覆水盆に返らず(後編)


「それにしても…ナタリアがあそこまで切れるとは思わなかったなぁ」

罪人たち5名の処刑が実施され、キムラスカの基盤は磐石なものとなり、歴史からダアトという地は排除された。
マルクトに関してはジェイドの件のお詫びとして暫く食料に関する関税を軽減させ、農業に携わる研究者を数名派遣させることで属国になることを何とか間逃れた状態だ。
多少苦しくなろうとも、そこは身から出た錆なので情をかけるつもりはない。

だというのに、たった一人の左官のせいで国民全体が苦しむことになるのは可哀想だということで、現在ダアトを第二のケセドニアにしようとキムラスカ・マルクト連合で新たな事業を展開する予定である。
これで飢え死にする人間は減るだろう。多分。

「ルーファス、できれば今までどおりルビアと…」

「んじゃルビアもルーファスじゃなくてルークって呼んでくれよ」

「解りましたわ…ルーク」

そしてその二国による事業展開を提案した張本人であるナタリア…いや、ルビアはプライベートでは未だにナタリアを名乗ろうとしない。
そもそもルビアという名は正体を隠すためのミドルネームだった筈なのだが、どうやら本人はこっちの方が気に入っているらしい。

曰く、あのような猪突猛進と同じ名前など、怖気が走りますわ、とのこと。
結構に辛辣である。

まぁ俺も両親から与えられたルーファスを名乗ってはいるものの、プライベートではルークと呼ばれたほうが気が楽だったりするから、お相子なのかもしれない。
最も俺の場合愛称がルークなので、公の場でも親しい人間は普通にルークと呼んでくるが。

「しかしルーク、私が怒ったのはそれほどに意外でしたか?」

「え?あぁ、まぁ…そりゃな。ルビアっておっとりしてるイメージだったしさ」

「ルビア様はルーク様を溺愛していらっしゃいますから。好きな方を貶されて怒らない方は居ませんよ」

俺の感想に答えを齎したのは、茶菓子を持って来た被験者である導師イオンだった。
そもそもマルクトがダアトを潰そうぜという提案に乗ってきたのは、ジェイドの件があっただけではない。
ダアトより亡命してきた導師イオンの情報提供により秘預言に星の終末が詠まれていることを伝え、今のままではまずいということを理解してもらったからという方が大きいのだ。
でなければ人々の心のよりどころになっている宗教を潰すなど渋られるに決まっている。

そして情報提供をしてくれた張本人は今では病気から快復し、使用人服に身を包んでそのよく回る頭を生かし城でせっせと働いている。
本人曰く、ダアトを潰すという長年の夢が叶い、恩返しも兼ねてキムラスカで好きに生きている、らしい。
俺と一緒に旅をしたレプリカイオンも、名を改めて一般人としての教育を受けたあとファブレ邸にて働く予定だ。

「え?そんな理由だったのか?」

「あら、そんな、とはどういう意味かしら?
ナタリアは長年貴方を苦しめた張本人ではありませんか。どれだけ私が怒りを堪えていたことか…それとも、私の愛はルークには重すぎまして?」

「それって結局私怨なんじゃ…まぁ、俺はルビア達が笑っていてくれるならそれでいいけどさ」

「ふふ、また嬉しいことを。私もルークと同じ気持ちですわ。
ルークとて、私が侮辱されたら怒ってくれるでしょう?」

「当たり前だろ!」

「それと同じですわ」

微笑むルビアに、俺は何も言えなくなった。
何故か照れくささを感じ、誤魔化すようにイオンが運んできてくれた茶菓子を口に運ぶ。
が、そんな俺の照れ隠しもルビアはお見通しのようで、優雅に笑った後大きく息を吐き出した。

「だからこそ、また暫くこうしてゆっくりお茶ができなくなることを悲しく思います」

「あぁ…暫くバチカル離れるからなぁ…」

「外郭大地降下作戦の責任者などと…確かにルークの名を各地に走らせるにはピッタリの仕事でしょうけど…」

「折角ルビアも自由になったのにな。まぁ報告も兼ねて頻繁に帰って来るつもりだし、その時はお茶しようぜ」

「では、楽しみにしております」

俺の提案に満足してくれたのか、ルビアは一つ頷いてから紅茶の入ったカップに口をつける。

イオンの齎した情報の中には、この大地が空中に浮いているというとんでもないものも存在した。
それを確かめるためにザオ遺跡にあるというパッセージリングを調べたところ、何と柱を生み出しているパッセージリングが限界を迎えていることが判明したのだ。
この件に関してもマルクトと合同で調査が進められ、俺を最高責任者として作戦チームが組まれることが決定した。

故に俺は暫くバチカルを離れ、拠点であるパダミヤ大陸に行かなければならない。
拠点がパダミヤ大陸なのは教団の地下書庫に資料になりそうな禁書が大量にあったためなのだが、前者の二国間合同事業にも良い影響を与えられそうなのは嬉しい誤算だ。
ちなみにこのパッセージリングにあるユリア式封咒を解呪するためだけに、髭は生かして捕らえてあったりする。

「あぁ、そうです。お二方に一つご報告が」

「なんでしょう?」

「ん?」

「オリジナルルーク…アッシュが捕まったそうですよ。陛下が処刑が決まったのでお二方にも伝えておくようにと」

イオンの台詞に俺とルビアは顔を見合わせた。
すっかり忘れていたのだ。

「そういえば…居ましたわね、そんな男が」

「てっきりダアトにいるもんかと…」

「あの偽姫を処刑したことに対して乗り込んできた挙句、捕縛された後自分が本物のルークだと騒いだとかで陛下と公爵が大層怒っておられましたよ」

「馬鹿か?」

「ルークのことを劣化レプリカと蔑んでいたそうですが…劣化しているのはオリジナルの方だったようですね」

「全くです。最も、あのヴァンに育てられるとどれだけ素晴らしい下地を持っていようとも全て劣化するようですが」

綺麗な笑顔で毒を吐くルビアに、イオンはくすくすと笑みを漏らしていた。
どうもイオンとルビアはこういったところで意気投合するので、少しばかりたちが悪い。

「さて、そろそろ仕事に戻らなければ…預言のせい、ということにはしてありますが、やはり教団が潰れたことに民は不安がっていますし」

「そうだな。降下作戦を行えば更に不安は増すだろうし、安心させてやらないと」

それから少し雑談した後、ルビアの一言によってお茶会は終了することになった。
ルビアの言うとおり、教団が潰れたのもルビアの存在が秘匿されていたのも全て預言のせいとなっているが、やはり民からは預言を求める声は多い。
今は各地の預言士が国の管理の下預言を与えてはいるが、此方も徐々に生活から切り離していかなければならないだろう。

そんな事をつらつらと考えながら、仕事に戻るルビアと共に城内の廊下を歩く。
焦る必要は無かった。
俺たちには無限の可能性を持つ未来が待っているのだから。





end.








あとがき。

5900キリリク。
真ナタリア生存、捏造キムラスカ(−ナタリア、ガイ、アッシュ)でマルクト、ダアト厳しめのPM断罪。

無糖ルーク夢/夢主=真ナタ/実は被験者イオン生存/特にナタリアに厳しめ?

紗鳳寺様、リクエストありがとうございました。
何か少しリクエストから外れたような気がしなくもありませんが、ご満足いただければ幸いです。

真ナタリアネタは厳しめでは王道(だと勝手に思ってるの)でいつか書いてみたいと思っていたので、リクエストがきたときは嬉々として書かせていただきました。
真ナタ生存+偽姫ナタリアの両立に少しばかり悩みましたが、一度思いついてからはすらすらと書けました。
真ナタ=夢主かどうかを一任してくださったのも大きいです。
本当にありがとうございます。

ナタリアをねちねちと虐めてる時が一番筆が進んだのは内緒の話です←

それでは、ココまで読んでくださりありがとうございました!


清花

14.10.30


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