厳しめSS詰め合わせ(白と墨)


自分――ルーク・フォン・ファブレにとって、目の前で何やらグダグダ言っている軍人はとても哀れな存在だった。

ここはマルクトの水陸両用方戦艦タルタロス内部。
ライガ・クィーンの住処の移住に関しての交渉を無事終えた後、眼鏡をかけたマルクト軍人に不法入国だといって連行されたのだ。
最初は機密事項がてんこ盛りの戦艦に敵国の王族を乗せるための方便かと思ったが(だってルビアがそうじゃないかって言ってたし)、どうやら目の前の軍人は本当に俺を罪人だと思っているらしい。
そのせいで一緒にマルクトに誘拐されてしまった幼馴染の一人、ルビア・シェル・コンスタンティスの機嫌が急降下しているのだが、生憎とマルクト軍人は気付いていない。
大丈夫だろうか、この軍人。主にオツムとか、頭とか、脳味噌とか。

「説明をしてなおご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」

長ったらしい話の後、そう言った軍人に俺は首をかしげた。
彼は俺に力を貸して欲しいと言う。しかも、内容も話さずに。
協力するしないはまず横に置いておくとして(本当はしちゃいけないが)、俺は純粋な疑問を覚えてその疑問を解決するために口を開く。

「えーと…名前、なんだったか」

「……ジェイド・カーティスです」

「そうそう、カーティス大佐」

一度聞いたが、忘れていた。
まさか忘れられていると思わなかったのか、再度名乗った大佐の声はちょっとだけ低い。
しょうがないだろう。エンゲーブで会った時は再会するなんて思ってもみなかったのだ。
俺の態度が気に入らなかったのか、襲撃犯がキッと目を吊り上げて言う。

「ルーク、大佐に失礼でしょう」

「あ?たかが左官の名前なんかいちいち覚えてられるかよ」

「たかが左官…ですか」

「大佐なんだろ?将軍クラスならともかく、左官レベルの名前なんていちいち覚えてらんねーっつーの」

「貴方…何様のつもり?前にも言ったでしょう、その態度を治さないといつか痛い目にあうわよ」

襲撃犯からすると俺の態度は相当酷いものに見えるらしい。
眉間に皺を寄せて怒る襲撃犯に、俺の背後に立っていたルビアが口を開いた。
その声はいつも聞いているような声よりも幾分か低く、怒っているのがよく解る。
多分幼馴染の俺じゃなくても解るレベルだと思うんだが、誰も気付かないのが不思議だ。
世の中って広い。

「そういう貴方は何様のつもりなのですか、ティア・グランツ。
ルークはキムラスカ王位継承権第三位を持つキムラスカの王族です。
左官ですらない、たかが響長で誘拐犯にして襲撃犯であるお前風情が呼び捨てるなど厚顔無恥も甚だしい」

「な…っ、貴方だって呼び捨てにしてるじゃない!」

「私はルークの幼馴染であり、王位継承権第七位を持つ列記とした王族です。
それに幼い頃に呼び捨てにする許可をいただいております。
それとも貴方はキムラスカ王族に匹敵する身分を持っているとでも?
持っていないのであれば即刻口を閉じなさい。不愉快です」

ぴしゃりと言い切ったルビアに対し、襲撃犯は怒りで顔を真っ赤にしている。
守護役がこっわーとぼやきイオンがルビアを宥めたが、襲撃犯を叱らず謝罪もしないと言うことはダアトはキムラスカ王族はタメ口を聞いて呼び捨てにして良い存在と見てるってことだろう。
ダアトの教育はさぞ杜撰でおざなりなものに違いない。
まぁダアトのことに関しては帰還してから父上に報告するとして、襲撃犯が黙ったので俺は再度大佐に向き直った。

「で、ちょっと聞きたいんだけど」

「何ですか」

「不法入国って言うけど、俺もルビアもコイツが家に襲撃してきた挙句、誘拐された被害者なんだけど。
それともマルクトの法律だと誘拐されて不本意に国境を越えてしまった場合も罪とみなされるのか?」

「何回言えば解るの!私は襲撃したわけじゃ、っひ!?」

俺の質問にまた襲撃犯がしゃしゃりでてきたが、すぐにそれは引きつった悲鳴に変わった。
ルビアが襲撃犯の喉に剣を突きつけたからだ。
ルビアはランバルディア流剣術の使い手だから、殺すようなへまはしないだろう。
だから大佐を見て答えを促せば、肩を竦めながら食えない笑みを浮かべて言った。

「やれやれ、それならばそうと先に説明していただきたかったのですがねぇ」

「はぁ?お前何言ってんの?説明する前に捕まえたのお前じゃん。
しかも捕まえた後も事情聴取の一つもしかなったのもお前だろ。
自分の不手際を棚に上げといて人のせいにすんなよ。そういうの責任転嫁って言うんだぞ」

その言い方にムッとしたから思わず言い返したら、大佐は眼鏡のブリッジを押し上げて笑みを消す。
そのまま謝罪の一つも無かったのにムカっときて、眼鏡を睨みつけながら俺は思うが侭に疑問をぶつけることにした。

「謝罪も無しかよ。
それとさ、お前俺とルビアが王族だって解っててなんでその態度でいられるわけ?
マルクトでは良いのかもしんねーけどキムラスカでもそのまんまだとすぐ首跳ねられるぞ。
それに説明しても協力してくれねーなら軟禁する、だっけ?それって脅迫だよな?
王族に対する罪は一般市民より罪が重いって解って言ってるんだよな?
あと俺今コイツが襲撃犯で誘拐犯って言ったよな?何で捕まえねーんだよ?
お前軍人なんだろ?犯罪者を捕まえるのが軍人の仕事じゃねーの?
それともマルクトでは犯罪者は別に野放しにして良いとか、そんな法律でもあるのかよ?」

俺の質問に眼鏡は押し黙り、目をそむける。
答える気がねーっていうのが解って更にムカっときた。

「あの、ルーク…ジェイドにも悪気があったわけでは…」

無言になった室内で、イオンがおずおずと言ってくる。
その言葉に少し考え込んだ。
つまり、だ。

「それって、ジェイドは素で性格が悪くて仕事を放棄するような、士官学校で習うことも覚えてないような馬鹿な奴ってことか?」

「え!?」

「だってそうだろ?悪気が無く人の話を一切聞かずに犯罪者扱いして、王族に対して礼儀を取ることも士官学校で習った筈なのに覚えてなくて、誘拐犯である本物の犯罪者を野放しにするような奴って言ったらそういうことだろ?」

それを聞いて絶句しているイオンはさておき、俺の言葉にルビアが笑った声が聞こえた。
何か俺は笑えるようなことを言っただろうか?

「失礼。それと導師イオン、一つ質問があるのですが宜しいでしょうか?」

「あ、は…はい。何でしょうか?」

「先程からこの神託の盾兵の不敬を咎めもせず見逃していらっしゃいますけれど、つまりこれはダアトの総意であるということで宜しいかしら?
キムラスカ王族に対しタメ口を聞き、呼び捨てにして戦闘を強要するような態度が当たり前であると、そう教育しているということでよろしくて?」

「ち、違います!決してそのようなことは…!」

「イオン様!?」

顔を青くしてふるふると首を振るイオンにルビアが微かに鼻を鳴らす。
アレは相当怒っている時の態度だ。長年一緒に居るが、滅多に見ない仕草でもある。
触らぬ神に祟り無しと俺はルビアを横に置いておき、もう一度大佐に向き直った。

「で、カーティス大佐は何で答えねーんだよ?」

「そのように報告して欲しいと言うことでしょう。
マルクトの人間にとって、キムラスカ王族に敬意を払わず、話も聞かず、簡単に脅迫できる存在であると、そう思っているということです。
見聞きしたとおりに伯父上と小父様に報告すれば良いのですわ」

ルビアが俺の言葉に答え、成る程そういうことかと納得しかけた時、ようやく大佐は口を開いた。
その顔からは既に笑顔が消えていて、凄く不機嫌なのがありありと解る。
それ位隠せないのだろうか?自制心が緩いのだろう、きっと。

「……キムラスカ王族であらせられるお二方に対し、大変失礼致しました」

「そんだけ?」

頭を下げる大佐に聞けば、次に部屋の隅に居た兵に向かって襲撃犯を連行するように言う。
襲撃犯が何やら喚いていたが、聞く必要があるとは思えなかったので全部聞き流した。

それからまた和平の取次ぎを頼まれたけど、態度が態度なので保留にした方が良いとルビアに助言されそうすることにした。
お前のこれからの態度を見て決めると言ったら礼を言われたが、その後タルタロスが襲撃され死なないために俺も剣を持つことになった。
最も、殆どの敵はルビアが倒してしまったが。

そうして徒歩でセントビナーに向かい、カイツールへと歩む間、俺とルビアはずっと大佐とイオンを見ていた。
イオンはルビアが怒っている理由が解って終始謝ってたけど、大佐は段々態度が悪くなっていった。
多分、今までろくな礼儀作法を習ったことが無かったのだろう。付け焼刃って奴だな。

カイツールでアルマンダイン伯爵に出会い、ルビアが大佐達の事を話していたので俺も今までのことを報告した。
アルマンダインの顔が赤くなったり青くなったり、茶色になったりと大変そうだった。
人の顔色ってあんなに変わるもんなんだと初めて知った。
世界って広い。

「ルーク!コレはどういうこと!?」

結果、当然のように縄をかけられたイオン以外のメンバー。
ティアが喚いたが、すぐに兵士に猿轡を付けられる。

「どうって、お前達がしたことをそのまま話した結果だけど?」

「和平を、潰すおつもりですか…っ」

「あのな、俺言ったよな?お前の態度を見て決めるって」

「つまり貴方の態度は和平に不適合だった。それだけのことですわ。
キムラスカで処刑されるよりも、今捕縛されてマルクトに送り返される方がはるかにましでしょう?むしろ感謝して欲しいくらいです。
ああ、でも今ならば和平を結んでも構わないかもしれませんわね。
貴方のしでかした失態の数々を材料にマルクトから搾り取らせていただきましょう」

成る程、そんな使い道もあるのか。
サッと顔を青ざめさせるジェイドに対し、ルビアがくすくすと笑っている。
久しぶりに上機嫌なルビアに、良かった良かったと俺も頷く。
最近のルビアは怖くて仕方が無かったから、余計にだ。

「ルーク…その、ジェイド達は…」

連行される彼らの横で、イオンが顔を青くさせながら俺に聞いてくる。
ジェイドたちがどうなるのかという意味だと解釈した俺は、腕を組んで首を捻った。
どうなるもこうなるも首が跳ぶ以外に何かあるのだろうか?

「イオン、ちゃんと教育されなかったのは可哀想だけど、あいつ等はやっちゃいけないことをやっちまったんだ、だから…」

「は?教育、ですか?」

「おう。だって王族は敬うもの、礼儀を取るもの、なんて幼年学校でも習うだろ?
軍人なら士官学校時代に叩き込まれるだろうし。
それができてないってことは、ちゃんと教育されなかったってことだろ?
あ、イオンもダアト戻るならちゃんと士官学校の教育内容確認したほうが良いぞ。
あんな奴等が大量生産されてたら教団も危ないぞ」

「……そう、ですね、見直すことにします……」

俺の言葉にイオンはがくりと項垂れてそう呟いた。
あいつ等の責任はイオンに降りかかるわけだから、イオンも頭が痛いだろう。
ただでさえ病弱なんだから、これ以上負担をかけたく無いとは思う。
思うが、過去は消えないのだ。
でも伯父上にイオンまで被害が及ばないよう、嘆願だけはしておこう。

アルマンダインに促され、船の修理が終わるまで国境で休むことになった。
カイツール軍港襲撃犯の元へはヴァン師匠が行っているし、船が直るまでやることがないからだ。

「教育って大事だな。俺、一個勉強になったわ」

「あら、なら家庭教師の話もこれからはきちんと聞いてくださいませ」

「んー…めんどい」

「彼等のようにならないようにするためでも?」

「…努力はする」

国境へと向かう馬車の中、俺の呟きを聞いたルビアはやっぱりくすくすと笑っていた。






白と墨





白と墨。
白と黒のように正反対のもの、価値などの相違が甚だしいものの例え。

何かルークが天然大砲を飛ばし、夢主がガトリングガンで追い討ちをかけるみたいな話になりました。どうしてこうなった。
ルークは本気で教育のせいだと思ってます。彼らがただの馬鹿だとは思ってません。
だからマルクトもダアトもあんなのばっかりだと思ってます。(凄い誤解)
逆に夢主は解って言ってます。故にルークが突っ込んだところを更に抉りこむ。

でも結局はたかが左官の名前なんて覚えてない、っていうのを言わせたくて書いた話。

清花


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