リビドーの混沌 - 春風
各々へ訪れる変革期

松岡凛

あの衝撃的な出来ごとから、既に三日が経った日の放課後。あの場に居合わせたことと同室だということが関係して、俺は御子柴部長と顧問の杉本先生と共に、人払いをした更衣室で似鳥と対面していた。

「似鳥、体調はもう大丈夫か?」
「はい!ご心配とご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!」

そう言うなりガバッ!!と勢い良く体を九十度に折り曲げて頭を下げた似鳥の肩に、御子柴部長のデカい手がポンと置かれた。


「いいや似鳥、顔を上げてくれ。今回のことは俺の配慮が足りてなかった」
「いや、御子柴くんは悪くはない。私は君のバース性を知ってはいながら、君ならば問題ないだろうと思って見過ごしていたんだ。私の考えが至らなかった…本当に、申し訳ない」

そう言って頭を深く下げた部長と顧問の杉本先生に、似鳥が男にしては小さな手をアワアワと高速に右往左往させる。

「いえ!!本当に僕は大丈夫ですので!!その…僕が言わなかったのが、悪いので」


似鳥のその謙虚な言葉に、部長はいつものように笑ってみせた。

「いいや、似鳥。そういうのを言える環境を作れてなかった俺が悪い。だからお前は謝ってくれるな」
「…ッ、ありがとうございます」
「ただ何せ、御子柴家は殆どがアルファで、俺はオメガ性の人間に会うのが初めてでな…。これからは、何かあったら遠慮せずにすぐ言ってくれ。できる限り対処はするし、整備も整えていこうと思っている」
「!はい!分かりました!」

確かに正直なところ、俺の家も俺がアルファで母さんと江はベータ、父さんはアルファだったけれど今となっては話す機会もねーから、性差についてなんて今まで深く考えたことなんてなかった。
だからこそ、身近にオメガがいることについて、柄にもなく緊張している自分がいる。


すると、ふと思い出したかのように部長が口を開いた。

「そう言えば…あの東雲くん、だったか?あの子もオメガなんだな。それはもう物凄い剣幕でこっ酷く叱られたよ」
「ええっ?!そうだったんですか?!」

それに目を剥いた似鳥だったが、俺も内心では驚いていた。


「ああ。何で入部する時に何も確認してねぇんだ、入寮する時に書類も渡されんだろーが!アンタの目は節穴か!ってな!なんだ、東雲くんに聞いてないのか?」
「いえ、聞いてないです…」

──正直、舌を巻いた。
他の部活に所属している人間だからできることなんだろうか。もしもそうだとしても、仮にも運動部に所属しているらしい後輩であるにもかかわらず、部長という立場の人間にそんなことが面と向かって言えるだなんて。肝が座り過ぎだと思う。


「お前のことを本当に大切に思ってくれてるからこそ、あれだけ怒ってくれたんだと思うよ。似鳥、いい友達を持ったな」
「ッ、はい…!」

その御子柴部長の言葉にボロボロと大粒の涙を零し出した似鳥を見兼ねて、たまたま手に持ってたタオルを渡してやると、ありがどうございまずと濁音付きの礼を言われタオルを引っ掴まれた。そのタオルで遠慮なく顔を拭ってるのを見て、肩の力が抜けた。


ただただ先輩に付き纏う面倒くせぇヤツだと思ってたけど…。

「(なんだ、コイツも結構おもしれー奴だったんだな)」

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