それを愛と呼ぶならば、(01)


オールドラントに帰還したルークは、王家の血を絶やさぬためにと伴侶を迎えることになった。
レプリカの身であることが問題視されたものの、被験者であるアッシュがキムラスカに帰ることを拒否し姿を消したからだ。

そんな訳でクリムゾンやインゴベルトが吟味した相手と結婚することになったのだが、正直ルークにとってそんなことはどうでも良かった。
ガイはいい加減気づけと苦笑しながら背中を叩いてくるし、アニスが鈍いのもココまで来るといっそ見事だと言っていたことを思い出す。

気付かないふりをしているのだと、何故賢い筈の彼等は気付かないのだろう?
ルークはそれが不思議で仕方が無かったが、それも今ではどうでも良かった。
結婚相手などルークにとって"彼女"以外なら誰でも良かったのだ。

結婚が決まればまた何かしら言われると思うと逃げ出したくなるものの、旅をしていた時と違って今は接点も薄い。
国の決定だから逆らえないと言って避け続けていれば罵倒も罵声も聞かずにすむかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、ルークはこれから妻となる女性に会うためにため息を押し殺し、ゆっくりと扉を開く。

そこに居たのは、美しい銀の髪を結い上げた美しい女性。
ブルーグレイの瞳は目尻が下がっていて、おっとりとした印象を受ける。
全体的に色身の薄い女性だったが、その分若草色のドレスがよく似合っていた。

「お初お目にかかります。ルーク・フォン・ファブレです」

「ルビア・フォン・ガーネットと申します」

スカートの裾をつまみ、優雅にドレープさせて一礼をする。
その所作に隙は無く、ルビアの教養の高さが見て取れた。
お互い席に着き、メイドが紅茶を淹れるのを見ているルビアをルークは失礼にならない程度に観察した。

ガーネット家はキムラスカの服飾関連で大きな権力を持つ家の一つだ。
ルビアの父親にしてガーネット家現当主の位は伯爵であり、娘を公爵家に嫁がせるにはやや低く感じるものの財力は引けを取らない。
ルビア自身もレプリカに対して悪感情を持っておらず、何よりその色素の薄さが今回の縁談の決め手になった。

確実に赤い髪と緑の瞳を持つ子供を産む。
その一点に置いてルビアは最高の母体だったのだ。

しかしクリムゾン達も最初からルビアを押していたわけではない。
同じように赤い髪と緑の瞳を持つ女性を探したのだが、皆相手がルークだと解った途端拒否したのである。
レプリカに対する偏見と迫害にクリムゾン達も頭を抱えたのだが、そんな時目を付けられたのがルビアだった。

ルークは父親達から説明を受けた時のことを思い出す。
詳しいことは知らないが、子供というのは親の濃い色素を持って産まれることが多いらしい。
故に色素の薄いルビアと俺が交われば、色素の濃い俺の遺伝子が優先されやすいとか何とか。
それにルビアは文句なしの健康体だから、下手に王家の血を引いて身体の弱っている貴族よりも王色を持った健康な子供を産む確立が高いだろう、ということらしい。

更に言うならルビアは父の経営にも力を貸し、貴族としての教育もきちんと受けている。
これから公爵家を切り盛りしゆくゆくは王となるかもしれないルークの力となってくれるのは間違いないだろう。

「ルーク様」

「あ、なんだ?じゃない、なんでしょう、か」

メイドが出て行ったのを確認した後、突如ルビアに呼ばれてルークは思わず声をひっくり返らせた。
多大な緊張と、観察していたことがバレたかという焦りと、素のまま返事をしてしまった自分に対する失望が胸を占めていく。
しかしルビアはそんなルークの姿にくすくすと笑いながら紅茶のカップに手を伸ばすだけで、ルークの予想とは裏腹に不快そうな顔はしなかった。

「堅苦しい話し方は苦手なのでしょう?これから夫婦となるのですから、ルーク様の話しやすいように話してくださって構いませんわ」

「う……悪い」

子供をたしなめるような言い方に少しばかり照れくささを感じながらも、ルビアの申し出に甘えることにするルーク。

「それじゃあ、その……ルビアって呼んでいいか?」

「勿論です。私は……旦那様と呼ばせていただいても?」

「それは……何かむず痒いからやめてくれ」

「では、ルーク様と」

「そのまんまじゃねぇか。楽に話してくれていいんだぞ」

「私はいつもこうですわ。それとも、ルーク様にはこの話し方では堅苦しく感じまして?」

「いや、別に。ナタリアもそんな感じだし」

ルークの言葉にルビアはくすりと笑みを浮かべる。
そして優雅に紅茶を傾け少しばかり雑談をした後、ルークに対し謝らなければならないことがあるとルビアは告げた。

「……縁談の破棄、とか?」

「まさか。お父様はこの縁談を大層喜んでおられましたもの。私の一存で破棄するなどできるわけがありませんわ」

「じゃあ何だ?」

「ルーク様は私の夫となる方。そんな男性のことを知りたいというのは、女として、妻として、一人の人間として当然のことだと思いませんこと?
私、このお話が来てからルーク様のことを調べさせていただきましたの」

「……オレの、こと?」

「はい。どんな風に育ち、どんな日々をすごし、どんなことをしてきたのか。
それらを見た上で勝手に調べ上げたことを先に謝らなければと思いまして……真に申し訳ございませんでした」

そう言ってルビアは深々と頭を下げる。
しかし彼女の言うことは何もおかしくない。
ルークとてファブレの力で調べ上げた彼女という人となりの報告を受けているのだ。
そういった面ではフィフティフィフティであり、むしろルビアは自ら調べ上げたのだからその手腕は頼もしいと言って良いのかもしれない。

「気にすんな、こっちだって調べてんだ」

「ありがとうございます。
それでその報告を聞いて、私、結婚をするに当たって一つ決めたことがありますの。
ルーク様……結婚前の私の我侭を、聞いていただけますか?」

「……何だ?」

何故かルークの胸に嫌な予感が湧き上がった。
そしてそれを肯定するかのように、ルビアが鬱蒼とした笑みを浮かべる。
敵意を含んだ笑み。

先程のおっとりとした雰囲気を霧散させ、為政者としての顔を覗かせたルビア。
豹変した彼女にルークは無意識のうちにごくりと生唾を飲み込む。

「罪人を断罪する許可を頂きたいのです」

笑みを絶やさないルビアの瞳は、どう見ても怒りと侮蔑に彩られていた。












ルビアがルークに我侭を言った2ヵ月後、マルクトにキムラスカからの使者が訪れていた。
罪人二名の引渡しを求める書簡と、ダアトの取り潰しに関する同意書を持って。

「……一つ聞きたい」

「はい」

「何故、今なのだ?」

水しぶきの眩しい謁見の間、玉座に腰掛けたピオニー・ウパラ・マルクト皇帝は重苦しい声でそう問いかけた。
しかし使者はそれを気にかけることなく、頭を垂れたまま淡々と答える。

「公爵夫人のお言葉をそのままお伝えするのであれば、『夫を侮辱されて怒らない女は居ない』とのこと。
そしてこうもおっしゃられていました。

『子供は等しく無知でしょうが、いつかは大人になり自らがされたことの意味を知るものです。
責任を負った大人ならば、自らのしでかしたことの責任を果たすべきでしょう』とも」

「それは……そうだろうな」

一般論と正論をない交ぜにしたような、具体的な内容を一切漏らさない返答にピオニーは漏れかけたため息をぐっと堪える。

ジェイド・カーティス。
王族を捕縛し連行した後、和平を強要した挙句脅迫行為を行う。
更には戦闘強要に侮辱罪など、罪を上げればきりが無い。
しかも軍人である自らは後衛に立ち、王族であり一般人であるルークを前衛に押し出していたというではないか。

そしてガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
かつて公爵家で使用人をしていた男で、それは復讐のためだったというホドの遺児。
ジェイドと同様戦闘を強要し、不敬罪に加え世界の敵だったヴァンの主にして共犯者。

キムラスカは以上二名の引渡しを求めていた。
ピオニーは引き渡してくれるのであれば彼等の罪は公表しないというキムラスカの言葉に歯噛みしつつ、今のマルクトの現状を思う。

キムラスカでは既に譜業に代わる機器の開発に乗り出していて、マルクトは一歩遅れていると言って良い。
元々譜術大国であったマルクトだ、キムラスカのように開発者も多くない。
2年前の世界変動に加えレプリカ問題は未だに後を引いているし、プラネットストームの停止による音素の減少も市民に不安を与えている。

今ココで問題を起こすわけにはいかず、また問題にはならなくとも皇帝に対する不信感を増すような事実を晒されるのは避けたかった。
つまり、ピオニーには彼等を引き渡すという選択肢しか無いのである。
例え大事な幼馴染であろうと、民や国には変えられないのだ。

「……解った。罪人の引渡しに関しては手配しよう。
それとダアトの解体についての件だが…スパイに関してはこちらに回してくれるとか」

「はい。100名以上の命を売ったスパイです。
こちらとしては王族に対する不敬罪もありますので引渡しを渋る声もあったのですが、ルーク様がタルタロスにて散った命を考えればマルクトに引き渡すべきだろうと」

「そうか……ルーク殿に礼を伝えておいて欲しい。
それと……罪人の引渡しだけで済ませてくれた礼になるかは解らんが、パダミヤ大陸に関しては特に口出しする気は無い、とも」

「必ずやルーク様にお伝えいたしましょう」

これで大きな借りは作らずに済んだ筈だとピオニーは心の中で渋面を浮かべた。
本来ならば賠償金や慰謝料を請求されてもおかしくないというのに、罪人の引渡しだけで済ませようとするなど後からデカイ要求をされるのが目に見えている。

先手を打とうにも、ピオニーに打てる手はココしかなかった。
恐らくそれすらも見越して、ダアトの件を同時に打診してきたのだろうが。

手紙を送ってきた人物は恐らくかなりのやり手だ。
しかし怒りを納めてくれれば、良い取引相手にもなるだろう。
スパイをこちらに譲ると言っているのも、ダアトという交渉材料を同時に送ってくれているのも、敵対意志はないという意味が含まれているに違いない。

「新しい公爵夫人……ルビア・フォン・ファブレ夫人だったか。
彼女にも宜しく伝えておいてくれ。できればマルクトとしてはキムラスカと手を取り合っていきたいのでな」

「夫人もまた、マルクトとの歩み寄りを希望されております。
陛下のお言葉、確かにお伝えしましょう」

「ルーク殿は良い伴侶を見つけられたようだな……」

それだけが救いだと、ピオニーは2年前のルークを思い出しながら小さく息を吐き出した。


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