灰かぶりの夢を見る(めでたしめでたし)
「あらあら、まあまあ」
報告を聞き終えた後、どうしようもないわねと言外に滲ませたことがばれたのでしょうか。
メイドの者に咎めるように見られた気がしましたが、にこりと一つ微笑んで黙殺すればメイドはそれ以上言及することはありませんでした。
アレから幾度かの逢瀬を経て、わたくしはルーク様の元に嫁ぎました。
見知らぬ土地と馴染みのない習慣に最初こそ戸惑いましたが、お義母さまはとてもよい方ですし、ルーク様もわたくしを懸命に支えようとしてくださいました。
だからこそわたくしも連れてきた使用人達とファブレ公爵家に馴染めるよう努力し、その甲斐あって今は時期公爵夫人として振舞えていると自負しております。
何より初期に情報網を構築することが出来たのが大きいと思うのです。伝を教えてくださってお義母さまには感謝してもし足りません。
お城の小鳥から聞こえてきた囀りはとても役に立ちました。まあ、小鳥が鳴かずともあれ程の解りやすければ嫌でも目に入るのですけれど。
「どうかしたのか?」
「聖女に黄金は似合わぬと」
「また何かやらかしたのか、あの二人は」
不快げに顔を顰めるルーク様はメイドたちを下がらせると、わたくしの背後に立ちガウンを羽織らせてくれます。
わたくしはそれに甘えてガウンに袖を通すと、首元をするりと撫でたルーク様の腕がわたくしを抱き寄せました。
背後から包み込まれるこの体勢がわたくしはとても好きなのです。口には出してはおりませんが、ルーク様もそれを薄々察していらっしゃるのか、こうしてよく抱きしめてくださいます。
それはさておき、メイドたちが下がったのならば遠まわしな言葉を使う必要はありませんね。
「お二人の不仲は嫁いできた頃から表立っておりましたから。しかし最近は目に余ります。
貴族同士ならば足の引っ張り合いは常ではありますが、お二人の行為は余りにも目立ちすぎますから」
アシュレイ様やインゴベルト陛下も頭を抱えているとわたくしの耳にも漏れ聞こえてきますから、相当なのでしょう。
もしかしたらわたくしの耳に入っていないだけで、もっと血にぬれたやり取りすらしているのかもしれません。
ナタリア姫はともかくとして、メシュティアリカ様がそこまで権謀術数に優れているとは思えませんが、取り巻きが厄介ですから。
「民衆にまで噂されているようだからな、もう火消しどころじゃない」
そう言ってルーク様はわたくしを抱き上げると、二人で使用しているベッドへとわたくしを運んでくださいます。
未だ剣士としての鍛錬を怠らぬルーク様の身体は逞しく、わたくしは安心して身を任せることが出来るのです。
以前何故もう前線に出るわけでもないのにそこまで身体を鍛えるのかと聞いたことがあります。
その際、守ると約束したからと少し照れた様子で答えてくださったルーク様に、わたくしは不覚にもときめいてしまって……。
それ以降、わたくしは心からルーク様をお慕いしているのです。
「このまま続くようであれば、流石のインゴベルト陛下やアシュレイ様も動かざるをえないでしょう」
「ああ、王家の醜聞を撒き散らす二人を黙ってみている義理はないからな。再三の制止にも耳を貸さない以上、俺達も止められない」
わたくしをベッドへ下ろしながらどこか痛みを堪えるような表情をされるルーク様に、わたくしの胸までじくじくと痛むような心地です。
ルーク様はご本人の並々ならぬ努力の果て、以前とは比べ物にならない程貴族社会に馴染まれるようになりました。
しかしながらその優しい心根は変わることなく、時折こうしてお心を痛めておられるのです。
ルーク様の繊細なお心は変わらぬが故、以前の花の咲くような笑顔も時折見せてくださいます。
しかしこうして痛みも敏感に受け止めてしまうところを見ると、それが幸せなことなのかわたくしは解らなくなってしまうのです。
「ルーク様、ルーク様がお心を痛めることではございません」
「……ああ、解ってる。俺の声は二人には届かなかった。届かなかった以上、俺が口を挟むべきじゃない。公爵子息としてそこまでは許されない。解ってるさ」
わたくしの言葉にルーク様は自分に言い聞かせるように呟くと、サイドランプの明りを消し、わたくしの上に乗しかかって……ああ、お待ちくださいませ!
「あ、あ、お待ちくださいませ!あの、その、嫌というわけではないのです!しかしどうかお待ちを!」
ルーク様がなさろうとしていたことを察したわたくしは慌ててわたくしの衣服に手をかけていたルーク様の手を握りました。
ルーク様はそんなわたくしを訝しげに見下ろすと、改めてサイドランプの明りをつけてわたくしの隣に寝転びます。
「どうした?そんな慌てて」
「あ、あの。その、もうひとつお話があるのです」
「話?」
まだ何か共有すべき情報があったかとルーク様が視線をさ迷わせて考えこまれます。
確かにお二人の失脚が間近であるというのも大切な話なので後回しにしておりましたが、わたくし達公爵家のものにはこちらのほうが一大事なのです。
まだお義母さましか知らぬお話ですし、かん口令を強いていたからルーク様のお耳には入っていなかったのでしょう。
ファブレの使用人やメイドは本当に有能ですね。
「はい、落ち着いて聞いてくださいね。……子ができました」
「…………へ?」
「子供が、できました。ルーク様のお子が、わたくしのお腹に宿ったのですよ」
まるで彫刻のように固まってしまったルーク様のお顔はほんの少しだけ笑えました。
なのでそれを誤魔化すように咳払いをした後、もう一度はっきりと言って微笑めば、じわじわと言葉の意味を理解したルーク様の頬が赤らんでいきます。
「……えっ、うわ、まじか……マジか!うわー!うわー!!」
「ルーク様、言葉遣いが乱れていらっしゃいますよ。それと今は夜中ですから、もう少し声を抑えてくださいませ」
興奮状態になったルーク様を咎めれば一瞬だけ怯みますが、それでも我慢しきれないのか、口元を手で押さえながら小さな声でうわーうわーといい続けています。
ちょっと可愛いです。
「うわー……俺にも子供、作れるんだ……あー……嬉しい、かも」
「かも、ですか?」
「いや、かも……じゃないな。嬉しい、うん、嬉しい!ありがとう、ルビア!」
未だ興奮状態が抜けない中、ぎゅうぎゅうとその逞しい腕に抱きしめられて……そんなに喜ばれるとわたくしもまた嬉しくなってしまいます。
そっとルーク様の背中にわたくしも腕を伸ばせば、愛おしいといわんばかりにルーク様がわたくしに頬ずりをしてきました。
大の大人に言う台詞ではないと解ってはいるのですが、何故この方はこんなにも可愛らしいのでしょうか……?
「俺に家族をくれてありがとう、俺を幸せにしてくれてありがとう、これからもずっと、ずっと、ルビアを守るから」
そう言ってルーク様から口付けの雨が降ってきました。ああ、こんなに幸せでいいのでしょうか。
そう思いながらもわたくしもまた唇を合わせます。
「いいえ、わたくしこそルーク様に嫁げてこんなにも幸せなのです。本当に、ありがとうございます」
口付けの合間にそう伝えれば、ルーク様は花が綻ぶように笑ってくださいます。
その笑顔を見て、わたくしは確信いたしました。彼がわたくしを愛してくださる限り、わたくしはこれからも頑張れるのだと。
おとぎ話のようにめでたしめでたしとはいかないでしょう。
それでもルーク様が愛してくだされば、わたくしはどんな困難でも乗り越えられる。そう思えるのです。
「お慕いしております、ルーク様」
そう言ってわたくしから口付ければルーク様は少し驚いた顔をした後、照れ照れとしながらまたわたくしの身体を強く抱きしめて。
また降ってくる口付けの気配に、わたくしは幸せを噛み締めながら瞳を閉じるのでした。
灰かぶりの夢を見る
ツィッターにUPしたものに大幅に加筆したものでした。
続きを思いついたので頑張って書いたのですが、一日がかり……大変だった。
総数何文字だ?
ティアとナタリアの泥沼は書きたいと思わないのでカットしました。
一応二人もタイトルどおり、"幸せを夢見た灰かぶり"なんですけどね。
夢見ただけで叶ってない方の灰かぶりですが……まあ二人とも灰かぶりほど謙虚ではなかったのでこのオチです。
ルーク、幸せになるんだぞ!
2018/08/14
清花
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