後悔の先(後悔の先V)


「……正直な話、あの二人は為政者に向いていません。
民に際限なく施しを与えるだけで、何故困窮するか、それを解決するにはどうすれば良いかを考えない。それは問題の表面しか見えない人間の典型です。
下手をすればその施しをするための金は民からの税で賄われていることすら頭に無いでしょう。

そしてあの二人は己の中の絶対正義を疑いません。
自分が正しいと思えばそれを声高に叫び、異を唱えるものを悪と称し弾圧します。
これで政治をやろうという方が、無理なんですよ」

陛下へのお礼を終え、屋敷へと帰還した私はキムラスカのことについて早速旦那を問いただしていた。
いや、問いただすという表現はおかしいだろう。
旦那は多少嫌そうな顔をしたものの、それでも私が望むならと私でも解るように話してくれたのだから。

「そんな二人と一緒に旅をしていたのでしょう?」

「このような言い方は貴女は嫌でしょうが……あの時はルークという絶対悪がいました。
いわば共通の敵を持つ事で団結していたわけです。
何か不満があればルークのせい、何か問題があればルークが原因、そう思い込み罵倒する事で結束を保っていた……ルーク本人もまた、アクゼリュスの件を負い目に感じていたのでしょう、それを甘んじて受け止めていました。あるいはルークなりの、贖罪のつもりだったのかもしれません。

しかしまぁ、ナタリア達も心の奥底ではルークだけが悪いのではないと解って居たと思いますよ。
でなければルークを貶しつつもパーティのリーダーに据えるわけがありませんから」

「責任を押し付けていたのではなく?」

「そうですね、あるいはそういう腹積もりもあったのかもしれませんが……私にはそこまで頭が回るメンバーが揃っていたようには見えませんでした」

かつて共に旅をした仲間達に対し辛辣な言葉を吐きながら、旦那は上着を脱ぐ。
私はそれを受け取り、クローゼットへとしまっておく。
本来ならばメイドの仕事だが、今日は使用人が来る予定が無い。つまり自動的に私の仕事に割り振られるのだ。

「……キムラスカは、あとどれくらい保つのでしょうか?」

「……長くて1年といったところでしょうか」

「それは貴方の見解ですか?」

「私と陛下から見て、ですね」

「そう、陛下もそうおっしゃるのなら、長くはもたないのでしょうね」

「貴方の家族をコチラに呼びますか?」

「いいのですか?」

「妻の家族です。構いませんよ。陛下の許可もとってあります」

「では、お言葉に甘えて声だけはかけておきます」

そう言いつつも私は弟や母がマルクトに亡命してくるとは思えなかった。
家族に甘く何だかんだ言いつつ私を養ってくれていた二人だったが、根っこは生粋のキムラスカ人だ。
例え爵位は低くとも、貴族としての誇りもある。恐らく国と運命を共にするだろう。
そんな事を考えつつ、会話が終わったと判断したらしくくるりと背を向けて研究室へと行ってしまった旦那の背中を見送る。

ルーク様のこと以外、私達夫婦に普通の会話というものは無い。
必要最低限の連絡事項くらいで、後は殆ど私が嫌味を飛ばすか今日のように世界情勢について話したりする程度だ。
だから私も引き止めることなくため息をつき、今日のうちにやれることはやってしまおうと着替えてから屋敷内を駆けずり回る。

簡単な掃除、食事の準備、洗濯に加え、一番面倒なのが大量に届けられる手紙の仕分け返信を書くこと。
ただ中にはレプリカ保護区域で過ごしているレプリカ達からの個人的な手紙だったり、感謝状なども混じっているためにそちらは別口でとっておいてある。

旦那はこれだけは一度は自分の目を通すことを希望する。それはいわゆる悔恨と呼ばれるものだろうが、私は黙ってふりわけるだけだ。
それに一度目を通しただけで捨ててくださいと言うが、どうも中身はちゃんと覚えているらしい。

一体あの頭には何が詰まっているのか心底不思議でたまらない。
たまに同じ人間なのか疑いたくなる時もある。
だが、旦那がレプリカ達に心を砕き、レプリカ達に感謝されているのは私にも解った。

キムラスカはレプリカ保護法を作ってレプリカを保護し、その保護したレプリカを養子として迎える制度をつくり、レプリカを一般人の中に溶け込ませようと考えた。
一見レプリカを一般人と差別しない素晴らしい法案に見えるものの、これはまずレプリカを養子として迎えたがる人間がほぼ居ないという問題を経て一気に愚策へと摩り替わることとなる。

そして保護者が見つかるまで保護されたレプリカ達はろくな教育を施されることなく、ひたすらに自分達を養ってくれる人間を待つ日々を送ることになった。
勿論、それ以外にも問題はある。

よしんば保護されていたレプリカ達に保護者が見つかったとしよう。
だがそこで慈しんで貰えると、どうして言い切れる?
奴隷のように扱われる者、暴力のはけ口にされる者、酷い者だと第七音素の塊としか見てもらえなかった者も居ると聞く。
ナタリア様が提案したレプリカ保護法はこうしてただの愚策へと成り下がり、今では保護施設にて無意味に時間を消費しているだけのレプリカ達が溢れているらしい。

そしてこれは飽くまでも噂として聞いたのだが、最も最悪なケースだ。
それは保護施設内で虐待の末に乖離したレプリカは架空の家族に貰われていったことにされ、その虐待は発覚することなく今も続いている、というもの。
これを聞いたとき私はよくもまあそこまで残忍になれるものだと吐き気すら覚えたものだった。

そしてこれはマルクトに来てから知ったのだが、マルクトの最初のレプリカ保護に関しては旦那が全て指揮を執ったのだという。
旦那はレプリカを保護する際、軍部付近にレプリカ専用区域を作りそこにレプリカを収容することを提案したらしい。

最初こそ死霊使いらしいレプリカの人権を無視する扱いだと言われた提案だったが、後に人々はそれが隔離ではなく保護であると気付いたという。
レプリカ達はその区画で教育を受け、職業訓練をこなした後、住んでいた区画の町とはまた別の町へと就職していくのだ。

人は異質なもの、理解できないものを忌み嫌い排除しようとする。
だからこそ刷り込みをされただけのレプリカは排除の対象になるが、教育を受けさせ一般人と遜色の無い程度になったレプリカならば人に紛れることができる。
別の町に就職するのもそのためだ。

生まれ育った町ならば顔見知りがいる分レプリカだとばれてしまうが、全く知らぬ土地に行く事でレプリカか被験者かどうかを誤魔化せるということだ。
保護区を軍部の近くに置く事で一般人による虐待行為ができないようにし、更にレプリカをただ保護するだけでなく一人で生きていけるよう教育する制度を確立したことは、マルクト内部でも高い評価を得ているらしい。

でも、そんな評価を聞かなくとも解る。
目の前にたくさん積まれた、レプリカ達からの手紙。
それぞれにちゃんと名前もある。
養父母から名前をもらえるようにと、番号で呼ばれるキムラスカのレプリカ保護施設とは違い、保護区に迎えられたレプリカ達は皆被験者とは違う名前を与えられるからだ。

『ルーファス・レミリオ』
『アリス・ルイス』
『リチャード・クルーガー』
『カラン・カロン』
『ユーリ・タイロン』

皆旦那へ感謝の言葉を綴り、時に悩みを告白し、中には就職先から近状報告をしてくる手紙もある。
これらは全て、5年前の旅路を後悔している旦那の贖罪の成果であると、解る。解ってしまう。

刷り込みがありながらも教育を受けさせるのは、無知を嘲笑われることがないように。
職業訓練をさせるのは、年相応の生活を送ることができない子達が苦労しないように。
全く見知らぬ土地へと就職させるのは、レプリカであることでいじめられないように。

どれもこれも皆、5年前に犠牲になったルーク様の悲劇を繰り返さないためだ。
そしてそれとはまた別に、レプリカの身体でも何かあったときのためにと研究を繰り返す……。

「まだ作業していたんですか。バチカルと違って冷えますから、せめてショールか何か羽織って下さい」

気付かぬうちに時間がたっていたらしく、背後から声をかけられてのろのろと顔を上げた。
少しも驚いた顔をせずに、旦那は自分が羽織っていた白衣を私の肩にかける。
窓の外を見ればいつの間にかレムは沈んでおり、私はそんなことにも気付かないほど作業に没頭していた自分に密かに驚いた。

「ああ、またあの子は手紙を送ってきたんですか。そんなお金があるなら貯金するよう言った筈なんですがねぇ」

旦那は振り分けた手紙を手に取ったかと思うと、優しげに瞳を細めながら封筒を一つ手に取る。
慣れた手つきで封を破り、分厚い手紙の束を取り出したかと思うと視線だけを動かして文章を追っていく。

「慕われて、いるんですね」

「残っているレプリカ達の保護は、あの子との約束ですから」

しかしぽつりと呟くように言った私の台詞に返ってきたのは、酷く無機質な声だった。
瞳はしっかりと文章を追っていて、私の方には見向きもしない。

「近々キムラスカにも同じ法案を持ちかけるつもりでしたが……今となっては難しいでしょう。
キムラスカから逃亡を図り保護を求めるレプリカを保護区に囲っていった方が早いくらいです。
保護区を卒業して就職しているレプリカ達の献金でレプリカ保護区を広げることも可能ですし、卒業生を集めて新しく街を作ろうというプロジェクトも立ち上がっています。
今ではレプリカ達に支えられているのか、レプリカ達を保護しているのかわからないほどです」

手紙を読み替えながら旦那が説明する。
そしてレプリカ達からの手紙ではなく、蜜蝋で封のされた手紙を手に取ったかと思うとペーパーナイフを使って封を開ける。
それは仕事絡みで届いた封筒だった筈だと顔を上げれば、先程とは打って変わって冷え冷えとした視線で文章を追う旦那の瞳が合った。
何か悪いことがあったのだろうかと思うが、仕事のことに口を出す気は無い。

「ルーク様とのお約束を守ってくださるなら、私は何も言いません」

そう言いながらもうそろそろ夕飯の支度をしなければと思い至り、今日の作業は終わらせようとまだ仕分けの終わっていない封筒をまとめる。
テーブルの上を片付けていると、珍しいことに旦那の重苦しいため息が耳に届いた。
そして名前を呼ばれたために顔を上げれば、そこにあったのは苦々しい顔。

「すみませんが、今晩は外食でも宜しいですか?」

「急に何です?」

「貴方にも話しておいたほうが良いかと思いまして。少し重い話になりますし、たまには良いでしょう」

「……解りました。支度をします」

「お願いします。ああ、正装はしなくて結構ですので」

封筒をひらりと見せながら言われた言葉に、私は黙って従う。
私にも話しておいた方が良いであろう重い話、などと言われても想像もつかなかったが、特に逆らう理由も無い。
この時思ったのは夕飯を作る手間が省けたということくらいで、多分私は相当呑気だったのだろう。

そしてやってきたのは、ずっとずっと願っていた、不幸になれ呪われろという私の願いが叶う瞬間だった。


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