身から出た錆(身から出た錆04)


ナタリアやガイ、ティアの視線がルビアに突き刺さる。
それだけで殺せそうなほど敵意の篭った視線だが、ルビアは頓着しない。
アリエッタとシンクが警戒しているからか、はたまた相手にする価値無しと判断しているからか。
そこまで考えてピオニーは思考を止めた。

彼女は断罪と救済と言った。
つまり、これはローレライからの頼みごとの一環でもあるのだろう。
そうなれば順序など関係なく、また止めることもできやしないのだ。

インゴベルトもまた、ルビアを止めることを諦めていた。
今ここでルビアを止めてしまえば、障気中和ができなくなる。
ルビアの言った通りの方法で中和を行うならば、協力は不可欠である。
ルビアの提案を蹴ったとしても、ルークやレプリカに障気中和を押し付けてはローレライの怒りを買う。

二人の王にとって、黙って見守る以外の選択肢は存在しないのだ。

「話がそれましたが…エルドラントへの奇襲作戦は承認いただけますか?」

「マルクトとしては問題ない。至急軍に部隊を編成するよう伝えよう」

「キムラスカも同意だ。クリムゾンに連絡を」

「微力ながらダアトも部隊を編成しましょう。第六師団を呼び戻し、補佐に当たらせます」

二ヶ国及びダアトから同意を引き出したルビアは微笑みを崩さないままそれでは、と言葉を続けようとした。

「お待ちなさい!」

が、それを遮る甲高い声。
今度は何だと一体何人が思ったのだろう。
声を発したのはキムラスカ王女、ナタリアだった。

「作戦を施行する事は構いません。しかし一体誰が擬似超振動を起こすというのです!無辜の民を犠牲にするというのであれば、私は決して許しませんわ!」

別にナタリアの許可が無くとも作戦は施工されるのだが、正義感を持って止めたつもりなのだろう。
しかしルビアは笑みを崩し、向けたのは心底呆れたような視線。
嫌悪感すら滲ませたその視線にナタリアは一瞬だけひるみ、すぐに目尻を吊り上げて声を上げる。

「その目は何ですの!?無礼でしてよ!」

「無礼、ですか。それは失礼致しました、殿下」

「だ、大体貴方はティアにあれほど礼儀を訴えておきながら、貴方自身はどうなのです!
お父様方には会釈をするだけで膝をつきもしないではありませんか!」

「あぁ、ご説明が遅れてしまいましたね。
私は論師。私の世界では論師とは導師とほぼ同程度の地位にある存在なのですよ。
そして私はローレライの使者でもあります。私がここで膝をつくのは、」

「この世界に来たならば論師の地位など関係ありませんわ!
世界が違うのであれば地位も関係ないでしょう!」

仲間を二人も強制排除された怒りか、はたまた突然現れた見知らぬ存在に話題を掻っ攫われたのが許せなかったのか。
ナタリアはルビアの言葉を遮って甲高い声を響かせた。
幾人もが不愉快げに眉を顰めているのに気付いていないのは流石といったところか。
ルビアは一つ息を吐き出した後、こてりと小首を傾げる。

「世界が違うのであれば地位も関係ない、というのであれば私は陛下に敬意を払う必要も無くなる、ということになりますが。
彼等は私の世界の陛下ではないのですから」

「そうではありません。その世界に来たのであればその世界の地位を尊重すべきだと言っているのです」

「成る程。殿下は地位を重んじていらっしゃるのですね」

ようやく話が通じたと、ナタリアは密かにホッと息を吐く。
勿論、自分達の地位は重んじて、ルビアの地位は軽んじると言う矛盾に気付かないまま。

先程までルビアは容赦なくジェイドやアニスに対し悪意を向けていた。
それもなりを潜めて会話ができているのだから、ナタリアもホッとするというものだ。
そしてそこでホッとして警戒を緩めてしまうのが、結局は彼女の器ということなのだろう。

「当たり前ですわ。旅の間は王女の身分は隠していますが、私はキムラスカの王女でしてよ」

「では、何故口を開いていらっしゃるのですか、殿下」

一気に空気が冷える。
ナタリアはルビアの言っていることが理解できず、固まったまま動かない。

「殿下、確かに貴方はキムラスカの王女でしょう。
しかし此処は三ヶ国合同会議の場、この場において貴方はインゴベルト陛下の一家臣でしかないはずです。
それなのに貴方は許可も無く口を開き、ローレライの使者たる私の口上を遮り、且つ話し合いの邪魔までしていらっしゃる」

「わ、私は邪魔など…」

「しているではありませんか。大体、代案を持ってきておきながら擬似超振動を起こす人間の選出もしていないとお思いですか?
口を挟まれることなく話していればものの30分で済むところを、こうして長い時間をかけて話しているのは何故だと思っているのです?」

「あ、貴方が余計なことを言うからでしょう!」

ヒートアップしてきたナタリアをインゴベルトが宥めるが、ナタリアは止まることを知らない。
猪突猛進を体現するナタリアの台詞にルビアはくすりと笑みを零す。
そしてその瞬間、インゴベルトは悟った。自らの娘もまた、断罪の対象だったのだと。

「余計なこと、ですか。その余計なこととは一体どのようなことでしょうか?
例えば、ナタリア殿下が自らの公務を放り出し、自らに付けられていた衛兵メイドが罰を受けるのも構うことなく、城を出奔してまで親善大使一行に着いていったことですか?
もしくは7年前にルーク様を誘拐したのがヴァン・グランツだと知っていながら誰にも言うことなく、ルーク様への脅迫材料にしたことですか?
あぁ、それとも陛下に連れ戻されるのは嫌だとだだを捏ねてアクゼリュスへ向かう速度が落ちることを理解しながら、親善大使であったルーク様を脅して陸路を選ばせたことですか?
後は…アクゼリュスが崩落した後、預言に従ってインゴベルト陛下が戦争を起こそうとしていることを解っていながら、バチカルへ帰還しなかったことですか?」

立て板に水どころか土石流の如く一気に言い切ったルビア。
ピオニーに続き、今度はインゴベルトが顔色を変える番だった。
ルビアの口から語られたことは、三ヶ国のトップが集まる場所でばらされて良い内容ではない。
ナタリアが王女としていかに無能かわかる言ばかりである。

ナタリアはナタリアで自分の荒など無いと思っていたのか、次々に並べられる事実に顔色を悪くしている。
ルビアに口にされて初めて自分のしでかしたことの不味さを思い知ったようだった。

「あ、ぁ…わ、わたくしは…そんなつもりでは…」

「貴方があの時城を抜け出したせいで何人の国民が失望し、罰を受けたのでしょうか?
貴方があの時ヴァンの話を通報していたら、アクゼリュスの崩落は起きなかったかもしれませんね?
貴方があの時我が侭を言って一行を遅らせなければ、アクゼリュスの人々はもっと軽症だったかもしれません。
貴方がもっと早くバチカルに帰還していれば、戦争だって止められたかもしれないのに」

ルビアが言葉を重ねれば、ナタリアはその場に座り込みがたがたと震えだす。
幾多もあった分岐点の中、ナタリアは犠牲を抑える選択肢を手にしながらそれを放棄していた。
それを突きつけられ、抱え込みきれないほどの後悔に苛まれて咄嗟に父王に視線を投げる。
その縋るような視線にインゴベルトは身体を跳ねさせたが、すぐにかぶりをふって助けられないのだと告げた。

「地位を重んじているらしいナタリア殿下」

父王からも見捨てられたナタリアは、ルビアに呼ばれて身体を跳ねさせる。

「義務あってこその権利です。その義務を放棄していた貴方に、地位を語る資格はありません」

笑みをたたえた顔。
ナタリアはそこでようやく、ルビアの微笑が毒を含んでいることを悟る。

インゴベルトがナタリアに退室を促し、キムラスカから連れてきていた側近に引きずられるようにしてナタリアは姿を消した。
三ヶ国の代表が集まるこの場であれほどの失態を公にされてしまえば、もうナタリアは表に出ることは許されないだろう。

ナタリアが出て行った扉が閉められる音が、やけに重々しく室内に響いた。


ナタリアってキムラスカのためとか言いながらキムラスカに損になることばっかりしてるんですよ。
地位持ってるくせにお前何してたんだとやっぱり思うわけです。


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