身から出た錆(身から出た錆05)


ナタリアが連れて行かれ、ようやく煩いのが去ったといわんばかりにルビアは一つ息を吐く。
ルビアが言ったとおり順調に進めば30分で済む筈の話が横槍を入れられる度に中断するのだから無理も無いだろう。
同行者の数は残り三人。
そのうちの一人であるルークは無言を貫きティア達のようにルビアに対し悪意を向けていないため、除くとしても二人はいる。
頼むから黙っていてくれというその場にいる人間達の願いは、残念ながら叶いそうに無かった。

「おいアンタ…一体俺たちに何の恨みがあるんだ!?」

殺意を孕んだ声が室内に響いた。
まだ続くのかと蔑みを隠さない瞳が向けられるものの、声を上げた張本人であるガイは気付きもしない。
ルビアは面倒臭そうにもう一度だけため息をついて、両陛下に着席の許可を取る。
そして椅子に腰掛けた後、今にも飛び掛ってきそうなガイへとようやく視線を向けた。

「恨み?ありませんよ、そんなもの」

さらりと言い切るものの、最早笑みすら消したルビアは情など一切含まない視線でガイを見下している。
冷徹という言葉がこれほど似合う視線も無いだろう。

「貴方達に抱く感情などありません。私は忙しいんです。
ココに来ているせいでどれだけ仕事が滞っていることか。考えるだけでも頭痛がするというのに、誰が好き好んで身内でもなんでもない非常識の尻拭いをしますか。
私の中で貴方達に対する価値などありません。むしろマイナス評価しか存在しない。
叶うことならば一生無関係で居たい程に貴方達という存在は非常識で、同時に不愉快です」

「な…っ!」

並べ立てられた辛辣な言葉にガイは絶句し言葉を無くしている。
ティアも金魚のように口を開閉させていて、僅かに怒りに震えていた。

「な、何でそこまで言われなくちゃいけないんだ!」

「言葉が理解できますか?貴方達のせいで私の仕事は滞り、貴方達が非常に不愉快で非常識な存在だからです。
大体貴方みたいな蝙蝠が私は一番嫌いです。鬱陶しいことこの上ない」

「俺が蝙蝠だって!?」

「そうでしょう?ヴァン・グランツの主人にして共犯者、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵?」

共犯者という言葉に室内がざわめく。今度は何を暴露する気かと全員が戦々恐々している。
ガイは何故知っているのかと驚いていたが、すぐにルビアをにらみつけた。
ピオニーにいたっては呆れた表情を隠していない。

「俺はもうアイツの仲間じゃない…アイツとは袂を別ったからな」

「言っている言葉の意味が理解しかねますね。
アクゼリュスの崩落は貴方にも責任の一端があるんです。そういう意味では立派な共犯者でしょう」

「アレはヴァンに騙されたルークがしたことだろう!」

「そうよ!ガイが何をしたというの!」

声高に叫ぶガイは、沈痛な面持ちをするルークなど気にも留めていないのだろう。
ティアにいたっては既にルビアのことしか頭に無いに違いない。
ルビアは頭痛を誤魔化すように米神をもみながら、億劫そうに口を開いた。

「一から十まで説明しないとわからない貴方達に説明するのも結構に疲れるのですが…まぁいいでしょう。
アクゼリュスへの道中、貴方は伯爵ではなくルーク様の護衛剣士であり使用人でした。
使用人である貴方は身分を尊重されないルーク様を庇わなければならない立場にあったのです。
にも関わらず、貴方はルーク様を庇うどころか周囲に同調し続けていました。
そして護衛剣士という身にありながら、貴方はルーク様を護ることすらしなかった」

「アレはルークが我が侭だったからでしょう?それのどこが責任になるというの!」

ティアが口を挟み、ルビアの目が細められる。
笑みが消えていた時点で機嫌が良くないことは周囲にも解っていたが、この時初めてルビアは怒りを露わにした。

「……ティア・グランツ。私は愚者を嫌います。
次に口を開いたらその喉を潰されると思いなさい」

絶対零度の声音。
背筋に悪寒が走るほどの怜悧な視線。
流石のティアも喉を引きつらせ、口を噤んだ。

「さて、話を戻しましょうか。
私が言いたいのは貴方はその時ルーク様の信頼を得られなかった、ということです。
貴方が真にルーク様の信頼を得ていたならば、ルーク様はヴァンに亡命をそそのかされたことも、超振動を使うように言われたことも教えていたでしょう。
まぁ貴方は自分から信頼を削ってルーク様を見放していたのですから、今更ですね」

ルビアの言葉にガイははっとした。
ルークがガイに対し口を噤んでいたとはそういうことだ。
ようやく気付いたその事実にガイはルークを見たが、ルークは視線をそらして何も答えない。

「そして貴方はヴァンの協力者として、屋敷に使用人として居た時にルーク様がヴァンに懐くよう妄信するよう手助けをして居たでしょう?
これは即ちヴァンの犯行の手助けをしたと言っても過言ではありません。
解りますか?貴方はアクゼリュスを崩落させる手伝いをしていた、ということです」

指摘されて気付いた新たな真実にガイは口をぱくぱくさせている。
ピオニーなどはもう額に手を当てて諦めの体勢に入っていた。
マルクトから二人も断罪対象が出たのだ。諦めるしかない。
インゴベルトやトリトハイムなどは、こっそりと同情の視線を向けている。

「最後に。貴方は護衛剣士という立場でありながらアクゼリュスではルーク様の傍に居なかった。
貴方が傍に居たら止められたかもしれませんね?
貴方が職務放棄をしていたせいでルーク様は犯罪に加担させられたわけですから。

あぁ、そう考えるとアクゼリュスの犯行に関して貴方が最初から関与していた可能性も出てきますね。
ヴァンに懐くよう手を貸し、道中ではルーク様を孤立させて、アクゼリュスではわざと一人で動けるように傍から離れた。
素晴らしいですね!誰にも気付かれることなく貴方は立派に犯罪の手助けをしていたわけですか」

素晴らしいと言いながら、その口調は嘲笑を隠していなかった。
無自覚のうちにあの惨劇を引き起こす手伝いをしていたという事実と、突如降って湧いた責任にガイはその場に膝を着き、頭を抱える。

「袂を別ったからといってその責任が無くなるなどと馬鹿なことは考えないで下さいね?
貴方は立派に、共犯者ですよ。むしろ己の罪を自覚しない愚かさと、それに気付かなかった間抜け具合、ルーク様より性質が悪いと言わざるをえませんね」

完璧な微笑で、ルビアは断言する。
その優しげな瞳の中には、一片の情も含まれてはいなかったけれど。



ガイもね、こうやって考えると立派に共犯者なんですよ。
幻滅させないでくれとか言ってたけど、お前の助けが無きゃヴァンだって崩落させられなかっただろうに被害者ぶるなと声を大にして言いたい


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