泥に沈むことを選んだのはボクでした(T)



※シンクがフルボッコ。首絞め等の暴力表現、セクハラ夢主注意。






その日、ボクは妙な女を紹介された。
此処は教団にある隠された部屋の一室、その狭い部屋の真ん中で女は笑った。

「やあやあ我こそは、第五師団師団長ルビア・ホーネットなり!今ダアトで話題の神速のルビアとは私の事よ!」

宜しく少年、まあよろしくするかは解らないけれども!
なんてふざけたことを言いながらにまっと笑うその顔は、どこか猫のようだった。

ひらりと黒い布を翻しながら、女はボクの周りをくるくると回ってボクを観察する。不愉快だ。
自然と眉間に皺が寄ったが、女はそれを意に介さない。

「ヴァンちゃん、この子が例の?」

「ああ、導師としての力は低いが、身体能力の高さは目を見張るものがある。軍人として使えるようにしてくれ」

「私育てるのって苦手なんだけどにゃー」

「お前に潰されるのならばそれまでのことだろう」

ヴァンのいいざまにカチンと来た。しかしそれ以上に聞き逃せないことがあった。
緑の縁取りが特徴の上着は丈が短く、その下に来ているであろうワンピースが動くたびにひらひらと揺れている。
ロングコート並みに丈が長いそれに動き辛そうと思ったのは一瞬だ。何故なら丈が長いのは背面だけ。前面の腰から下の部分はばっくりと切り取られていてて、短パンとスパッツを履いた脚が丸見えだった。
とても、強いようには見えない。

「ねえ、まさかコイツに教われって言うの?」

「コイツじゃないよー。ルビアだよー。よーしよし、君は記念すべき弟子の第一号だ。特別にルビィ師匠と呼ぶことを許そう!」

「アンタが稽古つけてくれるんじゃないの」

「完全無視!弟子が冷たい!ヴァンちゃん、この子超クール!!」

「態度はふざけているが、腕は確かだ。私が使うアルバート流は剛の剣。何よりも力が必要となる。
お前は細く、そして背が低い。それは成長途中の子供だからだが、だからといって大人になって筋力がつくのを待っていられまい?
同じ条件の彼女が使うのはスピード重視の格闘技でな、今のお前に一番相性がいいのは間違いないだろう」

「ヴァンちゃんはもっとクールだった!!」

あくまでも合理的に選ばれた師匠だと教えられ、うんざりした顔で女を見る。
ぎゃあぎゃあ煩いが、ヴァン曰く格闘技に秀でた女だという。神速の二つ名も、その秀でたスピードをたたえてつけられたらしい。

「……解ったよ」

世界に復讐するため、最短ルートで力をつけるには彼女に師事するのが一番なのだと自分に言い聞かせる。
なので渋々頷けばヴァンは潰されるなよ、と物騒なことを言って肩を叩き、そのまま出て行ってしまった。
ため息をつき、女へと向き直る。女は出て行ったヴァンに手を振った後、それじゃあ早速始めようかといってへらりと笑った。

「何すればいいのさ」

「んー。そうだにゃー。ヴァンちゃんは君に潰されるなよ、と言っても私に潰すな、とは言わなかったんだよねー。
つまり君を育てるのはスピード重視、じっくり育ててなんていられない、ついて来れなければそれまでで、君が死んでも君の責任ってことだ」

へらへら笑いながら女が言う。その台詞を聞いて、僕はひそかに女の評価を上方修正した。
ヴァンの言葉を正確に受け取っている。頭は悪くないのだろう。常のふざけた態度はフェイクか何かかもしれない。
そう思って話を聞いていたのだが、いつの間にか女が目の前から居なくなっていて。

その瞬間、背中に走った悪寒に咄嗟にその場から飛びのけば、風を切る音とともにボクの立っていた場所に女の蹴りが炸裂していた。
どくどくと心臓がうるさかった。アレに当たっていたら、ボクはどうなっていただろう。そう思うと血の気が引く。
そもそも女はいつ移動したのだろう。ずっと目の前で話していた筈なのに何故背面に移動したのに気付かなかったのだろう。
もし避けなかったら、ボクは……ボクは殺されていたのだろうか。

「うん、いい顔だ。まずはそれを知ろうね。死ぬのは怖い。痛いのは嫌だ。まずはそれを体に教え込もう」

「な……んで」

「うん?君頭悪いの?ヴァンちゃんが説明したでしょ?
君が私から教わるのはスピード重視の格闘技。防具なんてつけてたら重くて邪魔にしかならない。だから全部避ける必要があるんだよ。
他の流派なら型とかそう言うの教えるんだろうけど、私のは即実戦に出れるようにするためのものだからさぁ、体に教え込むのが一番早いんだよね。
というわけで、まずやるのは私の攻撃を全部避けること!逃げるだけで良いんだから簡単でしょ?持久力もつくし一石二鳥!私ってばあったまいー!」

そう言って自画自賛する女に、ボクは開いた口がふさがらなかった。それは本当に修行と言えるのか。
どこが簡単なものか。今避けられたのだって咄嗟のことだ。次もうまくいくとは限らないのに。

「そ、れで……ボクが、死んだら?」

「ん?それまでってことでしょ?」

さも当然といわんばかりに言われ、今度こそボクは絶句する。潰されるなよ、というヴァンの言葉の意味がようやく解った。
いかれてる。この女、頭がおかしい。そう思うものの、口にする前にボクは足を動かさなければならなくて。

「まあグミたくさん持ってるし、多少は大丈夫っしょ!」

顔面に放たれた拳をぎりぎりのところで避ければ、背後の壁に皹が入る。
頭蓋骨など簡単に砕けるレベルだというのを目の前で見せられ、慌ててその場から離れながら咄嗟に手近にあった小物を投げつける。
しかし小物はあっさりと避けられた挙句、ボクの数歩分の距離を一歩で詰めた女がいいねいいねと言いながら無邪気に笑った。

「咄嗟に反撃できるのもまた良し!なるほど、ヴァンちゃんの言うとおり身体能力の高さは目を見張るものがあるね!」

身体を捻り、蹴りをかわす。
そのために無理な体勢になったせいで続けざまの攻撃に反応できず、鳩尾に食い込んだ膝に肺の中の酸素が一気に吐き出された。
無様に痛みと息苦しさに悶えるボクに追い討ちをかけるように、顔面を踏まれそうになってその場から転がり何とか逃げ出す。
寝転がっていたら踏み潰されるだけ。それを理解したボクは腹に手を当てながらも何とか立ち上がり、女を睨みつける。

「そうだよー。痛くても一箇所に留まってちゃ追撃を受けるだけだからねー。逃げなきゃ駄目だよー」

暢気に言う言葉に苛立ちが助長されるが、しかしその言葉は全く持って正論過ぎて反論できない。
何故か震える足を叱咤して、逃げるために踵を返す。が、すぐに首をつかまれ壁に押さえつけられた。
ぐっと気道を押さえつけられ息苦しさにもがく。女の手を何とか離そうと手首を掴むが、その細さに反して力が強いのかボクが爪を立てたところで女の手はびくともしない。

「ぁ……がっ、ぐ……っう」

「苦しいかなー。怖いかなー。死にたくないかなー」

そんな暢気な物言いをしながらもしっかりボクの状態を理解していたのだろう。
酸素不足で意識が遠のきそうになった瞬間、首にかけられていた手が離れボクはその場に突っ伏して思い切りむせた。
何度も咳き込みながら必死に息をして、肺に酸素を取り込む。唾液が唇を濡らすのが気持ちが悪い。
生理的に溢れた涙が頬を伝う。肩を上下させているボクの目の前に女はしゃがみこむと、この暴力が開始される前と寸分たがわないへらへらした顔でボクを見下ろした。

「どう?怖かった??」

「……はっ……火口に落とされるよりは、うんとかマシだね」

今だひゅーひゅーと鳴る喉から必死に声をひねり出し悪態をつけば、女はきょとんとした顔をする。
そして一瞬だけ凶悪に笑ったかと思うと、ボクの襟首を掴み、無理矢理立たせられる。

「それだけ無駄口叩けりゃ十分さー。それじゃあ、続き始めようか!」

女の言葉は無慈悲だ。けれど絶対潰されてなるものかという信念だけを胸に、ボクは自分の足でしっかりと立ち女を睨みつける。
女はそんなボクに笑う。それはもう、愉しそうに。そしてボクの背後に回り。

「ところで君名前なんていうの?」

尻を撫でられた。


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