厳しめSS詰め合わせ(振り回されるは常識人)
(補佐官ヒロイン/導師奪還作戦/捏造最強イオン様/苦労人シンク/アニス厳しめ/暴力系/おまけがちょっとだけ甘)
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ココまでとは思わなかったよ」
地を這うような声で言ったシンクは、完全に堪忍袋の緒が切れていた。
私は触らぬ神に祟り無しということで黙って口を閉じて背後に立っている。
ココはマルクトの戦艦タルタロスの甲板だ。
周囲には居心地悪そうにしているマルクト兵と、シンクに怯えている神託の盾兵が入り混じっている。
いいな、私もあっちに混ざりたい。
切れたシンクは怖いのだ。
導師イオンがマルクトの兵によって誘拐されたのが一週間前。
被験者の因子をこれでもかというくらい引いたお腹の中が真っ黒なシンクの七番目の兄弟は、よりにもよって一番役に立たない守護役のみを連れてマルクト兵に誘拐されてくれた。
彼の性格を考えると"これでマルクトに借りができる"とわざと誘拐されたのだろうというのは、後始末に追われたシンクの談である。
主席総長と大詠師というツートップ不在時に起きた導師誘拐事件にダアトは上から下までの大騒ぎで、暴動の鎮圧という仕事もあってそりゃあもう大変だった。
お陰でここ数日副官である私も寝不足なのだが、ココで足並みを衰えさせれば後でイオンから何を言われるか解ったもんじゃない。
笑顔で胃に優しくない毒を履かれるのはごめんだと、私もシンクもそりゃあもう頑張った。
なので何とかダアトを落ち着かせ、詠師達とラルゴやリグレットにダアトを任せて私とシンクでグランコクマに抗議に行った所、マルクト陣営は皆目玉が飛び出るほど驚いていた。
ピオニー陛下なんて顎が外れそうになっていたし、隣に控えていたゼーゼンマン参謀長なんかは思い切り倒れていた。
当たり前といえば当たり前だろう。
此方の被害はそりゃあもうすさまじい。
導師の不在により滞った公務の損害賠償に、教団本部の修繕費や傷ついた教団兵の治療費、そしてマルクト兵が起こしてくれた暴動の後始末を含めた慰謝料。
これらをまるっとマルクトに請求させていただくことになるのだから。
ここ数年教団離れの道を歩んでいたマルクトだ、どう転んでも頭の痛い話になる。
それでも何とか取り繕いつつ、誘拐事件は一兵が勝手に行ったことでマルクトの総意ではないという言葉を頂いた。
というかそれしか言いようが無いよね。
なので導師を取り戻すためにマルクト内に騎士団兵を出入りさせる許可を貰い、ついでにマルクトの高官を一人借りる約束を取り付ける。
ついでに誘拐犯の身柄引き渡しを要求すれば、何故かそれは後回しにされた。
漏れ聞いた情報によれば、どうも誘拐犯は陛下の幼馴染らしい。
それを伝えれば「賢帝だって聞いてたんだけど、噂は当てにならないもんだね」とシンクは嘲笑を浮かべていた。
多分寝不足が続いてハイになっているのだろうとスルーしておいた。
その後アスラン・フリングス少将に同行を願い、アリエッタ率いるサモナー師団(別名魔物遣い師団)と合流してようやく導師のいるタルタロスへと乗りつけることができたのだ。
私たちが訪れたことに気付いて甲板に現れた導師イオンはそりゃあもう良い笑顔を浮かべていて、腸が煮えくり返っているのが良く解った。
今すぐ回れ右をしたい衝動を抱えながらも何とか踏みとどまれたのは、シンク一人を生贄にさせるわけにはいかないという心からである。
それから少し遅れてやってきた導師守護役に対し、シンクは盛大に切れた。
まぁそうして話が冒頭に戻るわけだが…。
人を殴る鈍い音が耳に届いた。
しかし誰もそれを咎めないし、驚かない。
アリエッタを含め、神託の盾騎士団は全員当たり前だという顔をしている。
「っ、なにすんのよ!?」
「アニス・タトリン奏長、だっけ?
アンタに少しでも軍人としての誇りがあるなら、今すぐ腹掻っ捌いて自決してくんないかな?
導師を守りきれない導師守護役なんて神託の盾には要らないんだよ。この役立たずが!」
再度、シンクの拳が振りかぶられた。
思い切り吹き飛んだタトリン奏長にシンクは非常にゆっくりとした足取りで近寄っていく。
そして逃げ出そうと起き上がる前にタトリン奏長の顔を思い切り踏みつけた。
「アンタ、誘拐犯の手引きまでしたらしいね…。
アンタがやったのは導師に対する裏切りだって解ってる?
アンタのせいで教団の被害は甚大だ、何人の兵が傷つきどれだけの損害を被ったと思ってるのさ!」
「ぅ…あっ、で、でも…っぐ!」
「言い訳なんて聞きたかないんだよ。今すぐココで頭蓋骨踏み割ってやってもいいんだよ?」
聞こえない筈の頭蓋骨の軋む音が聞こえた気がした。
終わりそうに無い断罪に私はため息をつき、こりゃ役割分担をしたほうが早いなと頭の中で結論を出す。
多分アレはイオンに対する恐怖により仕事に追われた八つ当たりも含まれている。
シンクは優秀ではあるものの、中身はまだ2歳の子供だ。
目の前のことに囚われて周囲が見えなくなるのはこれが初めてではない。
なので神託の盾兵に囲まれて(表情だけは)怯えた様子の導師に向き直り、目の前で跪いた。
「お怪我も無く何よりです。第五師団副師団長ルビア・ガーネット響手です。
お迎えが遅れてしまい、申し訳ございません」
「構いません。こうして来て下さったのですから。
シンク謡士は…その、随分と荒れていますね…」
「導師が誘拐されてからほぼ不眠不休ですから。
ですが導師のお心を騒がせるほどではありません、放っておけば宜しいかと」
きっぱりと言い切れば、導師イオンはきょとんとした後朗らかな笑顔を見せてくれた。
多分ろくでもないことを考えているんだろうなと思いつつ、"誘拐"の言葉に否定が入らなかったことにほっとする。
「お疲れではありましょうが、どうかお早くダアトへお戻りくださいませ。
導師が誘拐されたのと同時に、導師が監禁されているとの誤報が出回りダアトにて一般市民による暴動が起きました。
神託の盾兵による鎮圧が行われましたが、導師のお姿が見えないことに信者の心の乱れも続いているでしょう」
「解りました。僕が姿を見せる事で彼等が安心してくださると良いのですが…」
「導師のお心が伝わらない筈がありません。さ、どうぞアリエッタ響手と…」
「困りますね。イオン様にはして頂きたいことがあるんですよ」
一足先にダアトへお戻りください、という言葉は慇懃無礼な言葉によって遮られた。
振り返れば眼鏡を掛けたイケメン将校が立っている。
その背後ではマルクト兵が顔を青ざめさせていて、変なのが出てきたと私は心の中で思い切りため息をついた。
「……どなたです?」
「私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。
イオン様には頼みたい仕事があるんですよ、今帰られては困るのです」
「成る程…貴方が"あの"ジェイド・カーティス大佐ですか」
導師を守るように前に立ち、今回の誘拐劇の主犯を睨みつける。
視線だけで周囲を見渡せばシンクはぼろぼろになったアニスを踏みつけたまま此方を見ていたし、同行していたはずのフリングス少将の姿は近場には見当たらない。
どこに行った!!
内心舌打ちをしつつ、カーティス大佐に声を張り上げる。
「そちらの事情など知ったことではありません。
導師は返していただく」
「成る程…貴方も妨害派、ということですか」
「頭も回りすぎると一週回って馬鹿になるようですね。
誘拐犯にわざわざ導師を渡すわけないでしょう」
「イオン様には同意していただいています。誘拐などではありませんよ」
その言葉を聞き、意識はカーティス大佐に向けたまま首だけで導師を振り返る。
導師は困ったような顔をして音叉の杖を握り締めていた。
その演技が今は憎たらしい。
「確かに…協力するとは言いました。しかし同行するとは言っていません」
「成る程。やはり誘拐のようですね」
言質を得て再度大佐を睨みつければ、彼は笑みを消して眼鏡のブリッジを押し上げていた。
「導師は返して頂きます」
なので再度宣言すれば、彼は鬱蒼と目を細める。
空気が軋むような、僅かな敵意が肌を叩く。
まさか此方を排除して導師を奪うつもりではあるまいなと、すぐ動けるように腰を落とした矢先、いつの間にか消えていつの間にか戻ってきたフリングス少将によって剣呑な空気は霧散した。
「この、マルクトの恥さらしが!」
温和な性格の筈のフリングス少将が、剣を鞘に収めたまま思い切り大佐を殴る。
まさか味方(と勝手に思っている)から攻撃を受けるとは思っていなかったのか、大佐はあっさりと殴られた。
そのまま捕縛の指示を受けていた兵達が大佐を取り囲み、譜術封じの手錠を掛け、更にロープでぐるぐる巻きにしている。
猿轡をかけられ動けなくなった大佐を必要以上に手荒に扱っているように見えるのはきっと気のせいではない。
内部からもあまり良い評価を受けていなかったというのがよく解る光景だった。
フリングス少将は大佐が拘束されたのを確認すると、こちらに向き直り丁寧に謝罪してくれた。
「申し訳ございません。すぐに拘束するべきでした」
「いえ、しかし一体どちらにいらっしゃったのですか?」
許可を得たとはいえタルタロスはマルクトの戦艦だ。
勝手に動き回るわけにはいかないだろうと甲板で待っていたのだが、勝手に消えられては困ることこの上ない。
それだけの理由があったのだろうなと視線で問えば、少将も同じように視線だけで理由を教えてくれた。
少将の視線の先に居たのは、赤い髪と緑の瞳をした青年が一人。
「……何故、キムラスカの、王族が…こ、こに?」
ひくりと頬が引きつる。
確かにこれでは優先順位もひっくり返るだろうと納得できたが、おかしいだろう色々と!!
「カーティス大佐に……連行されて乗船されていたそうです……」
信じたくないといった口調でフリングス少将は教えてくれた。
…………今、何かおかしい言葉が聞こえた気がした。
「れん、こう…?おうぞくを?れんこう?」
「はい……」
「アイツ、身分ってもんを理解できないわけ…?」
いつの間にか歩み寄ってきたシンクの呟きに私は外れかけていた顎を必死に止める。
導師の前でアホ面を晒すわけにはいかないからだ。
その後、フリングス少将からピオニー陛下が直々に謝罪したいと仰っていると聞いた導師は、それを(どこぞの誰かが暴動なんぞ起こしてくれたせいでダアトに帰らないといけないからと)丁寧に断り私とシンクに代わりにグランコクマに行くように命令した。
ふざけんなというのが本音だったが、そうするのが一番丸く収まる形だったのだ。
そもそも少将は導師の奪還と大佐の捕縛という任務で私たちに同行していたのだ。
だというのに、眼鏡大佐のせいで急遽誘拐されていたらしいルーク様の護衛と送迎まで勤めることになってしまった。
しかしルーク様をグランコクマ経由でキムラスカまでお送りするのであれば、大佐の護送とルーク様の護衛、そしてピオニー陛下の謝罪相手を連れて行くという三つの任務を同時に遂行できるのである。
そりゃあ、少将には同情はする。
なんてったって少将の任務は全て阿呆な眼鏡大佐の尻拭いなのだ。
同情が湧かない方がおかしいだろう。
けれど、折角導師を送り届けた後は惰眠を貪れると思っていたのに何だこの仕打ち。
またピオニー陛下に謁見とか、しかも導師の代わりに謝罪を受けろとか、居心地の悪いことこの上ないじゃないか。
「では、お願いしますね。シンク謡士、ルビア響手」
「畏まりました」
「どうぞお気をつけて」
しかしまぁ、導師の命令に逆らえる訳がなく…。
私とシンクは渋々グランコクマへととんぼ返りするはめになるのだった。
おまけ
「シンク、アリエッタの魔物からおてまみ届いますよー」
「はァ?まさか任務の追加とか言わないよね?」
「中身は知りませんよ。読んでませんし」
グランコクマにてピオニー陛下から謝罪を受けた私たちは、用意された宿屋にてようやく一息ついていた。
そもそもこの謝罪自体がマルクトの面子を立てるための上っ面だけのものなのだ。
陛下もそれが解っているため、簡素な謝罪の後にすぐに賠償の件へと話をスライドしていた。
マルクトには大きな借りが作れましたねと笑顔の導師が脳裏をよぎるものの、すぐに頭の中から追い払う。
ダアトに居ない間くらい、引っ込んでいてほしい。彼の笑顔は胃に優しくないのだ。
まぁ宿屋で一晩休んだらダアトに帰らなければならないのだが。
シャワーを浴びたシンクに手紙を渡し、次は自分が入ろうと着替えを用意していると、シンクが髪を拭くのもそこそこに手紙を読み始める。
そしてすぐにその口の端が上がり、楽しそうに私を呼んできた。
「何ですか?」
「今回頑張ったから、後はヴァンに押し付けてグランコクマで休んで来いってさ」
「え!?マジですか!?」
「マジだよ。三日だけど有給もとってくれたらしいよ?」
「あの導師が!?」
「そ、あの導師が」
シンクの言葉が信じられず、思わず手に持っていた着替えを落としてしまいそうになった。
年中無休で笑顔で毒を吐き人を顎で使う上気に入らない相手は苛め抜く、本性を知る人間からは鬼畜導師と揶揄されるあの導師が……有給を用意、だと?
「何か裏があるのでは…?」
「今回の王族誘拐の件、どうもヴァンの妹が起こしたらしいんだよね。
それで兄であるヴァンと上司であるモースに責任とらせてしょっぴかせるらしい」
「つまりヴァンとモースに命じられて裏で動けそうな人間を統括している私たちに帰って来るなって言ってるわけですね?」
「そうとも言うね。ついでにココらへんで餌を与えておこうとかそんな事考えてんじゃない?」
納得。
シンクの言葉に頷きながら導師の考えそうなことだとダアトに思いを馳せる。
多分今頃ストレス発散と言わんばかりに導師権限を振りかざし、詠師達を震え上がらせているのだろう。
しかしまぁ、休みは休み。しかも久々のシンクと一緒の休みである。
詠師達のことはとっとと忘れ、グランコクマを楽しむことにしよう。
「もらえるものは貰っておきましょう。次はいつもらえるか解りませんし」
「そうだね。久しぶりに二人でゆっくり過ごそうか」
そう言って笑うシンクは水も滴る良い男だ。
私も釣られて笑いながら、降ってくるキスを受け止めるために目を閉じた。
初の厳しめです。
今までちょこちょこ入れてはいましたが、厳しめを中心に書くのは初めてです。
何かしり切れトンボです。アニスだけで終わらせれば良かったかも。
おまけはやっぱり夢小説なんだからと無理矢理入れてみました。
おてまみは手紙のことです、言わないですかね?うちの地方だけかな?
最強イオン様大好きです←
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