるってよ。それについては、体調が落ち着いたらまた話しに来いって、あのうるせぇ部長が言ってた」
「もう、うるせぇ部長って…。ああ見えて御子柴部長はすごい人なんだよ」
「俺の先輩じゃねぇし心底どーでもいい」


かく言う泉は、人よりもオメガ性が強い。だから寮には入らず、鮫柄学園にも近いセキュリティ対策が徹底されているこのアパートで一人暮らしをしているんだと前に言っていた。
だからこそきっと、僕よりも大変な経験をしているんだと思う。泉は何も言わないけれど、泉の他人に対する態度を見ていたら何となくそう思う。元々竹を割ったような裏表のない性格をしているけど、その分冷たい人間に勘違いされていることだってしばしばだと思う。

「明日は朝イチで病院行くぞ。…今更迷惑もクソもねぇからついてってやる」
「……」

そっぽを向いてぼそりとそう言った泉に、数秒間を開けて思わずクスリと笑ってしまった。

「…ありがとう。泉は僕のもう一人のお母さんだね!」
「誰がお母さんだ、はっ倒すぞ」

そんな乱暴な口調だけれど、実は誰よりも優しいその瞳を向けてくれる泉が、僕は大好きなのだ。


- 続 -

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春風