泥に沈むことを選んだのはボクでした(W)


「そう言えば私は良くできた師匠だから、弟子であるシンクにパンパカパーンなお祝いをしたいと思いまーす」

「正しい言語を喋ってくれる?」

「私の弟子超クーール!!」

「ていうかご飯食べた後でいいじゃん」

「まあまあ気にしない気にしない!」

シチューを食べている最中だというのに、ルビアは荷物の中からなにやら一抱えほどある箱を取り出してきた。
ラッピングされているそれをボクに寄越す。ご飯の最中だというのに、本当に彼女は忙しない。

「開けて開けてー」

「今?」

「今!!」

無駄に元気なルビアにせかされ、匙を一旦置いた後にラッピングを解いて箱を開ける。
そこからでてきたのは……。

「仮面??」

「いえっさ!シンクちゃん素顔出せないじゃん?というわけで秘奥義習得祝いに、特別に仮面をプレゼントというわけなのですよー。
いやあもう私超できた師匠だわー。褒めていいのよー?敬っていいのよー?」

「何をどうやったらこんなデザインの仮面作ろうと思うのさ。考えた奴馬鹿じゃないの?」

「それ!!私が考えた特注なんですけど!!」

「ああ、だからこんなみょうちくりんな形してるわけだ」

「みょうちくりん!!」

鳥の嘴のような、普段目にしない分余計に奇抜に見えるデザインのそれにため息が漏れる。
聞いてみればさもありなん、ルビアがデザインして特注したらしい。ボクなぞに無駄金使ってどうするのか。
しかし手に持ってみれば存外軽く、試しにつけてみれば思ったよりも視界も遮られない。
どうやら内側に視界を遮らないよう特殊な譜陣が刻まれているらしい。

「思ったとおりシンクちゃん似合うじゃん。それ着けたままちょっとお外で一戦しよう!」

「は?ボクまだ食べ終わってないんだけど」

「私もう食べ終わったから!ほらほらいくよー」

「……はァ」

仕方ないので、仮面をつけたままルビアにしたがって小屋の外に出る。言い出したら聞かないということを、弟子のボクは一番良く知っている。
夕食を食べていたのだから当たり前だが、外はもう既に暗かった。
光源は星空と夜空に浮かぶ月だけだったが、それほど暗さは感じない。どうやら仮面に刻まれた譜陣には暗視効果もつけられているようだ。
それでも昼に比べればやはり視界は悪く。最後の抵抗としてストレッチしているルビアにため息混じりに提案をした。

「ねえ、明日じゃ駄目なわけ?」

「ん?明日じゃ教えられないじゃん??」

「……なんで?まだ帰るまでに時間あるのに」

「もうないでしょー。やだなー、自分が仕込んだことなのにもう忘れちゃったの?」

それはへらへらといつも通りに笑いながら言う台詞ではない。
ばれてる。言葉の意味を理解したボクは目を見開いた。途端に全身に震えが走る。
恐ろしかった。何故、何故致死に至る毒薬を盛られているというのに、そんな風に笑っていられるのだと。

「何度も言うけど、うちの流派はこれといって決まった秘奥義がないんだよね。だから自分がこれだと決めたベストの連撃に全身全霊をこめることで秘奥義とする。
私の秘奥義もそうだよー。とにかくスピードをきわめて、一番それを生かせると思ったからアレが私の秘奥義なの。
だからあとはシンクも自分で秘奥義に最適の組み合わせを見つけるしかない。先人達の秘奥義のバリエーションは教え終わったから、本当に後は全部手探り!
シンクちゃんらしい、シンクちゃんだけの秘奥義を、シンクちゃんが見つけなさい。お師匠さんはそれを楽しみにしているよー。見れないのは残念だけど!」

「……怒らないの?」

「なんで?」

「なんで?じゃないだろ、馬鹿じゃないの!この、馬鹿!!
ボク、アンタを殺そうとして毒を盛ったんだよ?何でそんな笑ってられるのさ、何へらへらしてんのさ!!
アンタなら毒が回る前にボクを殺すことなんて楽にできるだろ!!」

ボクの言葉の意味が心底解らないというようにきょとんとしているルビア。
けれどまるで駄々を捏ねる子供を微笑ましく思うように、今まで見たことのない顔で穏やかに笑った。
違う。違う違う違う。そんな顔をさせたいんじゃない。

「弟子が作ってくれたご飯を残すのは、お師匠さんとしてあるまじきことだよねぇ。
あと、ヴァンちゃんに殺されるのは解ってたからさ、どうせなら弟子に殺されたいなぁって。
で、どうせ死ぬなら最後にシンクちゃんと本気で一戦やって、シンクちゃんの成長を感じてから死にたいなぁって思ったのさ!」

「だからって……なんで……怒れよ!!」

「んー……そうだねぇ、怒るべきなのかな?でもシンクちゃんが怒ってるからにゃー。
でも最後にもう一個教えなきゃいけないことがあるからさ、ちょうどいいと思うんだよね。
というわけで、歯食いしばりなさいなシンクちゃん。

連撃、いくよ」

その言葉が聞こえた途端、ハッと顔を上げる。咄嗟にその場を飛びのいていたのは、ルビアに仕込まれた身体が勝手に動いたからだ。
痛みを、その先にある死を避けるために、散々体に叩き込まれた回避術はボクの意に反して勝手に体を動かしていく。

「今までずっと魔物狩りはしても山賊狩りはしてなかったでしょー?だからさ、シンクちゃんまだ人を殺したことないっしょ??」

暢気な口調はいつも通り、それでも繰り出される一撃一撃が今までの比ではないほどに重く速い。
今までの手合わせや稽古は手加減されていたのだと嫌というほどに思い知らされる。
そして叩き込まれた身体は防御を捨て、攻撃をいなしながら反撃に入る。勝手にスイッチが入るのだ。
全身に浴びせられる敵意と殺意に、死を厭う身体は敵を排除しようとアドレナリンが分泌され闘争本能に火をつけるのだ。

「今思うと弟子と師匠の関係って結構理不尽だよねぇー。
師匠は弟子を殺せないのに、弟子は師匠を超えなきゃいけないなんて、最終的に師匠は弟子を食い殺すってことでしょー?
やっぱ理不尽だにゃー」

そう言いながらへらへらしてる。
けれどちょっとだけ、悲しそうな顔だった。

ひぐっ、なんて喉が引きつる音と共に思い切り壁に叩きつけられ肺から全ての酸素が強制的に排出させられる。
相変わらず細い手首に見合わない強い力で首を押さえつけられ、気道をふさがれたボクは酸素を求めて必死にもがいた。
手首を剥がそうとするもびくともしない。爪を立ててもぴくりとも動かない。本当に女かコイツと、疑うのは一体何度目か。
頭に血が上る。段々思考が途切れそうになり……そこでようやく手が離れ、ボクは背中を壁に預け、咳き込みながらもルビアを思い切りにらみつけた。
生理的な涙で潤む視界は相変わらず夜だというのに不自然に明るく、そしてそんなボクを見下ろすルビアは相変わらず微笑を浮かべていて。

「……怖かった?」

その言葉を聞いた途端、ボクの音素は爆発した。

まずは蹴り三発、初めて入った本気の連撃だった。酸素不足のところに無理矢理音素を取り込み全身の筋肉を活性化させているせいで後からの反動が凄いだろうが、気にしてなどいられない。
続けて双撞掌底破を放って軽く吹き飛ばし、多少距離を開けたところに誘導してからバク宙蹴り。
この距離だ、ベストポジションを取ったと本能的に感じ、一番得意空破特攻弾を連続で仕掛ける。

が、そこまでだった。蹴りを食らわせようとしたところで、空中で体勢を立て直したルビアが反撃に移ったのだ。
綺麗に連撃が決まった分手応えは感じていたというのに、ルビアはまるで痛みなど感じていないかのようにボクにダメージを負わせてくる。
けれどいつもの軽口がない。その事実が確実に彼女にもダメージを食らわせているのだと示していたが、今まで以上の攻撃のラッシュにボクは最早反撃すら許されなかった。

「……っは、ぁ……はっ、ぁぐ……っ」

先に膝をついたのはボクだった。毒が回っていないのかと疑うほどに、ルビアは強かった。
吹き飛ばされた先で何とか立ち上がろうとするもそれも叶わず、肩で息をしながらゆっくりと近寄ってくるルビアを睨むことしかできない。
そして目の前にルビアが立ったとき、予想と違って追撃はふってこなかった。

それどころか、優しく柔らかいもので体が包み込まれる。何が起きているか理解できず、思わず歯を食いしばっていた顔を上げてしまった。
ルビアが目の前に居た。いや、もっと間近にいた。零距離だった。
ボクの目の前に座り込み、ボクの脇の下に回して子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いている。そっと後頭部を押され、ルビアの首筋に顔を埋めるように誘導された。

「強くなったねぇ」

感慨深いといわんばかりの声だった。ボクの呼吸が落ち着いてからも背中を叩く手は止まらない。
ぱたぱたとルビアの肩に滴り落ちる水滴がどこから来るのか解らない。

「頑張ったねぇ」

頭に添えられていた手が離れた。それでも囁くように言われた言葉に頷きながら恐る恐るボクもまたルビアに向かって手を伸ばす。
その背中に手を添えてみれば、ボクと違って柔らかく、そして想像よりもずっと小さな背中で。
思い切りしがみついても、ルビアは文句を言わなかった。

「心臓の位置は覚えているね?」

けれどその一言でボクは凍りついた。その言葉の意味することがわかってしまった。
嫌だと首をふっても、ルビアは許してくれない。
手を取られたかと思うと、いつもルビアが腰に挿しているナイフを手渡される。震える手で拒否しようとしても、無理矢理握らされた。

「アンタが……アンタが教えたんじゃないか!死ぬなって、死を怖がれって、痛みを避けろって!!」

「そうだね……でも、この子になら殺されてもいいかなぁって、思っちゃったんだ」

体をはがそうとしても、背中に添えられた手に力が込められ邪魔をされた。同時に肩に湿った感覚がじんわりとしみこんでくる。
震える手でナイフを握り締めた。カタカタと無様にぶれる刃の先端を、心臓があるであろう場所にそっと沿える。
やるなら一撃。でなければ苦しむのはルビアだ。力いっぱいその小さな体をかきだき、思い切りナイフを振り上げる。

「私の弟子になってくれてありがとね」

その柔らかい体に、ナイフは呆気ないほどあっさりと刺さった。


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